敏腕クリエイターやビジネスパーソンに仕事術を学ぶ「HOW I WORK」シリーズ。
今回お話を伺ったのは、東京都三鷹市で「鴨志田農園」を営む、コンポストアドバイザーの鴨志田純さんです。
鴨志田純さんの仕事歴
中学時代のラオスへのボランティア派遣を発端に、地球一周、自転車での日本縦断などを経て、2010年から8年間、東京都内の私立高校で数学教師として勤務。2014年、父の急逝をきっかけに家業の農園を継ぎ、「半農半教」をはじめる。地域から出る生ごみなど未利用資源の堆肥化と有機農業のシステムづくりを行うコンポストアドバイザーとして、国内外の事業に関わっている。
日本の農業は、「食べ物を作っているのに、食べていけない農家が多い」と、鴨志田さんは語ります。いかにして売上を伸ばし、利益を確保すればいいのか。また、都市部にあることを活かした営農方法とは何なのか。
鴨志田さんの仕事術、「農家としての稼ぎ方」を伺いました。今回は前編です。
▼後編はこちら
「途上国に学校を作る」ことが最初に抱いた夢
――これまでの略歴について教えてください。最初はなぜ教師になられたのでしょうか?
中学生のとき、ボランティア活動をするJRC部(青少年赤十字)に入っていて、「海外派遣でラオスへ行ってみないか?」と言われたのが教師を目指すことになったきっかけでした。
このとき生まれて初めて海外に出て、そこで大きなカルチャーショックを受けました。ボロボロの長机に3人の子どもたちが肩を寄せ合いながら向かっていて、1冊の使い古された教科書を一緒に使っていたんです。
「日本で当たり前だと思っていた教育環境って、世界では当たり前じゃなかったんだ」と、そこで初めて気づきました。
それで「将来はこうした国で学校を作りたい」と考えるようになりました。ただ、経験も知識もない人間がやみくもに途上国へ行ったところで何もできないだろうと思い、まずは「もっと世界を知ろう」「日本の教育現場へ出よう」と考えました。
それで、地球一周をしてみたり、自転車で日本縦断したり、四国でお遍路してみたりしました。そして大学で教員免許をとって、東京の私立高校で教師として勤めはじめたんです。
――高校では何を教えていたのですか?
数学です。豊かさが当たり前でないことを伝えたくて、最初は社会科の教員を目指していたのですが、「社会科じゃ海外で教員できないな」と気づきまして(笑)。
父が倒れて、先祖代々の農地を受け継いだ
――そこから、なぜ農家へと転向されたのでしょうか?

私立高校には、2010年から18年まで8年間勤めました。その途中、14年に父がくも膜下出血で倒れ、63歳で急逝してしまったんです。
父は、先祖代々受け継いできたこの土地で農業を営んできた人でした。「自分の代でこの農地を道路や住宅地にしてしまうのは忍びない。自分はここの野菜を食べて育ってきたんだから」という思いが湧き上がり、農業と教員を両立する「半農半教」の取り組みをはじめました。
この「半農半教」というのは、現在、総務省地域力創造アドバイザーを務めている塩見直樹さんが提唱する「半農半X」に影響を受けて作った概念です。「半農半X」は食料を自給しながら、自分の個性や特技を生かしてやりたいことをして社会に貢献する生き方を差しますが、私の場合のXは教育だなと考えたんです。
それが今から8年前、私が28歳の頃でした。
――実際にはどのように「半農半教」を実践されたのですか?
平日は毎日学校で教員として勤め、週末に農作業をするというスタイルでした。とはいえ、週に2日の稼働で営農できるはずもなく、収穫した野菜を販売することすらできず、友人に配ったりしていました。
そもそも、「仮に将来的に農家を継ぐことになるとしても、まだ10年は先だろう」くらいに考えていたので、農業について何の準備も勉強もしていませんでした。だから1年目は絶望的なくらい何もできませんでしたね。
母に手伝ってもらいながら必死に勉強して、2〜3年目から、SNSで情報発信したり、ECサイトで農産物の販売をはじめたりして、少しずつ足元を固めていった感じですね。4年目の18年に、農業での売り上げのほか、農業教育の講師やコンポストアドバイザーなど事業の幅が広がったこともあり、教師を退職しました。
面積あたりの売上が、全国平均の2.5 倍に!
――今、本業での収益的にはどうなのでしょうか?
