敏腕クリエイターやビジネスパーソンに仕事術を学ぶ「HOW I WORK」シリーズ。今回お話を伺ったのは、株式会社AWGLで代表取締役兼代表建築家を務める山之内淡(やまのうち・たん)さんです。
山之内さんは、株式会社博報堂にマーケットデザイン職として入社。その後、建築家へと転身し、2017年に日本建築設計学会より「Architects of the Year 2017」を受賞。
2019年には「Best Integrated Architecture & Brand Design Studio 2019 - Japan」「Best Hotel Architecture Project 2019 (Tokyo): MANGA ART HOTEL」と、次々にタイトルを獲得。
建築設計とブランディングの両方を一貫して行うという建築業界では珍しい働き方。これまでの建築家のイメージに捉われない山之内さんがこの考えに至った経緯や、仕事に対する考え方について伺ってきました。

建築家を目標としながら広告代理店へ。異色の経歴
——広告代理店からキャリアをスタートさせた理由は?
そもそも、建築家になることは早い段階で決めていたんです。建築家の父、彫刻家の母、そして音楽家兼画家の姉という家庭環境で育った、というのが理由のひとつで。中学生の頃から父の仕事を手伝ったり、著名な建築家の方とも交流があったり…子どものころから建築というものに触れていました。
でも、まだ子どものうちに将来についてはっきりと決めてしまったから、建築という職能について考える時間がたくさんあったんですよ。そして、そのうち自分のなりたい建築家像と、日本のこれまでの建築の仕事とに乖離する部分があることに気がついたんです。
おそらく世代差もあると思いますが、建築家ってビジネスパーソンというより芸術家に近い働き方。決められた予算がすでにあって、そのなかで作品を作る仕事です。もちろん、そういう働き方もピュアでいいと思います。

だけど結局は、建築って不動産だし、利用してもらうための施設。あとは、バブルがはじけて親が苦しんだ時代を見たせいもあるかも。とにかく自分に置き換えてみたとき、お金を生み出すというか、ビジネスの観点からも考えられる建築家になりたいと思いました。
そこで、あまりにも身近過ぎた建築の世界から離れて、とにかく視野を広げることに時間を使おうと思いました。まったく建築の勉強ができない日々はストレスもありましたが、博報堂で社内ベンチャーの起業に関わるなど、貴重な経験がたくさんできました。
オンとオフをスイッチしない働き方が、自分のリズムに合っている
——1日の働き方について教えてください。
大体1日の睡眠が4時間くらい。朝6時には起きて、まず飼っている猫たちの世話。そして散歩をします。妻が会社員なので駅まで送っていって、9時ごろには自分の仕事を始めます。
自宅兼事務所なので移動に使う時間はありません。移動して、仕事へとオンオフを切り替えるというより、ゆるやかに仕事に取りかかるリズムのほうが合っているんです。
本を読んだりぼんやり考えごとをしたりする時間もとりながら、夜中の1時くらいまでは作業をしています。もともとショートスリーパーなので、就寝は2時くらいですね。

スタッフには、事務所へ週に2〜3回くらい来てもらって打ち合わせをします。だけど出勤時間などルールは作っていなくて、といっても裁量労働というわけでもなく、休みたいだけ休んで良いとしています。
そのかわり図面や絵、スライドなどの成果物を見せてもらえればOK。ほかの建築事務所はスタッフ同士が常に一緒にいるイメージなので、そこが大きな違いかもしれませんね。建築については僕、あとはコピーライターだったりプロジェクトマネージャーだったりというそれぞれの職能のトップが集まっているイメージです。
——仕事のために使っているツールやアプリはなんですか?
ツールも必要ですが、一番重要なのは「空間」だと考えています。
自宅兼事務所にしたのも、その生活リズムが自分に合っていたということ以上の理由があって。この空間に並ぶ家具や食器、トイレにある小さいタオルひとつとっても、「自分」が表れると思うんです。
今の時代、クオリティを保ったまま、安く早くできる建築家の方ってたくさんいる。グローバルに見れば、中国やインドもすごいんですよ。
そういった競争のなかで、自分を選んでもらうにはどうしたらいいのか? そう考えた結果、自分のいる「空間」をすべてお客さんに見てもらって、信頼関係を築くことが大事だと思いました。それが結局は、仕事を円滑に進めることにもなると思います。

