本州最後の楽園」であり「未来の日本をうらなう存在」として、『ライフハッカー[日本版]』でも取り上げてきた浜松市。その根底にあるのが、起業家精神に溢れるこの地を再び盛り上げるべく進められている、「浜松バレー構想」です。

もう一度、起業の街を目指して。ものづくりの街・浜松が画策する「浜松バレー構想」とは?

もう一度、起業の街を目指して。ものづくりの街・浜松が画策する「浜松バレー構想」とは?

2年半前の記事で、鈴木康友市長は「民間同士の交流で生まれたイノベーションを活性化させるために、行政は国と戦うのも役割のひとつだと考えています。いわゆる、規制緩和です」と発言しました。その言葉通り、民間の大企業やスタートアップが行う実証実験を手助けすることで、そのことが実現されつつあります。

そして、今年から始まったのが、「浜松市実証実験サポート事業」。今回は、これまでの実証実験の取り組みとして『SBドライブ』、そして「浜松市実証実験サポート事業」のサポートを受けた取り組みとして『ムジカル』を紹介。浜松市で実証実験を行うメリットを紐解きます。

電動キックボードからドローン、AIスピーカーまで、さまざまな実証実験にチャレンジ

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Image: 浜松市

キックボードに乗って笑顔の鈴木市長。もちろん、遊んでいるわけではありません。これは、海外ではお馴染みの移動手段、電動キックボードを使った実証実験の一コマ。新しい移動手段として注目が集まるなか、いち早く実証実験に手を上げた自治体が、浜松市なのです。

電動マイクロモビリティのシェアリングサービス「LUUP(ループ)」の将来的な実装に向けた、安全性・利便性を検証する実証実験を「はままつフルーツパーク時之栖」で実施。利用者の声やデータを活用し、電動マイクロモビリティが安心・安全に世の中に受け入れられるために必要な自主規制や安全上のルールの作成をサポートしました。

また、「SBドライブ」、「スズキ」、「遠州鉄道」は浜松市とタッグを組み、「浜松自動運転やらまいかプロジェクト」を実施。すでに、自動運転の実用化を見据えた車両の予約・運行管理システムの検証を目的とした実証実験を2回にわたり実施しています。

ほかにも、AIスピーカーを活用した行政手続き案内や子育て支援、ドローンの目視外飛行による医薬品などの運搬、食品ロスの削減、竹を材料としたストロー普及など、浜松市がサポートしている実証実験は数多く、種類も多岐にわたります。

今年度からは、この動きに弾みを付ける「浜松市実証実験サポート事業」がスタート。社会的課題の解決×テクノロジー活用による産業振興を推進するため、様々な自然環境を抱える浜松市を舞台にした実証実験プロジェクトに対し、実証フィールドの提供、実験にかかる経費の補助などさまざまな支援を実施しています。

今回、採択されたのは、

IoTセンサーによる健康寿命延伸プロジェクト(株式会社Z-Works)

排泄予測デバイス「DFree」を活用した医療の質向上プロジェクト(トリプル・ダブリュー・ジャパン株式会社)

自動運転システム実証プロジェクト(PerceptIn Japan合同会社)

お試し移住プラットフォーム「flato」実証プロジェクト(株式会社FromTo)

音楽文化プラットフォーム実証プロジェクト(株式会社ムジカル)

の5つのプロジェクト。浜松市と連携し、約1年間の実証実験に取り組みます。

なぜ、多くの企業が浜松市での実証実験を望むのでしょうか。地理的条件? 行政の後押し? 実際に実証実験を行っているSBドライブのCTO 須山温人さんとムジカルの代表 大山幹也さんにお話を伺いました。

自治体が主導することで、地域住民を巻き込んだ実証実験が可能になる

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Image: SBドライブ

SBドライブが携わる実証実験は「浜松自動運転やらまいかプロジェクト」。スズキ、遠州鉄道、浜松市とタッグを組み、路線バスが廃⽌になった浜松市西区庄内地区で、⾃動運転の実用化を見据えたバスの予約システムなどを実⽤化する技術を検証しました。昨年末に行った2回目の実験では、スズキ『ソリオ』を片道約13kmの区間で運行させました。ドライバーは遠州鉄道のバス運転手が務め、一部区間では『ソリオ』の先進安全技術を活用した運転支援システムのデモも行いました。

