首長自らが旗を振り、ベンチャー企業誘致や移住推進などのバックアップを行っている浜松市。

その 基となるのが、以前紹介した浜松バレー構想です。シリコンバレーを参考にしながら、ベンチャービジネスを興しやすい環境を整えているとのこと。

そして、実は浜松市には、経済産業省が実施する始動 Next Innovator(以下、始動)へ参加し、シリコンバレーの空気を肌で感じている起業家や企業人が数多くいます。

『始動』は、起業家や大企業等の新事業の担い手を対象とした人材育成プログラム。約6カ月間の国内プログラムを行い、その中から厳正な審査を経て選抜された参加者たちが、シリコンバレー研修へと派遣されます(2017年度は126名の中から20名を選抜)。

日本全国から応募者が集まる中、浜松市からもこれまで多くの人材が選抜され、毎年シリコンバレー派遣者を輩出してきました。そこで今回は、『始動』に参加し、シリコンバレーを体験した2人に、現地で感じたことや学んだこと、シリコンバレーからみた浜松などについてお話を伺いました。

光技術を使って林業の困りごとを解決するスタートアップ

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Photo: 木原基行

酒井浩一(さかい・こういち)

1975年生まれ、大阪府出身。奈良先端科学技術大学院大学卒業後、浜松ホトニクス株式会社で医療機器の研究・開発職を経て、光産業創成大学院大学に入学。2017年に株式会社里灯都(リヒト)を設立し、代表取締役に就任。現在は大学で光技術を応用した木質系材料の改質改変を研究し、事業展開している。『始動 Next Innovator2017』に参加し、シリコンバレー派遣メンバーに選ばれる。

── まず、里灯都の事業内容から教えていただけますか。

酒井浩一さん(以下、酒井):リヒトはドイツ語で「光」という意味があります。それに、「里に灯をともして都にする」という漢字を当てて里灯都。浜松という街、地域を良くしたいと考え設立した会社です。事業内容は、光技術を使って林業の困りごとを解決すること。

守秘義務があるのであまり詳しい話はできませんが、木材加工会社や材木業界と共同研究を行い、木材の新しい価値や活用方法を模索したり、材木業界の課題を解決する手段を探ったりしています。ほかにも、雰囲気や味のある木材にするために、人工的に古材を作り出す技術も研究しています。

── 酒井さんはなぜ、「林業×光技術」に注目したのでしょうか。

酒井: 私は、世界でも有数の光関連企業である浜松ホトニクスで医療機器の研究開発をしながら、浜北青年会議所で地域活動をしていました。その経験から、光技術を通じて地域の役に立ちたいという思いが強くなりました。

浜松の産業の中で、光技術があまり応用されていない分野は何かと考えたときに、思いついたのは林業と漁業。その中で、林業はこれまでの地域活動から事業従事者と関わることも多く、彼らが「浜松の山、林業をよくしたい」という思いを持っていることも知っていたので、林業のお手伝いをすることを決めたのです。

── 「新たな光技術の開発により新産業を創造していきたい」は、浜松ホトニクスの経営理念の1つです。社内で林業の支援をする事業を立ち上げる方法はなかったのですか。

酒井:上司にも相談したところ、「浜松ホトニクスが中心となって立ち上げた光産業創成大学院大学で 、光技術と経営を学びながら自らがベンチャー企業を立ち上げて事業化するという方法がある」と、アドバイスをくれました。非常にいい上司ですね(笑)。

── 光産業創成大学院大学は、前回のライフハッカーの記事でも取り上げました。光を活用した事業を展開する企業が数多く生まれ、大学発ベンチャーの育成機関として注目を集めています。酒井さんは、浜松ホトニクスに籍を置きながら、光産業創成大学院大学で学びつつ、在学中に里灯都を立ち上げたということですね。

酒井:非常に恵まれた環境だと思っています。

『始動 Next Innovator2017』でシリコンバレー派遣メンバーに選ばれる

──『始動』でシリコンバレーに行かれたのですね。

酒井:はい。『始動』のことは始まった当初から知っていました。ただ、初年度である2015年は私も大学に入学したばかりで、里灯都も立ち上がっていなかった。自分が"始動"してないのに参加はできないと思って、見送りました(笑)。次の年は個人事業主にはなっていたのですが、やはりまだ早いと感じました。そして、里灯都を設立して事業プランが固まってきた3年目に応募して、選抜を通過することができました。