あとは、このジャポニカ学習帳が好きで、常にスケッチブックとして使っています。1週間に1冊は使っているかな。絵に描くことで記憶を定着させる、そのためのツールです。
ほかにも、ツールとしては、LINEで自分ひとりのグループを作って、メモ替わりにしています。
instagramなどのSNSも手放せません。アイデアのためには大量のリファレンスを持っておくのが大事だと思っていて。建築やアート、デザインはもちろん、映画やアニメなど、気になったものは日常的に保存するようにしています。
あと最近は、NetflixをGoogle Chromeの拡張機能『Language Leaning with Netflix』で見ています。英語と日本語の字幕が同時に表示される機能で、好きな映画やオリジナルドラマを見ながら英語学習ができるからすごく便利ですよ!
海外の仕事も多く、フィリピンやロンドンなどで進行中です。日本の建築業界は堅実で、年齢で仕事が制限されることがありますが、海外は逆に「若手に派手な仕事をさせてみよう」いう考え方があるみたいです。コンセプトが良ければ任せてもらえる可能性があります。
——アイデアを生み出すときにいつも行っていることはありますか?
アイデアって、情報量だと思います。だから、僕の場合まずは「散歩」。自然は圧倒的に情報量が多いですよ。同じ道、同じ場所を歩いていてもまったく違います。時間や天気、温度、匂いもそう。
そこにいる人によってもガラッとかわって、子どもが遊んでいるだけで林が公園のように見えることもある。僕の場合は、体を使って歩くのが大事で、走るとアイデアが出てこないんですよね。
あとは情報をたくさん摂取するという意味では似ていますが、大量のコンテンツを見ることです。「MANGA ART HOTEL, TOKYO」のブランディングをしたときも、量がなにごとにも勝ると考えて、オーナーに8000冊の漫画を読んでもらいました。僕自身も映画やアニメが好きで、AmazonプライムやNetflixやAbemaTVで視聴したり、3日に1回は映画館に足を運んだりしています。

良いものを作っても、それだけではいけない
——今までのアドバイスで、特に印象深いものはありますか?
直接のアドバイスではないんです。TOKYO FM『鈴木敏夫のジブリ汗まみれ』というラジオ番組で、プロデューサーの鈴木敏夫さんがおっしゃっていたことが印象に残っています。
「いいものを作れば、勝手にお客さんがきてくれるわけではない」
というような言葉で、宣伝戦略についての話のなかで出てきたものなんですけど。自分自身もずっと考えていたこととリンクしていました。
すてきな美術館を作ったけど、誰も来なくてがらんとしている。建築家は世界中でそういうことを繰り返してきたと思います。もちろん、まず、作ったものが良くなくてはいけない。だけど、それだけでもいけないということ。
もともと建築家をあらわす「アーキテクト」の語源は、古代ギリシア語の 「arkitekton = アルキテクトン」に遡るとされています。それは、専門知識を持つ技術者でありながら、広く事業を統括する人。僕も、ただ建物を建てるのではなく、この本来の建築家としての統合的な視点を持っていたいです。
——仕事において役にたった本を教えてください。

ものを作るということが、人間にとってなんなのか? なぜものを作るということをするのか? 作品は作家のものだけど、その作り出したものには別の命が宿るという考え方や、一人歩きしていくものだという思いを持って働いています。
その思考のもとになったのが『風の谷のナウシカ』(宮崎駿著/徳間書店)の7巻です。一時期は持ち歩くほどハマっていて、もう人生とイコールですよ。実は、社名もこの作品から由来しています。
漫画のなかに「庭」という場所が出てきて、それがなにかというと、農作物とか音楽や詩といった“人間の作ったもの”が保管されている。だけど、
この庭にあるもの以外に次の世に伝える価値あるものを人間は造れなかったのだ…
(『風の谷のナウシカ』第7巻P134より)
というセリフがあるんですね。

建築って人を文化的に豊かにするには必要かもしれないけど、実利的なプライオリティはあまり高くない仕事だと自覚があります。必ずしも必需品ではないものを作っているんだということ。でも、だからこそ、人々にとってずっと通じる、残っていくものを創りたいと考えています。
自然や環境に向き合った15年間のことを書いている『人間の土地』(サン=テグジュペリ著、堀口大学翻訳/新潮文庫)や、膨大な仕事量に驚いた『ゲーデル、エッシャー、バッハ―あるいは不思議の環』(ダグラス・R. ホフスタッター著/白揚社)なども自分の考えを作る基礎になった本です。
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Photo: Yutaro Yamaguchi