私が高校生だった頃、ある教師はいいました。
「幸せになりたいなら、なるべくいい大学に入学したほうがいい。人生の選択肢が多いから」と。
私が大学生の頃に読んだ本にはこう書いていました。
「人生が豊かかどうかは、選択肢の数で決まる」と。
生物としての生存本能がそうさせるのか、私たちは「選択肢をなるべく多く残す」ために考え、そして行動しているということはあるでしょう。
「なるべくいい大学に入りたい」「なるべくいい会社に就職したい」「なるべく年収の高い相手と結婚したい」「なるべく多く貯金したい」…。
「選択肢は多ければ多いほどいい」は、はたして本当でしょうか。
もしそうじゃないとしたら、どう生きればいいのでしょうか。
『ジャムの法則』に見る、選択肢が多いゆえのデメリット

コロンビア大学ビジネススクール教授のシーナ・アイエンガーさんによる実験です。
スーパーで、ジャムの試食コーナーを設けました。「6種類のジャムを用意した場合」と「24種類のジャムを用意した場合」、どちらが売れたのかというもの。
結果としては、「24種類のジャムを用意した場合」のほうが、より多くの集客はできました。
ただし、ジャムを購入したのは、試食に来た人のうち「3%」。
いっぽう、「6種類のジャムを用意した場合」は「30%」でした。購入率は10倍です。
なぜ、このような結果になったのでしょうか。
選択肢が多いと、人は選べないのです。これは、『ジャムの法則』といわれています。
たとえば、未婚の人が増えている一因も、これではないでしょうか。
昔に比べ、現在は「SNS」「結婚相談所」「マッチングアプリ」など、出会うためのツールや機会が多様化しています。これだとなかなか選べません。
決定に時間がかかり、疑念や後悔が生まれる
先日、『ポケモン』が大好きな息子のために、メルカリで『ポケモン』の指人形を探していました。
膨大な選択肢がある中、頭を掻きむしりながら最適解を求め続け、3時間くらいかけてようやく決断して、購入。
終わったのは、深夜3時。指人形の小さな写真を見すぎて、眼精疲労がハンパなかったです。
そんな労力をかけたのにもかかわらず、購入後に晴れやかな気分になることもなく、むしろ、購入したものが果たして最適だったのかという疑念や、3時間も選択に時間を費やしてしまった後悔が残っていました。
私の時給が1,000円だとして、3時間で3,000円(=選択コスト)。いっぽう、購入した指人形セットは2,500円でした。
つまり、選択肢が多すぎた分、選択に時間がかかり、2,500円のモノを買うのに、5,500円(商品コスト+選択コスト)もかけてしまいました。
果たして、豊富な選択肢は人を幸せにしてくれるのでしょうか。
豊富な選択肢は人を不幸にする

心理学者のバリー・シュワルツさんは、「選択肢の多さが、逆に幸福度を下げている」といいます。理由は以下の3つ。
- 選択肢が多くて、「選択できない」もしくは「選択を先延ばしにしてしまう」など、自分自身への無力感が生まれてしまう。
- 選択できたとしても、「その選択が本当に正しかったのか」と疑念をもったり、「あっちを選んだほうが良かったかも」と後悔したりしてしまう。
- そもそも選択肢が多いと、「自分にピッタリのものがあるのでは」と期待値が上がってしまうので、満足することが難しくなってしまう。
確かに上述した「ポケモンの指人形」を購入する際も、この3つの理由によって私の満足度は下がっていました。
バリー・シュワルツさんはこう続けます。
「鬱病や自殺が爆発的に増えたその要因の大部分は、人々の期待値が高すぎたことで経験が不満足なものになってしまっている点に起因している」
豊富な選択肢は、人を不幸にする側面があるのです。
とはいえ、選択肢は少なければ少ないほどいいかといえば、そうではないでしょう。
では、どれくらいが「丁度いい」のでしょうか。
最適な選択肢の数とは
上述した『ジャムの法則』のシーナ・アイエンガーさんは、「選択肢は5〜9個が最適」といいます。
経験的にも、なんとなく納得感のある数字だと感じます。
私はフィジーで生活しており、たまに外食をするのですが、レストランの選択肢は非常に限られています。大抵、お決まりの5つの候補から1つを選んでいます。毎回ほぼ即決でき、選択後の後悔も皆無です。
いっぽう、日本に一時帰国したときなどは、お店の選択肢があまりに豊富すぎて、店選びを自分でやりきる自信がないため、いつも友人任せになってしまいます。
友人に店選びの方法を聞くと、口コミサイトで評判を見たり、クーポンが使えるかを確認したりと、手間暇をかけて店を選んでくれているようで、申し訳ない気持ちになることもあります。
そういう「選択コスト」(選択に要する労力や時間)はバカになりませんが、さらに選択後の「後悔リスク」も侮れません。
「店選びが大変だから、会いたいのに会わない」や「ギフト選びが大変だから、プレゼントしたいのにしない」など、選択疲れ(決断疲れ)からの選択拒否による「機会損失」もあるでしょう。
「選択肢が多すぎるなんて、贅沢な悩みじゃないか」と一笑に付している場合ではありません。特に、優柔不断な方は対策が必要でしょう。
それでは、「選択」に付随するコストやリスクをどうやって下げていけばいいのでしょうか。
選択コストを下げる3つの方法