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『始動 Next Innovator2017』国内プログラムの様子。
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国内プログラムを経て、参加者の中から20名がシリコンバレー派遣メンバーに選ばれた。

──シリコンバレーでの研修は2週間だと伺いました。どのようなスケジュールだったのでしょうか。

酒井:前半の1週間は座学が中心で、『始動』に協力している、シリコンバレーで活躍するメンターの話を聞きます。有名なスタートアップの経営層やアントレプレナー、プロダクトの開発者など、かなり著名な方が名を連ねていました。

ほかには、事業プランを組んだり、スタートアップを訪問したりしていました。後半の1週間は、メンタリングが中心。メンターと1対1で話をして、事業プランに対するアドバイスをもらいました。あとは、ネットワーキングといって、シリコンバレーで働く人たちと交流を深めましたね。

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スタンフォード大にて行われたメンターによる講義。

──『始動』でもっとも血肉になったことはなんでしょうか?

酒井:大きく3つあります。1つは、メンターの講義であった「プロダクトドリブンではなくマーケットドリブン」という言葉です。分かりやすく言えば、プロダクト(商品)で物事を考えるのではなく、マーケット(市場)で物事を考えるということ。

例えば、私の事業である 「林業×光技術」 でいえば、家具や家をつくるために新しい木材をつくるのはプロダクトドリブン。宇宙という新しいマーケットに求められる木材を考えるのはマーケットドリブンです。

木材を既存の産業である家具や家だけに提供するのではなく、新しいマーケットである宇宙産業ならどんな木材が求められるのかを考える。もしかすると、耐火性、耐放射線性に優れた木材かもしれない。そういった挑戦こそが、破壊的イノベーションにつながると知りました。

僕は技術者なので、数値や性能にこだわり、よい製品にすれば売れるはずと考えがち。まさに、プロダクトドリブン思考でした。自分が持っている技術がどのように製品を変えるのかではなく、どのように世の中を変えるのかを考えなければいけない。シリコンバレー研修で、もっとも印象に残ったことです。

── 2つ目はなんでしょうか。

酒井:「デザイン思考」の重要性です。スタンフォード大学のデザインスクール「d.school」が定義した5ステップ、「共感」「問題定義」「創造」「プロトタイプ」「テスト」が有名で、私も色々な本を読んだり勉強したりしていましたが、メンターの講義を受けることで腹に落ちました。

この5ステップを高速で回すことに意味があるんですが、それは、どんどん失敗するということでもあります。プロトタイプを市場に投入してテストを行い、ダメだったらまた新たに共感に戻る。失敗は終わりではなく、むしろ尊ばれる文化。「どんな失敗をしたかを問われて、すぐに答えられないといけない」と言われました。失敗をしたということは、挑戦したということですからね。

シリコンバレーから戻ってすぐに、「里灯都でも失敗しながらまわしていこう」という話を仲間にしました。取締役は難しい顔をしていましたけど(笑)。

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シリコンバレー研修で行ったピッチ風景。

── 最後の1つはなんですか。

酒井:スタンフォード大学のマインドセットを学んだことです。多くのアントレプレナーが大事にしていることなので、さぞ難しいことだと思うでしょう。しかし、内容はとても単純で根源的なことです。私がハッとさせられたのは、「What matters most to you, and why?(あなたにとって大事なことは何ですか? それはなぜですか?)」「Who are you? or Who am I?(あなたは誰ですか? 自分は何者ですか? )」

一応、頭の片隅にはあったのですが、照れくさかったりして、常に考えたりはしていませんでした。でも、それではダメで、常に言葉にして言い続ける必要があるんです。

── では、お尋ねします。あなたにとって大事なことは何ですか? それはなぜですか?

酒井:冒頭に話したとおり、「地域が良くなること」です。里灯都は、世の中にものを還元しながら、地域も潤いながら、光技術がしっかりと伸びていくスキームをつくっていく。それが規律だと考えています。

シリコンバレーは不便。だからスタートアップが生まれる

── シリコンバレーの感想についても聞かせてください。スタートアップの聖地ですが、驚いたことはありますか?

