『モチベーションを劇的に引き出す究極のメンタルコーチ術』(鈴木颯人著、KADOKAWA)の著者は、コーチングを通してアスリートのメンタル面をサポートする「スポーツメンタルコーチ」。
「1対1の会話」によって本人の能力を引き出しつつ、本人のがんばりによって目的を達成していくという方法を大切にしているのだそうです。
注目すべきは、アスリートたちは最初から頂点を目指せるような選手だったわけではないということ。それどころか9割の人が、モチベーションが不安定な状態からスタートしているというのです。
ここで重要なのは、モチベーションに対する考え方。
多くのリーダーは、メンバーのモチベーションを「上げる」ことに徹します。 自分のように「高いモチベーション」を持ってほしいと、過去の自分の成功体験を押し付けたり、周りのメンバーと比較したりして、必死に頑張らせようとします。
しかし1万人のアスリートに出会ってきた経験から、私はモチベーションは「上げるもの」ではなく、「引き出すもの」だと考えています。 そもそも「モチベーション」について、心理学辞典では「動機(付け)」と書かれています。
「モチベーションを上げる」を「動機(付け)に置き換えると、「動機(付け)を上げたい」になり、違和感がありますよね。
一方、「動機(付け)を引き出す」だとどうでしょう。すんなり理解できると思います。また「上げる」だと大変そうですが、「引き出す」だと、ちょっとラクな気持ちになりませんか。(「はじめに」より)
このような考え方がベースにあるため、著者の行なっているメンタルトレーニングでは、まずモチベーションを「誰もが持っているもの」として認め、ヒアリングを重ねていくのだそうです。
モチベーションを引き出すことができれば、メンバーは自発的にがんばるようになります。この「自発的にがんばる力」はとても強いもので、リーダーがあれこれ働きかけなくても、どんどん突き進む原動力になるのだとか。そして、そのがんばりにつられ、結果のほうから歩み寄ってくるようになるというのです。
こうした考え方に基づく本書では、著者が実践して効果が高かったものを中心に、リーダーの視点から、メンバーのモチベーションを効率よく引き出す方法が紹介されています。
きょうはSTEP5「『小さな一歩』でモチベーションを持続させるコツ」に焦点を当て、いくつかのポイントをピックアップしてみることにします。
目標を「1日の行動」に細分化する
目標を立てても、途中でやるのが面倒になったり、モチベーションが続かなくなることもあるはず。著者によれば、それを防ぐのが「目標を細分化すること」。
「ハインリッヒの法則」をご存知でしょうか。 1つの重大事故の背景には29の軽微な事故があり、その背景には300の異常(ヒヤリハット)が存在すると言われているものです。
アメリカの損害保険会社で働いていたハインリッヒが調査・研究をし、労働災害の経験則として導き出しました。(176ページより)
ハインリッヒの法則は、企業やインフラなど、安全管理に重きが置かれる場においてよく活用される概念ですが、目標達成にも応用できるのだそうです。
つまり、1つの大きな目標達成の背後には29の小さな目標達成があり、その背景にはさらに300もの小さな成功体験があると考えればいいわけです。
言い方を変えれば、小さな成功体験を300個積めば、その過程において中くらいの目標を29個達成でき、さらにその過程で1つくらいの成功を経験できるということ。
ざっくりとした拡大解釈ではありますが、それくらいの気持ちで小さな成功を大切にすることは重要だと著者はいうのです。
ワクワクするような、人が驚くような目標を立てさえすればその願いが叶う訳ではありません。目標を達成するには、思考を行動レベルにまで落とし込む必要があります。
「これならできそう」と思えるレベルまで目標を細分化し、「小さな目標」に落とし込んではじめて、目標に近づいていくことができるのです。(177ページより)
成功できない人は、この目標に対して一気に取り組もうとする傾向があるのだといいます。大きな目標を達成するための「小さな目標」を設定しないわけです。しかしそれでは、すぐに失敗することになっても当然。
そのたびまたチャレンジするのですが、そもそも身の丈にあったチャレンジではないので、また失敗を重ねることになるという悪循環に陥ってしまうことに。
そうならないためにも目標を細分化し、自分のレベルに合った目標設定を行うことが大切だというのです。そうすれば、小さな成功体験をいくつも積み重ねることが可能になるから。