鴨志田農園の広さは2,800平米です。「1,000平米で売上100万円」というのが農家の平均値で、原価率は53%、およそ半分だと言われています。それに当てはめると、うちだと年間売上280万円、粗利140万円ほどになります。
農業に専念したとしても、実質年間140万円しか稼げないということです。これで都内で暮らしていくのは正直苦しいですよね。
そこで、どうやったら生計を成り立たせることができるのかを考え、特に最初の2年間はいろいろな農家さんを訪ね、とにかく見聞を広めました。
現在はようやく年間約700万円の売上が立っています(編集部注:農業としての純粋な売上。コンポストアドバイザーなどの売上は含まない)。
――平均値の2.5倍の売上ということになります。素人同然からはじめてたった8年ということを考えると、すごいことですね。
一般的な農家さんからすると売り上げているほうだとは思いますが、それでも利益としては350万円ほどに過ぎません。将来的にはここで1,200万円の売上を作り、公共性の高い取り組みに還元していきたいと考えています。
今、日本全国で500万円以上の売上を上げられている農家さんは、全体の2割ほどしかいないんです。うちは農家としてはかなり小規模な面積でやっていますので、ほとんどの農家さんが当園より広大な土地で営農しているはず。それでも500万円に届かないのです。
「食べ物を作っているのに、食べていけない」というのは、すごく不自然な状況ですよね。鴨志田農園で構築したシステムは将来的にオープンソースにして、「食べていける農家さんを増やしていきたい」という思いがあります。
そのための実証実験をうちの農園で進めている、というところですね。
「1平米あたり4,285円売り上げる」戦略を練る
――農業で効率的に利益を上げるためには、どのようなやり方があるでしょうか。

利益を出すには、基本的には2つしかないと考えています。当たり前のことですが、ひとつは売上を伸ばすこと、もうひとつは減価率を下げること。私はそのどちらも工夫とやり方次第で効率を上げられると思っています。
まず売上に関しては、全体の大きな金額として捉えないようにして、小さな単位に落とし込んでいきます。売上目標を平米数で割ると、1平米あたりに必要な売上高が算出できますよね。
鴨志田農園でいうと、2,800平米で将来的な売上目標は1,200万円。すると、1平米あたりや約4,285円ということになります。この1平米に何をどう植えたら年間4,285円の売り上げを達成できるかを考えていくんです。
ビーツなら1株250〜300円で販売できるから、冬場に収穫して3株で900円、ほかにフェンネルなら600~700円で売れるから夏場に収穫して…という具合に組み合わせを考えて4,285円を達成する戦略を練っていきます。
例えば、2022年1月末までにニンジンの出荷を終えて、2月上旬から4月下旬は、中葉春菊。5月上旬から11月上旬は、甘長とうがらし。11月中旬から翌年5月上旬までは、玉ねぎ。5月中旬から8月下旬は、モロヘイヤ…といった具合に組み立てて、それぞれの想定収量と4,285円を鑑みて価格設定を行なっていきます。
農業は「脳」業なんですよ(笑)。
――なるほど。畑を見渡すと様々な野菜が栽培されていますし、おなじ畝で多品種育てているところもあります。ここでは何種類の野菜を育てているのですか?
育てている主力の野菜は、年間で40種類ほどですね。柿などの果樹や、ふきや茗荷などの山菜系も入れると70種ほどになります。
この6~8月の夏場だと、さつまいも、唐辛子、甘長とうがらし、空芯菜、ツルムラサキ、モロヘイヤ、大葉、荏胡麻、ビーツ、フェンネル、きゅうり、サトイモ、ミニトマト3種類、大玉トマト2種類、ナス、ピーマン、落花生、かぼちゃ、ズッキーニ、生姜……などですかね。
作物の選定は投資のポートフォリオと考え方は同じ
――確かに多いですね。素人目には品種を絞り込んだほうが効率が良さそうに思うのですが。
たとえば、すべてさつまいも畑にすることもできます。ただ、そうすると先ほどの1平米あたりの売上目標への試算が立たないんですね。それに一品種を抱えてしまうと在庫になって、販売時に足元を見られてしまうこともある。
あと、単一作物は気象要因によるリスクが高い。以前、冷夏でナスの収穫が大幅に減ってしまったこともありました。だから、リスクヘッジとしての多品種というのもあります。
言ってしまえば投資のポートフォリオと同じですね。一つの銘柄に全額100万円というよりは、輸出関係10%、自動車関係10%みたいに組んでいく株式投資のようなイメージです。今の時期、カブはないんですけどね(笑)。
――後編では、都市農園の重要性などについてお聞きします。
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Photo: 大崎えりや