料理業界の10年後を聞くなら、この人は外せない。鳥羽周作。東京・代々木上原で、レストラン「sio」を構えている。
サッカー選手、小学校教員を得て、料理の道へ転向。6年間の修行を経て就任したレストラン「Gris」は評判を呼び、そのキャリアも相まって業界内外でも話題に。
メディアから「革命を起こす海賊シェフ」と名付けられた勢いはそのまま、sioのデビューに打たれたプレスリリースには、16席でいっぱいの店とは思えない言葉が踊る。
中でも、“Restaurant3.0”の取り組みとして、「料理人の働き方改革」や「トップクリエイターとの共創」を掲げたのが目を引く。
ロゴ制作をgood design companyの水野学、テーブルウェアはPRODUCT DESIGN CENTERの鈴木啓太、店内BGMをDJユニットKyoto Jazz Massiveでも知られる沖野修也が担当。
彼らもその料理を愛し、sioのビジョンに賛同した一員だ。

それにしても、なぜ彼は働き方改革に挑むのか?
なぜ、彼の元にはトップクリエイターが集うのか?
まず差し出されたのは、レストランには付き物の「おしぼり」だった。
そのおしぼりにセンスはあるのか?

鳥羽:うちのおしぼり、たぶん日本一ですよ。
──なめらかで、きっちり冷たくて、においもないですね。ずっと触っていたい。
鳥羽:最高の状態で出せるように自分たちで管理しています。おしぼりは、管理が面倒で生乾きの臭いがするので、ヒノキの香りを付けてごまかしてお出しするところもあります。
ですが、ごはんを食べて手を拭いたらすぐバレます。そこに本質はありません。
僕らは本質を知っているので、自分で使うタオルを選んで、タオル屋さんから生乾きにならないためのレクチャーを受けて、お客さんのために最高のおしぼりを毎日お出しします。
そのタオル屋さんはこう言ってました。
「鳥羽さん、良いタオルはデニムと同じで育てるものなんですよ」。その思いに感動して、すぐ採用を決めました。
──おしぼり一つとっても、理由と気遣いが深い。
鳥羽:お客さんが店に来られて、最初にこれを触れば「全然違う!」と驚かれると思います。二つ星のレストランでも、塩素のにおいがきついレンタル品が出てくることもザラにあります。
同じ価格でディナーが提供されるなら、僕は良いおしぼりを使いたい。ただそれだけの話ですが、その感覚やセンスがあるかどうかが、とても重要だと思っています。
sioは16人で満席の店ですが、一つ星のレストランくらいでは絶対やっていないこと、全部やっています。
成功のポイントは「最高の事前イメージ」にあり

──今日は「飲食業界の10年後」を鳥羽さんにお聞きしたくて。そもそも10年前の2008年を振り返ると、鳥羽さんは小学校の先生をされている頃でしょうか。
鳥羽:先生をちょうど辞めるぐらいですね。先生も悪くはなかったですが、学校も馴染めなかったというか…“本質”に気付いてしまって。
──先生の本質、ですか。
鳥羽:あくまで僕が考える本質ですが、学校って本当のことを教えないし、飲み込むのがつらいことも多々あります。
クラスに40人の生徒がいれば、特定の誰かに深くコミットもできない。僕は「コミットの薄さ」と「自分の思い」が乖離して、続けていくのが難しいと感じてしまいました。
──それで、次に選んだ仕事が料理だったんですね。
鳥羽:きっかけは父親が料理人で、僕も料理が好きだったから。僕が修行のために飛び込んだレストランは、2時間睡眠なんて当たり前のとてもハードな環境でした。
でも、究めようとしている人ほど頭のネジが飛んでいるようなこの世界に、魅力を感じてしまいました。
レストランで働きはじめたときに「これは天職だ」と思ったのは、満席の店内で料理している姿が想像できたから。
それが僕の中では「成功のポイント」でした。
──成功している姿が想像できてしまうか、どうか。
鳥羽:先生の前はサッカー選手でしたが、試合で活躍している姿がイメージできなかった。でも、料理人に関しては、10年後のビジョンが細かく見えています。
あとはそのKPIから逆算していけば、必然的にやるべきことがわかります。だから、達成率が限りなく100%に近いんです。あとは有言実行ですよ。
ただ、良い人との出会いを契機に、もっと良いゴールが見えれば柔軟に取り入れます。シンプルなゴールだけがあり、少しずつ軌道修正はしているんだけど、ぶれることはないです。
でもそれって、料理と一緒なんです。
現代的天才の条件は「圧倒的なインプット量」