方法はいろいろとあると思いますが、以下3つをオススメしておきます。
1. 選択肢の一択化
スティーブ・ジョブズは生前、いつも「黒のタートル + ジーンズ + スニーカー」という同じファッションだったことは有名です。マーク・ザッカーバーグ(FacebookのCEO)も同じようなパーカーばかり着用しています。
つまり、「一択化」することで、選択コストを下げています。
ファッションに限らず、いろんな選択肢を「消去」しておくと、決断疲れを回避できそうです。
特に普段、選択に時間がかかっているものを対象に、選択肢を消去(削減)しておくと便利です。
たとえば、こんなふうに。
【人と会う場所】昼なら『タリーズ』、夜なら『鳥貴族』
【プレゼント選び】フィジー・ウォーター
【休日の予定】今月は「映画」「図書館」「ジム」「マッサージ」から選択
【カフェでの注文】カフェ・ラテ
2. 選択肢から距離をとる
選択肢を「見える化」してくるものや行為(SNSやテレビ、雑誌、ショッピングなど)から距離をおくのも有効でしょう。選択肢が見えなければ、迷うことはありません。
いっそのこと、選択肢の少ない場所へ移住してしまうのもありかもしれません。
地方への移住が、静かなブームを続けています。選択肢過多の大都市圏での生活は、消耗的なところもあるでしょう。
選択肢を限定し、田舎暮らしで選択容易性を高めてみると、また違ったライフスタイルが見えてくるのではないでしょうか。1〜3カ月の短期移住で試してみてもいいかもしれません。
3. 選択ルールの設定
私たちは「最高の選択」をしようとしがちです。
あらゆる選択肢を比較して、どれが「価格」「品質」「ファッション性」などの観点で総合的にベストなのかを見極めるために、時間を大量に消費してしまうことがあります。
そうならないように、選択時の「マイルール」を決めておくといいでしょう。
選択時に時間や気力をロスしない2つのマイルール

1. タイムリミットの設定
自分の人生にとってそれほど重要でない選択の場合、なるべく短い時間制約を設定し、本当に重要な選択に気力と時間を温存しましょう。
2. シンプルな意思決定
いくつもの観点で比較検討するような高度な意思決定ではなく、もっとシンプルに意思決定しましょう。
片づけコンサルタントの近藤麻理恵さんは、「ときめくかどうか」で捨てるか捨てないかを決めることを提唱しています。そういった直感的な選択スキルを習得していくと、選択コストが下がります。
選択に明確な根拠なんてなくていいのです。「なんとなく」は十分な選択理由です。
「最高の選択」をするより、「した選択を最高にしていく」ことのほうが大事です。
教育によって幸せになるとは限らない
書籍「幸せのメカニズム 実践・幸福学入門」によると、「教育と幸福は相関がない」というデータがあるそうです。
著者である幸福学の大家、前野隆司さん(慶應義塾大学大学院 教授)はいいます。
「人間は皆、幸せになるために学び、教えたいはずなのに、教員と生徒は教育によって幸せになっているとは限らないという現状があります」
これは、いまの教育が「子供たちに選択肢をなるべく多く残してやろう」としていることも一因なのではないでしょうか。
冒頭で書きましたが、私の高校時代の教師は「幸せになりたいなら、なるべくいい大学に入学したほうがいい。人生の選択肢が多いから」と言いました。
しかし上述したように、「豊富な選択肢が人を不幸にしている」としたら?
私も教育に携わる者として、「教育と幸せの相関」を描けるように(教育を受ければ受けるほど幸せになれるように)あがいていきたいと思います。
『幸福論』続き
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