酒井:たくさんありますよ。小さいことで言えば、やっぱりみんなスーツを着ていない。むしろスーツだと浮きますね。私も以前はスーツを着用していましたが、今は意識的にカジュアルな格好を取り入れるようにしています。とはいえ、日本の文化にあわせてスーツで取引先に赴くことも多い。郷に入れば郷に従えです。

あとは、小さなスタートアップが多い印象がありましたが、「GAFA」の影響力が大きい。つまり、Google、Apple、Facebook、Amazonです。みんな、GAFAに認められたいというモチベーションを持っているし、GAFAに認められそうなスタートアップにはお金もついてきます。

GAFAに認められたいスタートアップ、そのスタートアップに投資するベンチャーキャピタル、スタートアップの指南役と、シリコンバレーにはさまざまな人間が集まっています。シリコンバレーにはスタートアップのすべてがあると言ってもいい。だからこそ、経済圏が確立しているのでしょう。

── シリコンバレーはスタートアップの聖地であり、ITの聖地でもあります。その割には、スマホの電波がつながりにくいといった笑い話も聞きます。

酒井:シリコンバレーは不便ですよ(笑)。コンビニやトイレは少ないし、タクシーも捕まらない。宿泊費も高いですからね。日本がいかに便利な国か分かりました。しかし、この不便がベンチャーを育てたとも言えます。例えば、コンビニが少ないから『DoorDash』が、タクシーが捕まりにくいから『uberTAXI』が、宿泊費が高いから『Airbnb』が生まれた。これは、浜松も含めて、日本の地方にも当てはまると思うんですよ。

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Teslaにも訪問。

── 浜松市は「浜松バレー構想」を推進しています。シリコンバレーを知った上で、浜松市の強みと課題をどのように考えますか。

酒井: 強みは技術的に尖ったモノづくりができる会社が多いことだと思います。市町別のGDP比率で見れば、浜松市の製造業は20%くらいありますからね。シリコンバレーはソフトウェアやITにはとても強いのですが、モノづくりになると極端に弱くなります。だから、シリコンバレーのアイデアを浜松が持つモノづくり技術で上手に進化させることができれば、面白いかもしれません。

── シリコンバレーは深圳との結びつきが強く、製造を担っているといってもいいでしょう。浜松の技術力なら取って代われるのでは。

酒井:それは難しいかもしれません。深圳はシリコンバレーとの関係をしっかりと築いています。浜松はむしろ、日本の玄関になった方がいい。日本市場は依然として大きく、海外のスタートアップも注目しています。しかし、規制が厳しくて、参入が難しい。そこで、浜松でアイデアを試せる仕組みをつくるべきです。

そもそも浜松は、東京と大阪の中間で名古屋にも近い。新幹線も止まるし、空港も使えます。港も近いので、交通インフラは完璧に近い。さらに、ヤマハやスズキといった大企業や浜松ホトニクスのような世界シェアNo.1の製品を持つ企業もあります。また、めったに雪が降らないので、サプライチェーンの寸断リスクも低い。サービスをローンチする場所に選ばれる条件は整っています。

社会実装できる環境がスタートアップを呼び寄せる

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Photo: 木原基行

── 浜松でアイデアを試せる仕組みとは、特区のようなものでしょうか。

酒井:そうです。スタートアップを呼ぶのに重要なのは、補助金ではありません。優秀なスタートアップならお金はどこにいても調達できますから。むしろ、彼らが望んでいるのは、実装できる環境です。

スタートアップが大企業と組むメリットの1つに、大企業の仕組みに自分たちのサービスや技術を実装できることがあります。それと同じ考えで、浜松市が抱える課題を解決するために、スタートアップの持つ技術やサービスを実験的に社会実装させればいいのです。浜松の大企業も積極的にスタートアップと組めばなお良い。それこそ、「浜松バレー」の第一歩だと思いますね。

── 最後に、シリコンバレーを知ったことで、今後の事業展開などの参考になったことなどがあれば教えていただけますか。

酒井:今までは、すべて自分が引っ張っていく心づもりでした。ただ、僕はテンションによって出せる能力が変わってしまうタイプ。『始動』のメンターに相談したところ「みんなそうだから。自分がダメなときは人に任せるんだよ」とアドバイスされました。

確かに、シリコンバレーのスタートアップは、必ず複数人で始めます。一方、日本はだれか一人の個が強い印象がある。でもそれではダメで、チーミング(チームで共に働く)の重要性に気づきました。

