働くことへのネガティブなイメージがまだ残るいま、多くの会社でのびのびと働くための取り組みが進められています。
「Workstyle Station」は、ユニークな制度やカルチャーを持つ会社のさまざまな働き方を紹介し、「働きやすさとは何か?」を考える新連載。
今回訪問したのは、クリエイティブラボ「PARTY」が第2の拠点として活用しているコレクティブオフィス「北条SANCI」です。
オフィス:北条SANCI
エリア:神奈川県鎌倉市(住所非公開)
物件:築88年の古民家
この「北条SANCI」をプロデュースしたのは、&Co.代表取締役でTokyo Work Design Week発起人の横石崇さん。そもそもなぜ鎌倉にオフィスを作る流れになったのか、利用しているクリエイターの働き方などを伺います。
さらに「PARTY」のHRマネージャーで広報も担当する文里沙さんにも同席いただき、オープンから1年あまりが経ったいま、コレクティブオフィスが会社にどのような影響を与えているのか聞きました。

会社という「組織の境界線」がなくなる?

そもそも、どのような経緯からオフィスをプロデュースすることになったのでしょうか?
Tokyo Work Design Weekオーガナイザーの横石さんは、以前から「PARTY」の伊藤直樹さんらと交流があったそう。
会社という組織の境界線というものは溶けてなくなっていくだろう、という考えについて伊藤さんやCEKAIの井口くんたちと話をしていて。その考え方がすべての始まりでした(横石さん)
クリエイターたちがより良いものづくりをしようとしたときに、会社という組織の枠組みに縛りつけないほうがいいのではないかという仮定。それはクリエイターの群れを作るという「PARTY」の理念にも通じます。
PARTYやCEKAIのメンバーと“アトリエなのか、オフィスなのか、家なのか、お店なのか、分からないけど、みんなで集まることができる場所がほしいね”という話に発展していきました(横石さん)

クリエイターが集中できる環境とは?
都心にも、シェアオフィスやコワーキングスペースなど、所属の枠を超えて働ける場所はあります。しかし、なぜ鎌倉だったのでしょうか?
最初から鎌倉と決まっていたのではなく、物件探しには1年ほどかかりました。
ただ集中が必要な人にとって、都心のシェアオフィスはちょっと狭くて騒がしいイメージがあったので、“おこもり”できるような周辺環境がほしいとは考えていました(横石さん)
顔の見える間柄での利用を想定していることもあり、エンジニアやデザイナー、編集者などの“集中できる環境が必要な人”のための場所にしようとしていた横石さん。
さらに、サテライトオフィスとして使う人が多いだろうとも予想。きちんと集中したいときに、1日中こもって働くイメージを持っていたといいます。

この物件は鎌倉駅からも少し歩くんですが、むしろその距離と時間が、集中したい人にとってはちょうど良かったようです。
駅前を出て、鶴岡八幡宮の境内を抜けて、静かな路地を入り、やっと建物が見えてくるという立地は理想的でした(横石さん)
コンセプトは「緊張と緩和」。「北条SANCI」は、その名前の通りに友だちの家に来たときの緊張感となごみ感を両立できるような場所を目指したそうです。
では、オープンな作業スペースや古い和室をそのまま活かしたミーティングルームなど、室内設計についてはどのような工夫があるのでしょうか?
プライバシーを担保しつつ、交流をうながす空間

作業スペースには、完全な個室はありません。入居者数を絞り、それぞれが使える広さを保つことで、それぞれのプライバシーをクリアしているとのことで、混んでいないときは1人あたり70平米ぐらいを使えるそうです。
さらに、元の建物の和室をほぼそのまま残したミーティングルームの間仕切りをガラスに。こうすることで、開放感がありながらも、お互いの会話が聞こえない工夫がされています。
そして、5つの料金プランによって使えるエリアが固定されるという仕組みをとっています。
むしろ完全な密室をつくることで、利用者同士のオープンネスが失われてしまうリスクをどう回避するのかを気にしていました。
利用する方たちには、お互いに刺激を与えあって、コラボレーションしてもらいたい。そのために入居者のジョブ・ディスクリプションや属性を考慮して、審査制を採用しています(横石さん)

とはいえ、集中したい人のため、作業スペースのデスクには、それぞれつい立てを設置。ブースを区切ることで、それぞれのプライバシーが守られている形です。
シェアオフィスなどで、大きなひとつのテーブルに座って働く姿をよく見かけるけど、実は集中しづらいやり方なんです。
この作業エリアは、漫画喫茶を半強制的にオープンな状態にしたようなイメージで、この形に落ち着きました(横石さん)
土間のように高さのレベルを一段下げることで、ほかの利用者と視線がぶつからず、さらに庭の緑が目に入ってくる作業スペース。
しかし、空間自体はオープンなので、交流が遮られることはありません。
実際に運用して感じるメリットは?
実際に利用している「PARTY」のメンバーはどのように感じているのでしょうか?
文さんは、普段は代官山のオフィスにいることが多いものの、たまに鎌倉に来ると、自然に気持ちのスイッチが切り替わるのを感じると教えてくれました。
クリエイター職ではないメンバーも、鎌倉のオフィスとして利用しています。チームビルディングというか、みんなで集中して話をしたいときなどですね。
半日使って合宿利用することもあります(文さん)