──この料理を作る、という逆算からやるべきことが決まりますもんね。
鳥羽:「こんな豚の角煮を作りたい」と見えていれば、茹で時間は何分で、砂糖をどれくらい入れるか、あるいはみりんを使うべきか…そういうふうに料理は全部決まってきます。
だから、試作はほとんどしないし、レシピも作りません。
頭の中で100回ぐらい作ってビジュアルを決めたら、初めて作ります。そうすると、90%ぐらいの精度では完成しているから、あとは毎日ブラッシュアップしていく。
料理に限らず、僕の思考回路は全部同じです。
──先に手を動かしてアップデートしていくのではなく、完成形が見えた状態で走り出す。
鳥羽:そうです。今の時代、0から1を生み出す本物の天才はほぼいません。ただ、組み合わせによって1を3や4にすることはできる。
そのとき、絶対的に必要なのはインプットの量です。僕にとって現代的天才の定義は「インプット量が尋常ではなく多い人」です。
だから、日頃からインプットの感性はトレーニングをしています。マクドナルドへ行って、普通の人が3つしか感じ取れないところを、僕は100個見つけますよ。

──褒めるべきことも、おかしいと感じることも、様々あると。先ほどのおしぼりの話にも通じますね。
鳥羽:昔は、おいしいレストランに行くことばかりに集中していましたけど、マクドナルドも食べるし、安く飲める居酒屋も行きます。
そこでネガティブな要素も汲み取れると、自分に活かせるわけです。
たとえば、切れない包丁を使った野菜は、独特のニオイが出てしまう。野菜の香りを立たせたいなら、切れる包丁を使うべきだな、とか。
そういったインプット量が重要だからこそ、飲食店で働き始めたときから、物事を3つ同時に並行して考えられるようにトレーニングしているんです。
僕は32歳でこの世界に入りましたが、他の料理人は10代から始めていることも多い。その差を埋めるためにも、1日は24時間と決まっているから肉体的な時間では限界あります。
ただ、思考を同時に3つ走らせることができれば、1日72時間分の頭になる。それで修行の6年間を18年分にしようと最初に思ったんですよ。
昼ごはん食べながら、次のディナーと明日のごはんを考えるというようなことをずっとトレーニングしてきました。
意識とか心がけ次第で時間の差は絶対に埋められると信じているので、考えるトレーニングはずっと続けています。
料理人の現状を「副業」の上乗せで変える

──ご自身のアップデートもありながら、sioはコンセプトに「料理人の働き方改革」も掲げていますね。
鳥羽:料理人の給料が安い、というのはどこか当たり前になっているんです。
食べログの評価4.0点超えの店でシェフをする僕も年収400万円台。他店の若い子に話を聞いても、朝から晩まで働いて年収200万円という状況にマジでムカついて、この仕組みを壊すことを一番のゴールにしました。
「料理人の価値を上げる」ために、自分の人生を懸けると腹をくくりました。
だから、料理人が誰もやらないことを全部やるためにGrisを買い取って、社員に高い給料を払うと決めたんです。それを実現するために、別会社を立てて、そこから給料をもらい、sioからは給料をもらわないことにしました。
僕が個人事業主としてメニュー開発やプロデュースといった飲食コンサルティング業務などをして、仮に1000万稼ぐ。それを5人いるsioのスタッフに分配すると200万円ずつ給料が増える。
つまり、僕は常に副業している状態です。
ただ、この流れは、今後の何年間かで法律含めて当たり前になっていき、能力がある人ほど稼げるようになるはずです。それをいち早く、僕は料理業界に取り入れたい。
そのためにも必要なのが、自分自身のブランディングです。

──「副業料理人」として、外部から仕事のオファーを得るためにも。
鳥羽:そうです。料理業界の中で評価されることよりも、世間一般にとって影響力があり、なおかつsioが常に満席という実績も残し、料理も確実においしい。その説得力が必要です。
取り組みのひとつとして、同じようなマインドを持つシェフを集めて、「シェフのプラットフォーム」を作る計画を進めています。
そのプラットフォームでは、イチロー選手のようなモデルを目指しています。イチロー選手が使う野球道具が売れるように、僕らが使い出した野菜や仕事の仕組みに賛同してくれる人を増やしていきたい。
それをこの5年ぐらいでやろうと思っています。
後編に続く:
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Image: 中山実華