使い方は、まず地域住民がスマホの乗客用WEBサービスで、時間や停留所を指定してバスの予約を行います。このWEBサービスは、オンデマンド交通システム、道路交通情報の提供などを行う企業「順風路」のシステムを活用。順風路のシステムは、SBドライブが提供する自動運転車両運行プラットフォーム「Dispatcher」と連携されており、「Dispatcher」経由で運転手に予約の詳細が連絡されます。

連絡を受けた運転手は、予約に合わせて停留所で予約者をピックアップ。これにより、予約があるときにだけ運行が可能になります。また、バスが到着した時点で予約者のスマホに「ドアを開ける」というボタンが表示。このボタンをタップすると、「Dispatcher」経由で車両のドアが開く仕組みです。「Dispatcher」ではカメラによる車内監視や速度や燃料などの遠隔監視、運行状況監視なども行っており、クルマに関わるITシステムを担っています。

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SBドライブ CTO 須山温人さん
Photo: ライフハッカー[日本版]編集部

「課題を持った民間3社と行政がタッグを組んで、互いに検証したい技術を尊重しながら自発的に動いているのは珍しいケース。こういったときには、自社のエゴが出がちですからね。今回は、地域の交通課題を解決するのに理想的なプレイヤーが揃いました。大企業や交通事業者と組める可能性があるのも、浜松市で実証実験を実施するメリットではないでしょうか」と須山さん。ここで上手くいった枠組みを横展開すれば、全国各地にある交通空白地の課題を解決できるのではないかと期待しているそうです。

2016年に始まったこのプロジェクトは、2017年末、2019年末と2回の実証実験を実施しており、これもなかなかないことだと言います。

「SBドライブはいくつかの実証実験を行っていますが、同じエリアや自治体で2回目が実施されることは少ない。これは、タッグを組む民間企業だけでなく、浜松市の本気の表れだと思います」

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2018年12月には、イルミネーションの時期に合わせて市民に自動運転への理解を深めてもらう試乗会を、はままつフラワーパークにて実施。
Image: SBドライブ

須山さんは、「地域の交通課題を解決するためには、自治体である浜松市が強い意志をみせることが重要。民間企業のビジネスではなく、あくまで、自治体が主導して浜松市の困りごとを解決するという形が見えなければ、地域住民の理解も得られません」と語ります。

実際、浜松市はこのプロジェクトに深くコミットしており、交通空白地域のデータ提供や所轄の警察とのやりとり、地域自治会との交渉などを率先して行ったそうです。須山さんは、「東京からきたソフトバンクのグループ会社が地域住民に話をするより、市が話した方が早いし理解も得られる」とバックアップに感謝。また、実証実験は産業振興課の仕事ですが、交通政策課にも声をかけて、行政にありがちな縦割りではない、横串の通ったプロジェクトになったといいます。

「自治体によっては、SBドライブはなにをしてくれるの?という待ちの姿勢で実証実験に参加するところもありますが、浜松市は市長をはじめとして、担当者が率先して入ってきてくれます。そういったところも、実証実験のしやすさにつながっているのでしょう」

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Image: SBドライブ

浜松自動運転やらまいかプロジェクトの最終目標は、<さまざまな人が移動したいときに移動できて、元気に暮らせる状態をつくりだすこと>。「第3回、第4回と実証実験を繰り返して、そこに近づけて行きたいと思います」と須山さんは語ります。

「音楽の地産地消」を目指したとき、浜松は地方のニーズを探るのに最適だった

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Image: ムジカル

浜松市実証実験サポート事業」のひとつに選ばれたムジカルは、演奏家と個人や企業をマッチングするプラットフォーム「動画とチャットでえらぶ出張演奏Musicalu」を運営。Musicaluには約350組の演奏が登録しており、誕生日や結婚記念日、歓送迎会などのイベントなどで演奏して欲しい個人が依頼できるような仕組みを整えています。これを浜松市に特化させたのが、「音楽文化プラットフォーム実証プロジェクト」です。

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ムジカル 代表 大山幹也さん
Image: ムジカル

大山さんは「マッチングやシェアリングのサービスにありがちなのが、アクセスしてみると東京ばかりという状態。浜松市に絞り込むことで、コンテンツを身近に感じて欲しい。そうすると、スキルだけでなく、近所に住んでいるという理由で演奏家を選ぶかもしれません。また、小さなレストランがサービスで演奏を依頼するかもしれない。そうやって、音楽を介して人と場所がつながっていくことを想定しています」と語ります。また、地方の演奏家に対しても、価値を提供できるとのこと。