これからは、もっと人を頼って、任せていこうと考えています。最終的には、社員だけでなく、周りの企業や人もどんどん巻き込んで、「この人と一緒に仕事すると面白い」と思われるようになりたいですね。

やらまいか精神で多数の浜松出身者が『始動』に参加

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渡辺迅人さん。今回はスカイプでインタビューを実施。

渡辺迅人(わたなべ・はやと)

2002年、浜松信用金庫に入庫。営業店に勤務したのち、2010年7月から4カ月間、信金中金香港駐在員事務所へトレーニー派遣。その後、国際業務部国際業務課にて海外進出部門を担当。2016年6月、法人営業部地方創生戦略推進センターへ異動。2017年7月から現在まで、スタンフォード大学アジア太平洋研究センターに在籍。『始動 Next Innovator2016』に参加。

続いてお話を伺ったのは、現在浜松信⽤⾦庫(以下、浜信)からスタンフォード⼤に派遣されている渡辺迅⼈さん。『始動 Next Innovator 2016』の国内プログラムに参加したのち、シリコンバレーに留学。ベンチャー企業輩出の仕組みなどを学んでいます。

── 渡辺さんは『始動 Next Innovator 2016』に応募されたそうですね。

渡辺迅人さん(以下、渡辺):国内プログラムには選ばれて頑張ったのですが、最後のシリコンバレープログラムには残れませんでした。

── 選ばれなかったのは残念ですが、浜松市でみると、初回の2015年から2017年まで、3年連続でシリコンバレープログラムに残っています。

渡辺:1つは、浜松からの参加が多かったことが理由だと思います。私が参加した年もほとんどは東京からの参加者で、その他は大阪や福岡という大都市が目立っていました。そんな中、浜松の人間は126人の中に4人もいたのです。地方都市なのにスゴいですよね。「やらまいか精神」(とにかくやってみようというチャレンジ精神)も関係しているのだと思います。

あとは、浜松に本社拠点を置く大手企業からスピンアウトして、新しい事業を手掛けている人も多く、やらまいか精神のある優秀な人材が揃っていることも理由なのではないでしょうか。

── 『始動』ではシリコンバレープログラムへの参加は叶いませんでしたが、その後、在籍している浜松信用金庫からシリコンバレーに派遣されていますね。昨年の7月から、ベンチャー企業を生み出して育てる仕組みや、金融機関が起業家・中小企業を支援する方法論などを研究しているとお聞きしています。浜松市は、日本一の起業家応援都市を宣言していますが、民間企業である浜松信用金庫が職員を派遣する理由から教えてください。

渡辺:浜松市の主要産業は製造業。特に、自動車をはじめとした輸送機器が盛んです。中小企業の多くは、そのピラミッド構造の中に組み込まれています。しかし、これからガソリン自動車が電気自動車にシフトしていくとしたら、伝統的なクルマ産業はディスラプト(破壊)されるのではないでしょうか。

そうならないためにも、エンジン部品などを手掛ける中小企業は、新しいアイデアを持って動き出さないといけません。もちろん、自ら動くことが大前提ですが、私たち信用金庫も中小企業を支える金融機関としてサポートして、気づきを与える使命があります。その1つの方法として、シリコンバレーに職員を常駐させ、情報を集めながらネットワークを築き、シリコンバレーのスタートアップと浜松の製造業をつなげられないか試しています。

浜松しか知らないと、新しいアイデアは生まれません。今、もっとも新しいアイデアが生まれているのは、スタートアップの聖地であるシリコンバレー。地域にもっとも根付いている金融機関である信用金庫が動き、実際に現地で学び、そしてお客様に最前線のファッション(流行や流儀)を伝えることで、「自分達も動かなければ」と思ってもらえるのではないかと考えています。また、そうすることで、10年後、20年後の浜松市を盛り上げていけるはずです。

浜松信用金庫の今回の活動は、”目の前”を見た活動ではありません。どちらかというと不確実な将来へ向けた、既存の取り組みとはまったく別の活動です。10年後、20年後の浜松を見据えて動いています。

多くの起業家が巣立ったスタンフォード大学で学ぶ

── シリコンバレーでの肩書きは、"スタンフォード大学アジア太平洋研究センター客員研究員"です。スタンフォード大学といえば、Yahoo!やGoogleの創設者をはじめとして、多くの起業家が巣立ったことでも有名ですが、渡辺さんはここで、どういった研究をされているのでしょうか。