オフィスにはキッチンスペースもあり、「駅前の市場で鎌倉野菜を買って料理をしてみたい」などの希望もあるのだそうです。
ちょっとひと息つくために自分でコーヒーを淹れたり、それがきっかけで雑談が始まったり…。
デザイナーがデザイナー同士だけで集まるのではなく、いろいろな職種の人がお互いに情報をオープンにしようという交流が増えていると思います(文さん)
集中もでき、雑談から発想も生まれる…そういう意味では働きやすくなったと言えそうです。さらに、新しい取り組みも生まれています。
企業の境界線を超えたコラボレーション

「北条SANCI」には、「WIRED日本版」のサテライト編集部や、AIとクリエイターの共生のためにつくった「CYPAR」なども拠点を構えています。
「北条SANCI」がシェアオフィスではなく、コレクティブオフィスとされるのは、こういった企業の垣根を超えたコレボレーションを期待してのことだったそう。
理想の働き方とは?
「PARTY」は「北条SANCI」以外にも、沖縄にサテライトオフィス「GYOKU」をかまえるなど、働き方や働く環境を変えることに積極的です。

例えば、ずっと都心にいる人と、鎌倉のように自然に囲まれた場所にいる人では、求めるものも作るものも変わってくるんじゃないでしょうか。
まったく違う場所に身を移すことで、違う視点のクリエイティブのヒントが得られることもあると思います(文さん)
さらに「PARTY」には正社員以外に、「パーティパートナー」というNDAを結んだだけの関係のメンバーがいたり、「社員90」など業務時間に副業をしていいといった契約があったりするそうです。
これらの制度もすべては、働き方の境界線をなくすためのもの。ゆるく外部とつながっていくことで、クリエイターの群れ、「クリエイティブクラウド(CREATIVE CROWD)」作りを実践しているようです。
当初はギャラリー計画も?

設計時に、ギャラリーを併設するかどうか、横石さんはかなり悩まれたそう。しかし最終的には、「中は開放的だけど、外に対しては閉じている」というテーマを守るために設置しませんでした。
やわらかい殻に守られているようなイメージで、中にいる人には安心してもらいたかった。結果、誰もが入ってこられるようなギャラリー機能は作らなくてよかったと思います(横石さん)
ただ、地域の方との交流はむしろ盛んに行っているとのこと。町内会の夏祭りにも参加しているのだとか。
もとは料亭の建物だったので、ここは地元のみなさんが集まる場所だったのです。だから、町内会のミーティングなどには使ってくださいと伝えています(横石さん)
単体の企業だと難しいかもしれない地元との交流も「北条SANCI」ではありなのです。
働く環境、仕事と生活、どれも切り離せない

新しい働き方を探り、実践する「北条SANCI」ですが、横石さんによると、取り組みはまだまだ続くそうです。
もっとこういう場所を広げていきたいと考えています。京都や福岡とか、もしかしたら海外にも。拠点を増やして、境界をなくし、どこにいても働けるという環境を作りたいですね(横石さん)
社員間、メンバー間の交流が活発な「PARTY」でも、働き方について話し合うことは少なくないといいます。
社員旅行で沖縄のサテライトオフィスに遊びにいって、交流を持ったこともあります。そのとき、リモートワークの可能性はどこまで広げられるか? 沖縄で体験してみようという話も出ました(文さん)
なんと社員旅行は年2回、さらに毎月1回は社員みんなで集まる機会があるのだそうです。
ワークライフバランスというよりも、仕事と生活さえも溶けあっていくような働き方をPARTYはやろうとしているよね。
社員じゃない僕も、一緒に社員旅行に行ったことがあります。もはやPARTYが会社という組織なのかどうかすらあやしい(笑)(横石さん)

集中のための環境や、信頼できるメンバーとの関係。それらを作り上げることが、すべて「いいものを作る」ため。それを「PARTY」のメンバーも、「北条SANCI」の入居者も楽しんでいることが伝わってきました。
個人が感じる「働きやすさ」は、仕事をおもしろがれるかどうかにもつながるのではないでしょうか。しかし、それは本人の資質だけでなく、環境やメンバーに大きく左右されるもの。
2020年、5Gなどで情報速度はさらに加速し、世界中の人々の行き交うなかで、個と集団のあり方を見つめ直し越境していく組織・チームが、これから新しい波をつくっていくのかもしれません。
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Photo: Kenya Chiba