その結果、「自分はできる」というセルフイメージが高まるために自信がつき、自然とモチベーションを引き出せるようになるということです。(176ページより)
「習慣」がいままでにない結果を引き寄せる
目標を達成するためには、努力を持続できるメンタルを身につけ、それを「習慣」にすることが必要。そのことを解説するために、ここでは「超一流大手企業A社から新規契約を獲得する」という大きな目標を立てたメンバーを例に挙げています。
このメンバーが考えた「結果にふさわしいメンタル」は次の3つ。
1 チームのメンバーと協力し合う心
2 A社の業界の業界誌を読んで広く情報を集める意識
3 感謝を忘れない気持ち
(181ページより)
さらにこのメンバーの思い込みとなっているのは、「自分ひとりでもできる」というものだったそうです。
そこで彼らに、まずは1の「チームのメンバーと協力し合う」習慣を身につけてもらうため、リーダーは「なにを習慣にしたらいいと思う?」と尋ねました。
するとメンバーが、「毎日誰かに話しかけること」「自分の成功事例を話す」を挙げてきたとします。ただし、これで決定というわけではなく、習慣に昇格させるためには、もうひと工夫が必要。
コツは、その2点を習慣にするための「小さな一歩」を考えること。より具体的な行動レベルに落とし込むための方法を考えることが大切だというわけです。
たとえば「誰かに話しかける」ではなく、「誰かに話しかけるにはどうすればいいか」「自分の成功事例を話す」ではなく、「自分の成功事例を話すにはどうすればいいか」と、もう一歩深掘りするということ。
すると、「なにか困っていそうなメンバーがいないか見つける意識を持つ」「どんな小さなことでもいいから、メンバーの役に立ちそうな成功事例を1日1つ見つける」などの具体案が出てくることになるでしょう。それを、毎日続けるようにすればいいのです。
目標は、小分けにして毎日できるレベルにまで落とし込む。この積み重ねが、目標に向かって毎日努力し続ける土台となり、習慣となるという考え方です。(180ページより)

「ラジオ体操方式」でモチベーションが持続する
一度決めたことであっても、継続するのはなかなか難しいもの。そこで著者は、「チェックリストづくり」を勧めています。日付と「習慣にしたいこと」を書いたリストを用意し、毎日それに記入するようにしてみるといいというのです。
メモ用紙に書いても、カレンダーに直接書き込んでも、エクセルでつくるのでもOK。著者は以下のようなものを使っているそうです。

一度エクセルでフォーマットをつくってしまえば、あとは印刷するだけなので簡単。それすら面倒だという人は、毎日決めたことを行なったら、スケジュール帳にシールを貼るだけでも効果的。
つまり、自身のモチベーションを持続できさえすれば、どんな方法でもよいということです。
科学的には6カ月以上が有効だそうですが、3週間続ければそれが習慣になるという説もあるのだと著者は言います。チェックリストも3週間続けてみれば、習慣化できるかもしれないということです。(186ページより)
モチベーションが続かないならハードルを下げる
チェックリストをつくっても、できていない日ばかりで「×」印が続いたり、シールやスタンプを押したり貼ったりできない日が続く…というメンバーがいたら、そもそもの習慣の設定が間違っているのかも。
毎日続けられないのであれば「習慣」にはなりません。そこで、習慣の設定自体にミスがないかどうか、見なおす必要があるわけです。コツは、ハードルを低くすること。
たとえば「通勤電車のなかで毎日10ページ本を読む」と決めたのに実行できないとしたら、「通勤電車のなかで1ページでも本を開く」あるいは「1行でもいいから読む」などとすれば、できる可能性が高まるということです。
「毎日やるべきことをきちんとできている」という感覚を得ることで、「自分はできる」という自信が生まれ、さらに継続しようという気持ちになるということ。いいかえれば、「できない日をつくらない」ことが、小さな成功体験を積ませるためのコツだというわけです。(189ページより)
今回ご紹介した部分は、紹介されている「5つのステップ」の最後のパート。もちろんここを読むだけでも意義はありますが、実際に読んでいくうえでは、STEP 1からひとつずつクリアしていけばさらに効果的。
いまメンバーがどん底の状態にあったとしても、必ず高いパフォーマンスを発揮し、結果を出せるようになるはずだと著者は断言しています。そういう意味でも、リーダーに多くのものを与えてくれる1冊であるといえそうです。
Image: KADOKAWA
Photo: 印南敦史