渡辺:スタンフォード大学の講義であれば、教授に打診をして承諾されれば受講することが可能です。所属して約半年ですが、今はスタートアップへの投資の勉強をしています。

浜信は、レイターステージ(事業が軌道に乗り安定成長し、収益化された段階)のスタートアップに出資するファンドしか持っていません。そこで、シードステージ(コンセプトやビジネスモデルだけの準備段階)に、エンジェル投資家(創業間もない企業に対して資金を供給する投資家)のように出資できるファンドを作れないのかを、検討しているところです。多分、日本中の信金を探しても、エンジェル的なファンドはないはず。まさに、浜信も変革するための勉強ですね。

シリコンバレーで感じたのは、起業家を応援するエコシステムがしっかりと確立していること。特に、エンジェル投資家がシードステージのスタートアップに、個人で5000万円とか1億円とかを出資する。日本と比べると桁が二つ違います。 浜松で同様の事例を見つけようとしても難しい。 そもそも、寄付文化がない日本では、エンジェル投資家は生まれにくいのかもしれません。

浜松を起業家の街にする「浜松バレー構想」を盛り上げるためには、金融は必要不可欠です。浜信は、60年間、地域に育ててもらった恩がある。そのお返しとして、多少のリスクは覚悟で、地域貢献のためにもエンジェル的なファンドをやるべきではないでしょうか。

シードステージのスタートアップの背中を金融によって押してあげて、しっかりと会社に育て上げる。ただし、多くのスタートアップは成功することなくリタイアしていくでしょう。シードステージへの投資は、ほとんどが失敗して1発のホームランを大きく育てるといったイメージです。

もちろん、この考えは深い議論が必要で、答えも出ていません。利益が上がらないファンドを継続していけるのか、信金の業務を逸脱していないか、金融庁への確認も必要です。しかし、これくらいのことをやらないと、浜松は起業家の街にはならない。若い人からも見放されて、人口も増えなくなるかもしれません。

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スタンフォード大で開催された「New Japan Summit 2017 Silicon Vallley」に参加。

── 鈴木市長は以前のインタビューで、「まずはゼロイチが重要で、エコシステムが回り始めるまではガマンしてやり抜くことが重要」という旨の発言をされていますね。エコシステムを回すには、確かにエンジェル的な投資が必要です。

渡辺:シリコンバレーで学んで分かったのですが、この街も最初から起業家に優しい街ではなかった。20〜30年間、継続してきたから、今があるのです。浜松にもベンチャー企業のような形で創業して、大会社まで育て上げた経営者はいます。

そういった方々がエンジェル投資家になり、エコシステムを構築していれば、もしかしたら浜松バレーが誕生していたかもしれません。しかし、高度成長期のビジネスモデルでは、それは難しかったでしょう。

── 大学以外では、どういった活動をされているのでしょうか。

渡辺:もっとも時間を割いているのは、人脈づくりです。すでにシリコンバレーに進出している日本人に会いに行って、浜松のモノづくりとシリコンバレーをつなげるという自分の考えをぶつけながら、多くの人にインタビューをしています。キーマンを紹介してもらうだけでなく、私からもいろんな人を紹介するようにしています。

── 彼らからインスパイアされたことなどはありますか。

渡辺:2つあります。1つは、誰からも「お前はこの6カ月で何をやってきたんだ」と聞かれること。正直、まだ何かを成し遂げたり、達成したりはしていません。正直に「ない」と答えると「それじゃダメだ、実行しなきゃ。ここでは、実行している奴が評価される」と。

もう1つは、失敗したことが賞賛されること。よく考えると、失敗は行動しないとできない。結局、行動が評価されるのですね。

シリコンバレーにおける「行動と失敗」を学び、浜信を振り返ってみました。私たちは、行動に移した人を応援する仕組みはあります。しかし、一度失敗した人にはどうか。正直、すんなりと融資することはできません

これは、浜信に限ったことではなく、失敗した人に厳しい日本社会のあり方に問題があるのだと思っています。だからこそ、金融機関からその意識を変えるべきだと感じましたね。

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日本とアメリカシリコンバレー企業をつなぐ活動をしているUS-JP 医療機器開発カンファレンスの理事と。今年は浜松で開催してほしいと打診。

