敏腕クリエイターやビジネスパーソンに仕事術を学ぶ「HOW I WORK」シリーズ。今回は「Pixar Animation Studios」のアニメーター、原島朋幸(はらしま・ともゆき)さんにお話を伺いました。
原島さんはエンジニアとして務めていた会社を退職し、アニメーターを志して、デジタルハリウッド東京本校に入学。2001年に語学留学のため渡米、2003年には「Academy of Art University」(サンフランシスコ)の大学院に進学しました。
そして、ピクサー・アニメーション・スタジオのアニメーターが教える、通称「ピクサークラス」で学びます。
その後VFX制作会社の「Rhythm & Hues Studios」でインターンを経験し、2006年から「DreamWorks Animation」にて『ヒックとドラゴン』などの制作に参加。2015年3月に「Pixar Animation Studios」へ移籍しました。
ピクサーでは『ファインディング・ドリー』『カーズ/クロスロード』『インクレディブル・ファミリー 』『リメンバー・ミー』などの作品の制作に携わっていたそう。
そして今回『トイ・ストーリー4』にも、キャラクターを動かし、命を吹き込むアニメーターとして参加。原島さんがアニメーターを志すきっかけのひとつとなった作品の続編であり、世界中に多くのファンがいるタイトルです。
原島さんが普段、世界一のアニメーション企業であるピクサーでどのように働いているのか、そして、アニメーターとしての仕事の考え方や心がけなどをお聞きします。
1.仕事の1日の流れは?

きっちりと出社時間が決まっているわけではありませんが、子どもを学校に送ってから8時半から9時前には会社に着いています。
まずは、前日の帰社前にレンダリング(アニメーションを計算して、2Dに仕上げること)しておいたアニメーションの確認が日課です。そして通常であれば午前中に「アニメーション・デイリーズ」といって、スクリーニングルームで、監督に担当部分のアニメーションのチェックをしてもらいます。
自分のアニメーションを見てもらうのはもちろん、担当箇所でなくても一緒に見て刺激をもらったり、前後のシーンを担当しているアニメーターと意見交換したりすることもあります。これがだいたい1時間ほど。
監督のフィードバックを元に作業を進めて、午前中はおしまいです。ランチはだいたい1時間から1時間半くらい。
午後はリードアニメーターなどグループの上司に、監督からのフィードバックの質問や相談をします。ラウンド方式で、サインアップした人のところに回ってきてくれるので効率的ですね。それをもとにまた自分の作業を進めます。

夕方に「ウォークスルー」という監督チェックがもう一度あります。昔は、監督がアニメーターのデスクを回っていたことからこの名称が残っているようです。現在は、スタッフの人数も増えたことから、ひとつの部屋にアニメーターが集まるようになっています。これは午前中のチェックより、小規模なグループで行うミーティングです。
そのあと少し作業して、コンピューターでのレンダリングを開始してから帰宅します。だいたい18時から19時には会社を出ます。
仕事とプライベートのバランスをきちんと考えてくれている企業ではありますが、制作時期によっては、クオリティのために残業することもありますね。
でも新作の試写のときには必ず、招待した家族に対して感謝の言葉を伝えてくれるんです。家族のサポートがなければ、仕事はできません。些細なことかもしれませんが、携わった社員だけでなく家族にとっても、大切にされていると感じられるうれしい瞬間だと思います。
2.ピクサーのオフィスって、どんなところ?
とても敷地が広く、プールやバスケットコート、サッカー場などが併設されています。アニメーターの私たちが働いているのは、「スティーブ・ジョブズ ビルディング」と呼ばれる建物の中。建物の外には、ルクソーJr.とルクソーボールの像があります。
スティーブ・ジョブズが設計したビルは、中央がエントランスとカフェ、ショップなどのエリアになっていて、実はトイレがエイトリアム各階のコーナー(合計8箇所)にしかありません。だから、仕事中にトイレに行くのがちょっと面倒くさいんです。
だけど、これには理由があります。カフェのあるエイトリアムまでトイレに立つことで、スタッフ同士のコミュニケーションが生まれることを期待した設計なんです。確かに、スタッフ同士で雑談してリフレッシュできるなど、効果はあると感じます。
社内教育にも力を入れていて、「ピクサーユニバーシティ」という制度があります。アートやテクノロジーといったアニメーションに直接関係することはもちろん、資産運用や家を買うためのセミナーなど、内容は多岐にわたっています。
3.仕事をうまく進めるために使っている仕事道具は?
道具では、鏡が必要不可欠ですね。キャラクターの表情のアニメーションをつけるときに、自分で表情を作って見るためです。
自分の動きを撮影するためのビデオも。ピクサーにはインハウスのアプリがあって、スマホで撮影した動画をすぐパソコンに取り込めるようになっています。使っているコンピューターが特殊なものなので、専用のアプリが必要になるんです。
ただ、社員同士のやりとりには、ビジネスチャットツールの「Slack」を使うこともありますね。アニメーター同士なら近くの席に座っているので直接話せますが、広い社内なので全員と直接話すわけにもいかない。キャラクターの髪や服を担当するシミュレーショングループに質問があるときなどに便利です。
4.仕事において役立った本は?
アニメーターのバイブルと呼ばれる分厚い本があるんです。『The Illusion of Life』といって、ディズニーのアニメーターであるフランク・トーマスとオーリー・ジョンストンによって書かれたもの。北米では「アニメーターになりたい人は持っているべき」とまで言われています。
私は2003年ごろに英語版でひと通り読みました。頻繁に読み返すわけではないですが、アニメーションのエッセンスがすべて詰まっていると言っても過言ではない内容です。
日本語版も『ディズニーアニメーション 生命を吹き込む魔法』というタイトルで発売されていますよ。
5.これまでもらったアドバイスで特に印象深いもの