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Image: ムジカル

「演奏家の多くは関東か関西の都市圏に集中しています。それは、音大があるから。地元に戻っても、ピアノの先生くらいしかスキルを活かせる場がない。そんな状況を変えて、音楽の地産地消が進むプラットフォームをつくることで、地元で新しい繋がりが生まれ、経済が回るようにしたい」と大山さん。ゆくゆくは、市街地だけのサービスに留まらず、過疎地の課題解決の一助にもなればいいと考えています。

「浜松市は全国で2番目に広い面積をもつ市です。市街地もあれば、過疎が進む中山間地もある。そういった人口が減っている地域では、住民同士の交流も少なくなりがちです。演奏会などが外に出るきっかけや人生を楽しみのひとつになり、住民同士、そして若い演奏家との交流につながると嬉しいですね」

過疎地には高齢者が多く、ネットなどによる演奏会のPRは難しい。大山さんは、「行政がバックアップしてくれることで、出張所などにチラシを置かせてもらい、効果的に周知できることを想定します」とのこと。市街地のケースも過疎地のケースも、どちらも試すことができるのは、浜松市の強みだと感じているそうです。

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Image: ムジカル

浜松市はヤマハ、河合楽器、ローランドなどの本社がある音楽の街。1981年から「音楽のまち」づくりに取り組んでおり、今は、浜松市ならではの内発的で魅力的な音楽文化を創造し発信する都市「音楽の都」へと、さらなる発展を遂げようしています。大山さんは「行政の取り組みに対して、ボトムアップで市民に音楽の良さを伝え、文化を根付かせたい。相乗効果になればいい」と意気込みを語ります。

浜松市はその取り組みから、市民の音楽に対する理解度も比較的高く、無料コンサートなどがあれば、ふらっと立ち寄る人も少なくありません。当然、行政も音楽への理解が深く、バックアップも手厚いといいます。

一番助かっているのは、関係各所につなげてくれることです。今回は、市の担当者が公益財団法人浜松市文化振興財団(以下、文化振興財団)を紹介してくれました。ムジカルは東京からやってきたスタートアップ。浜松市に根付いているわけではないので、正直、信用はまだまだ。そんなときでも、文化振興財団を通じてお声掛けすると、演奏家の方に浜松版Musicaluの話を聞いていただけます」

もうひとつ、大山さんが助かったと感じたのが、浜松市実証実験サポート事業に選ばれたことで、相応の経費支援があることです。この事業では、設備備品費や消耗費、謝金、外注委託費、通信運搬費、賃貸料などの経費が、補助率1/2以内で最大200万円補助されます。「東京のスタートアップが地方に進出するのは、チャレンジングなことです。正直、金銭的な支援があるのはありがたい」と大山さんは語ります。

「まずは、地方にも演奏家と個人や企業をマッチングするニーズがあるのかを検証したい。そのうえで、都会ではできないことを、浜松市で試してみたいですね」

「実証実験をするなら浜松市」という時代が来ている

浜松市が実証実験の楽園となりつつある理由として、第一次産業、第二次産業がバランスよく発展していること、国土縮図型都市とも言われるほど多様性がある広い行政区域であること、新しいことに前向きな市民性などが挙げられます。

浜松はどうして「未来の日本」をうらなう存在なのか

浜松はどうして「未来の日本」をうらなう存在なのか

前回の記事でも取り上げたとおり、浜松市は、魅力的なビジネス環境を有しながらも、都市部のほか、中山間地域や沿岸部もあり、それぞれの地域が過疎化や人口集中にともなう渋滞、インフラの老朽化などを抱えています。つまり、浜松市では、日本中のさまざまな都市が抱える課題の解決方法を探ることができます。そしてなにより、行政が本気で浜松をイノベーティブで新しい産業が生まれる街にしたいと思って活動しているからでしょう。

ひとめでわかる、浜松のベンチャー支援制度がすごい!

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以前、「ひとめでわかる、浜松のベンチャー支援制度がすごい!」で紹介しましたが、浜松市のベンチャー支援体制はかなり充実しており、ベンチャー企業の成長度合い(シード期、アーリー期、ミドル以降)と困りごと(カネ・モノ・ヒト・場所)を踏まえて、14もの施策を打っています。今回紹介した、「浜松市実証実験サポート事業」もそのひとつです。

実証実験をするなら浜松市」。もしかすると、これから、スタートアップ企業がチャレンジするときの合い言葉になるかもしれません。


Source: 浜松市実証実験サポート事業 , 浜松自動運転やらまいかプロジェクト , SBドライブ , ムジカル

Image: SBドライブ , ムジカル

Photo: ライフハッカー[日本版]編集部