浜松はミニ深圳になれるポテンシャルを持っている

── シリコンバレーには浜松出身者も多いと聞きました。

渡辺:そうですね。シリコンバレーに来て感じたのは、いきなりアメリカ人コミュニティに入り込むのは難しいということ。まずは、日本人コミュニティで人脈を広げることから始めていますが、中でも浜松出身者とは積極的に会っています。

やはり、彼らは浜松のことを想ってくれているので、シリコンバレーと浜松をつなげたいという話にも耳を傾けてくれる。一方、アメリカ人の友人も何人かできたのですが、彼らに「シリコンバレーと浜松のモノづくりをつなげる」と話したら、 「それを実施してお前の利益はあるのか」「お前は金融なんだから投資ではないのか」「それは難しいぞ」「早く失敗して次へピボットすればいいのではないか」 などなど、厳しい意見もたくさんもらいました。

── シリコンバレーのスタートアップは、試作品などを中国の深圳で形にしています。そこに食い込むのは難しいということでしょうか。

渡辺:そもそも、日本のことを知らないのです。「お箸を使う国でしょう」とか「トヨタは日本だよね」といったレベル。まずは、浜松の中小企業も製造ができることを発信しなくてはいけない。そこは、私の役割の1つでもあります。では、知ってもらえたら、浜松の製造業に試作品作りを任せてもらえるとかといえば、それだけでは難しいでしょう。最大の課題は、スピード感です。

深圳が重宝されるのは、試作品を仕上げるスピードが速いから。シリコンバレーのスタートアップで働く浜松出身者に話を聞くと、アメリカの製造業に頼むと、試作品が出来上がるまで2週間程度はかかるそうです。スタートアップは、1週間=1カ月といった単位で動いています。2週間もかかると時間がもったいない。でも、日本の製造業につながるツールも相談する人もいない。そこで、深圳にお願いしたと言っていました。深圳のものづくり企業は拙い英語ながら、電話会議で必死に仕事をとろうと食らいついて来るそうです。

ただし、深圳にも弱点はあります。レスポンスも製造も速いけど、モノづくりの技術は雑。雑なので、試作品が量産につながるかは分からない。そこにチャンスがあるのではないでしょうか。シリコンバレーからすれば、浜松も深圳も地理的条件は同じ。深圳と同じコストで1週間以内に、しかも浜松品質で仕上げるか、もしくはコストは少し高くても、量産化までの的確なアドバイスを図面等でメンテナンスできれば、入り込める可能性はあると感じています。

浜松の製造業はすごいですよ。私もシリコンバレーに来て、より感じるようになりました。やはり、ヤマハやスズキ、ホンダなど大手メーカーの部品を低コスト、高品質で手掛けているだけのことはあります。

ただ、大手の下請けとしてはスゴいけど、ゼロイチの企業に手を貸す製造業がない。量による安定成長を意識せざるを得ないビジネス環境だからでしょう。しかし、実験的にやってみてもいいのではないでしょうか。もちろん、やってみて深圳に勝てない可能性もある。そのときは、素直に学べばいい。失敗するかもしれない挑戦だからこそ、浜信や浜松市が手を組んで、後押しすることも大事だと思います。

浜松市が主導してシリコンバレーに拠点をつくるべき

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浜松信用金庫が主催する、スタートアップピッチイベントの様子。

── ほかには、どんな後押しが考えられますか。

渡辺:シリコンバレーには、有名なインキュベーションセンターやアクセラレーションセンター(スタートアップが成長する機会を与える場)があります。運営しているのは、さまざまな国や行政。つまり、シリコンバレーで挑戦している自分の国のスタートアップを応援しているのです。日本ではそういった仕組みがまだありません。

浜松市がいち早く取り組んで、シリコンバレーに浜松の製造業をつなぐ営業拠点と、起業家育成の"虎の穴"をつくれば、浜松バレー構想の目玉の1つになるのではないでしょうか。シリコンバレーで鍛えた企業が浜松に帰ってきて、浜松から世界を狙っていく。そんなエコシステムも必要です。

そういった意味で、中国はスゴいですよ。中国企業の営業マンがシリコンバレーに駐在して、インキュベーションセンターやアクセラレーションセンターにどんどん投資して、そこで育ったスタートアップを深圳につないでいます。日本企業にはそういった営業マンはいないですね。