誰から、どんなふうに言われたのかは覚えていないのですが…。まだアニメーションの勉強をし始めたころに言われて、すごく印象に残っているワードがあります。
「インプットを増やす」「なんでもやってみる」「よく遊べ」。ゲームでも読書でも映画鑑賞でも、なんでもやってみろ、ということでした。聞くだけじゃなく、見て触って、自分で実感することが大事なんだと解釈しています。
実際に、仕事でアウトプットできることが少なくなってきたと感じるときは、インプットが足りていないとき。
そういうときは、美術館に行ったり映画を見たり。あとは、人間観察というとちょっとおかしいかもしれませんが、アニメーターなので、人間の動きをよく見ることもインプットのひとつです。仕事以外の時間も充実させることが、すべてインプットにつながるのではないかと思って「なんでもやってみる」ことをずっと心がけています。
6. 『トイ・ストーリー4』で担当した領域、アニメーターの役割について
今回の『トイ・ストーリー4』では、冒頭のシーンなどを担当しました。アニメーターの役割は、キャラクターを動かすこと。ただ、見ている人が「このアニメーション良いね」と思ったり、作っている人が裏にいると感じさせたりしてしまうようなアニメーションではだめなんです。
それは、突き詰めるとキャラクターに命を吹き込むということになります。『トイ・ストーリー』という物語のなかで、ウッディたちが意志を持って、自分の考えで動いて呼吸していると見ている人に感じさせるのがアニメーターの仕事だと思っています。
7. 原島さんがアニメーターとして心がけていること

ピクサーで語り継がれている格言のようなものがあります。
まずひとつが「Truth to material」といって、素材に対して真実を描写する。例えば、キャラクターの大きさについてですが、ウッディは実際には約40cmでバズは約30cmと、けっこう大きなおもちゃなんです。
さらに、ウッディはラグドール(ぬいぐるみ)で、おもに布製。だから、動くときに関節が逆に曲がることもありえる。ただ、ブーツの部分はゴム製で重いから、足にひっぱられるような動きになります。逆に、バズはプラスチック製だから、関節の動きには制限があるというような。
キャラクターの大きさや素材に基づく動きを忠実に作ろうという意志があります。
もちろん、これは『トイ・ストーリー4』に限った話ではなく、『カーズ』など他のピクサー作品でも同じです。主人公のカーズはあくまで車なので、喋っているときに口が動くのは例外としても、タイヤを手として使うことは極力避けるという考え方をしていました。

そして、もうひとつが「Less is more」です。アニメーターはキャラクターに“演技をつける”役割なので、たくさんジェスチャーをさせたくなるものです。でも、その動きが本当に必要かどうかを常に考えなくてはいけません。その動きが、シーンのプラスになっているかどうかを考えることを大事にしています。
ジェスチャーは、少なければ少ない方が、より良いという考え方です。
これらはピクサー全体としての考え方ではありますが、アニメーターひとりひとりがこの意識をきちんと持っていることが、ひとつのアニメーションを作るために必要なんだと思います。
もっとピクサーの秘密を知りたい!

日本人アニメーターの原島朋幸さんがピクサーで、多くの人の心を動かすアニメーションを作るための秘密。今回は、そのエッセンスをたくさん教えていただきました。
ピクサーのテクノロジーで完ぺきな世界を追求することはできますが、現実の世の中はそうではありません。アニメーションは、誰かが細部まで考えて、アートでディティールをコントロールしているもの。反対に、テクノロジーを使ってアニメーションの表現を生み出す場面もあります。
アートとテクノロジーからできているピクサーのアニメーションは、すべて人が考えて、人の手によって作られたものなんだと再認識ができました。
そんなアニメーション制作についてもっと知りたい方には、六本木ヒルズ 東京シティビュー(森タワー52階)で開催中の「PIXARのひみつ展 いのちを生みだすサイエンス」がおすすめ。アートとテクノロジーの融合から作られるピクサーアニメーションの制作の裏側をのぞき見ることができます。
制作のカギとなる8つの工程を実際に体験できるハンズオン展示で、アメリカやカナダでは150万人以上を動員した展覧会。ピクサーの作品づくりの秘密を、見て触って、より深く知ることのできる特別な体験が待っています。
Photo: Yutaro Yamaguchi
Source: PIXARのひみつ展 いのちを生みだすサイエンス, 『トイ・ストーリー4』, ディズニー公式