多くの人は、日々自分に起きることにもとづき、心の中で感情(ムード)のエレベーターを上下に移動させている。
これを、「ムードエレベーターに乗っている」と表現するのは、世界初の企業文化構築支援企業であるセン・ディレイニー社の創業者、ラリー・センさんです。
ラリーさんは、著書『ムードエレベーター 感情コントロールの新常識』(杉谷俊伍訳/芸術新聞社)の中で、上は「感謝に満ちている」や「聡明で洞察力に優れている」から、下は「絶望している」や「怒りに満ち敵意を抱いている」まで、ムードエレベーターには全部で19の階層があると説いています。
そして、そうした感情を安定した状態にコントロールする習慣があるというのです。
「ムードエレベーター」という感情の階層構造
たとえば、こんな話があります。
業績好調なある企業に勤務するジョンは、家族にも恵まれ順風満帆な人生を送っていました。
しかし、同僚から人員削減の噂を聞き、自分が解雇されたらどうなるのかと不安に。
そのすぐあとに、今度は会社の上層部への怒りに変わります。
それからほどなく、前にも似たような噂が流布したことを思い出し、ネガティブな感情は安堵へと切り替わります。
さらには転職してキャリアアップへの意気込みを抱き、ジョンは意気揚々と家路につきました。
これは、誰もが何度も経験する感情のアップダウンの1例です。
外の世界は変化していないにもかかわらず、頭の中の考えはどんどん移り変わり、感情が上がったり下がったり。
本書でラリーさんが力説するのは、このエレベーターはコントロール可能だということです。
つまり、できるだけ上の階にとどまり、感情の荒波に翻弄されずに毎日を送ることができる。
それだけでなく、「さらなるキャリアアップや、やりがいの大きな仕事、愛情に満ちた結婚生活、健全な人間関係を手に入れやすくなります」と述べ、そのためのコツが記されています。
批判的になる代わりに好奇心を選択する
「批判的で人を非難している」というのが、ムードエレベーターの下層(最下層から5層上)にあります。
多くの人が意識的・無意識的にしている批判がなぜ、これほど下層に位置しているのでしょうか?
ラリーさんは、人が批判的になりやすいのには理由があるといいます。
- 理由1:「知らないことを理解するという、骨の折れる作業から私たちを解放」してくれるというもの
- 理由2:「自分は“正しい”、他の人は“間違っている”という心地良い感覚」を得られるというもの。
その代償として、「結局は誤解や衝突を引き起こし、喜びよりも苦しみをもたらす」という問題を抱えることになりがちだとします。
これは人間の性質の一部のようなもので、社会的な成功者も例外ではありません。
ラリーさんは、一例として2007年に新登場したiPhoneを全面的に批判した、マイクロソフト社CEOのS・バルマー氏を引き合いに出しています。
こうした、われわれの性質を改めるためにラリーさんが提唱するのが、「好奇心があり興味を持っている」という階層にとどまることです。
この階層は、最上層と最下層のちょうど真ん中にあります。
もし、下層に向かいそうな不快な出来事などに直面したときは、いったん深呼吸をして、例えば以下のように自問します。
- この驚くべき、心をかき乱す出来事の裏にある根本的な原因は何だろう?
- この普段とは異なる出来事から、私は何を学べるのだろう?
- この一見ネガティブな出来事を、どうポジティブに解釈しようか?
こうすることで、批判でなく好奇心を選択でき、「より円満な人間関係を構築し、ストレスの少ない、一段と成功した人生を送る」道筋を立てることができると、ラリーさんはアドバイスしています。
敵対心や極度のストレスを解消する3つの習慣
職場の噂や、メディアで見聞きしたニュースなどから、想像がふくらみ、帰宅した頃には、「極度のストレスと敵対心、そして絶望」を味わう。
こうした、ありがちなムード下落を食い止めるにはどうしたらよいでしょうか?
1. しっかりと睡眠をとる
ラリーさんがすすめる対処法は、別のことをするという「パターン介入」です。これにはさまざまな方法がありますが、誰もが実践できるのが「夜の熟睡」。
もちろん、一晩眠ったところで、自身が直面した問題や世の中の流れが変わっているわけではないでしょう。
にもかかわらず、あなたを取り囲む状況が改善されたように感じるという効果が実感できます。
2. 体を動かす・運動をする
もう1つは「エクササイズ」。
なかでも、ラリーさんが日課としているランニングは、活力をみなぎらせ、良いアイデアを生む力があるなどと絶賛しています。
ランニングは難しいと思ったなら、深呼吸だけでも「ムードを大幅に改善」し、パターン介入になるそうです。
3. ムードが高い人と時間を共にする
また、ムードが人から人へ伝わりやすい性質を生かし、ムードが上層階にいる人とかかわるのも有効。
これもラリーさん本人の話ですが、車で長時間移動したせいで気が滅入った時は、奥さんに電話するそうです。
奥さんは、「子どもたちが起こした楽しいこと、おもしろいこと、心が躍るようなこと」をポジティブなムードで話してくれ、ラリーさんのムードを押し上げるのに一役買ってくれます
。逆に、下層階へと沈ませるような人と過ごす時間は、最小限に抑えることも重要だとも。
日々起こる小さなイライラへの対処法は?
しかし、ささいなことにまでこうした行動規範を求めてしまうと、ムードエレベーターの下層階の1つである「いら立ちを覚え悩みを抱えている」状態で過ごしがちになると、ラリーさんは忠告します。
たとえば、渋滞に巻き込まれて毒づいたり、パートナーの癖にイライラしたり…。
こうしたことを、うまくやり過ごせる人がとる手段が「宥和(ゆうわ)的選択」です。彼らは、ちょっといら立つようなことが生じても、それを長引かせることはありません。
その代わり、以下のように考えて、ポジティブな方向へと上昇します。
・今日の道路は異常なほど混んでいる―「残念だ。でも午後の会議で行うプレゼンについて車中で考えることができる。
もしかしたら、大事なコンセプトを説明する上で、もっと良いエピソードが思いつくかもしれない」
・あなたは仕事で毎週のように飛行機に乗り、ホテルに滞在しなければならない―「こんなに飛び回る必要がなければ、どれだけ楽なことか。
でも世の中に貢献し、やりがいのある仕事ができる代償と思えば大したことではない。
それに、共に過ごす時間を大切にすることで、常に素晴らしい人間関係を築けることも私のためになっている」(本書135~136pより一部抜粋)
一言で言うなら、宥和的選択とは「問題が起きたとき、取り得るポジティブな解決策を探し、その問題によって生じやすい不満や怒りの感情に溺れない」ということです。
本当に譲れないことは別として、日々当たり前に起こるささいなことは、このやり方で対処するのがベストだそうです。
ムードエレベーターの概念と活用法は、決して一個人の思いつきにとどまるものでなく、それはセン・ディレイニー社のクライアント企業の数十万人の社員から絶賛されていることからも明白です。
もし、しばしばネガティブな感情に悩まされているなら、本書のバラエティに富んだ指南はきっと役に立つことでしょう。
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Image: Marjan Apostolovic/Shuttetrstock.com
Source: 芸術新聞社