だから、浜信がその営業マンになってやるという意気込みでいます。そのときには、中小企業目線が必要です。シリコンバレーにいる日本人は、大企業の人が多い。大企業のリソースとスタートアップが組んで、どういったイノベーションを起こすかばかり考えている。それは、未来の日本にとって非常に大事なことです。でも、中小企業がそこに入り込むには、まだまだ難しい問題もあります。

── シリコンバレーに行ったことで見えてきた、浜松市の強みや魅力について教えてください。

渡辺:さまざまなジャンルの中小企業が狭い地域の中に集まっているのは強みですね。材料調達から樹脂、金型、板金、製造と、上から下まで揃う街は日本でもそう多くないでしょう。横のつながりができて、グループとして仕事を受ければ、小さな深圳ができるかもしれません。

あとは、ヤマハやスズキ、ホンダ、浜松ホトニクスからスピンアウトされた技術屋さんがたくさんいて、中小企業の社長として頑張っているのも強み。グローバル企業に信頼される技術力があります。そしてなにより、市がスタートアップを応援する姿勢は心強いですよね。それもあって、地域の企業も一体となって浜松バレー構想に協力しようという雰囲気になっている。浜信が私をシリコンバレーに派遣したのがいい例ですよ。

ただ、シリコンバレーのスタートアップと浜松市のスタートアップは、目指すべき方向が違うのかもしれません。シリコンバレーのスタートアップは、5〜8年でイグジット(売却)まで持っていきます。それができなければ、淘汰されていきます。これは、ベンチャーキャピタルの意向が強いからです。

日本の場合、安定した企業に育てて、大きくしていきたいという人も多い。最終目標が違えば、スピード感も変わってきます。浜松市の発展にはどちらがいいのか。しっかりと考えながら、区別した支援が必要になるでしょう。

── ヤマハ・モーター・ベンチャーズ・アンド・ラボラトリー・シリコンバレーCEOである西城洋志氏も以前のインタビューで、「シリコンバレーの真似をするだけでは、浜松バレー構想は失敗する」と仰っていました。シリコンバレーの良さを浜松流にカスタマイズするやり方が重要になると思います。

渡辺:急速にスケールしていきたい起業家を育てるバージョンと、安定して大きくなりたいベンチャー企業を育てるバージョン。これを分けて支援しなくてはいけないでしょう。ただ、いずれにしても、「浜松から世界を狙う」という起業家を育てたい。

世界のスタートアップは、最初からグローバルを目指している。例えばイスラエルのスタートアップは、イスラエル国内だけを見ていませんよ。浜松のスタートアップも、東京や日本ではなく、世界に挑戦して欲しいですね。

昔から起業家の夢を叶えるためにひざを交えて一緒に歩んできた、地域金融機関の浜信だからこそできる支援をしていきたいと思います。




酒井さんと渡辺さんに共通していたのは、浜松が培ってきた「モノづくり力」への期待です。ヤマハ発動機やスズキ、ホンダといった大企業からの高い要求により鍛えられた浜松の中小企業。2人は、シリコンバレーを肌で感じることで、その凄みを改めて実感したようでした。

一方で、モノづくりスタートアップで先を行く深圳との比較では、意見が分かれるとこも。「シリコンバレーと結びつきが深い深圳に取って変わるのは難しい。浜松は日本の玄関となるべき」という酒井さんに対して、渡辺さんは「スピード感さえクリアできれば、深圳よりも浜松の方が有利。取って変わるのも不可能ではない」という意見。

しかし、いずれも「世界を相手にしなくてはいけない」という部分は一致していました。酒井さんは「浜松を日本の玄関に」、渡辺さんは「シリコンバレーに浜松の拠点を」と提案しています。

これから先も浜松が元気であり続けるためには、まさに今が正念場です。他の地方と同じように、浜松にも人口減少や高齢化といった社会課題が押し寄せてきます。しかし、酒井さんが「不便がシリコンバレーのスタートアップを育てた」と語るように、ピンチこそ最大のチャンス。

浜松市と浜松信用金庫のような民間企業、そして、世界を目指す起業家たちが三位一体となれば、必ず「浜松バレー構想」は実を結ぶ。そう思わせてくれるインタビューでした。

Photo: 木原基行

Source: 浜松市