『鴻上尚史のほがらか人生相談 息苦しい「世間」を楽に生きる処方箋』(鴻上 尚史 著、朝日新聞出版)に集められている数々の相談ごとは、月刊誌『一冊の本』(朝日新聞出版)に掲載されたもの。
一回の掲載ごとに、著者が3~4本の相談に答え、それをウェブメディア「AERA dot.」が一週間に一本の割合で紹介したところ、多くの反響があったのだそうです。
明快な回答が共感を呼んだということで、これまでに700を超える相談が寄せられているのだといいます。
「ほがらか人生相談」というタイトルですが、ほがらかなものは少なく、深刻だったり、重かったり、切実だったりするものが多いです。(「はじめに」より)
このことばどおり、寄せられている相談は、いじめ、人間関係、恋愛、差別問題、虐待など多種多様。まさに現代社会の縮図のようです。
しかし、それでも暗くネガティブに終わらないとことが本書の魅力。
著者はこれまでにいろんな人から、「人生相談に答えるのは大変でしょう」と言われたのだそうです。しかし実際には、そんなに大変ではなかったのだとか。
その理由をご自身で、ずっと演劇の演出家をしているからだと分析しています。
演劇の現場でさまざまな人からさまざまな相談を受け、それらに答えてきたことに、大きな意味があったというのです。
演劇という人間と人間がぶつかる場所で、なんとかギリギリの落とし所を見つけようとして、観念的ではなく、理想論でもなく、精神論だけでもなく、具体的で、実行可能な、だけど小さなアドバイスをずっと探してきた結果だと思います。(「あとがきにかえて」より)
こうした考え方に基づく本書のなかから、「人と話すこと」に今日を感じて悩んでいる人の相談と、著者からの答えを抜き出してみましょう。
人前で話すことが怖いです。あがり症のなおし方を教えてください
相談者のりゅうさん(31歳・男性)は、自分でもいやになるほどのあがり症なのだそうです。
高校のときに出た英語スピーチの大会で緊張し、自分をコントロールできなくなったことがあったのだといいます。
そこから、人前で話すことがさらに怖くなり、大学ではそういう場は避けていましたが、ゼミの発表など必須のこともあって、本当に憂鬱でしたし、やっぱりうまくいきませんでした。プレゼンなど発表形式で、人前で話す時にどうしてもあがって声がうわずってしまうのです。
重要なプレゼンに僕が指名されることは、今ではほとんどなくなりました。どうにかこのあがり症をなおしたいです。(108~109ページより)
この相談を受けて著者は、「人前」で緊張するという人は、漠然としか「人前」をとらえていないと指摘しています。つまり、曖昧なイメージの「人前」におびえているということ。
敵と戦うときに、敵の正体がわからないと恐怖感は高まるもの。人と話すときにも、同じことがいえるというのです。
逆にいえば、自分が緊張してしまう「人前」がわかってきたら、緊張しない「人前」も明確になってくるということになるのではないでしょうか。
一番、わかりやすい例だと、「とにかく2人以上の同僚か上司に会議室で話すのは緊張する」と分かると、まず、1人を相手に話します。最初は喫茶店とかがいいでしょう。相手になってくれる人はいますか?
(中略)そこで、ちゃんと話せたら、その「勝ち味」をかみしめましょう。そして、自分をちゃんとほめてあげましょう。
「自分は、一人が相手なら、緊張しないで話せるんだ。えらいぞ、俺」とほめるのです。 りゅうさんは昔、英語の発表で強引に「負け味」を口の中に押し込められたのです。ひとつひとつ、丁寧に回復していきましょう。(113ページより)
喫茶店で、1人を相手にちゃんと話すことができたら、次は2人の同僚を相手に、会議室ではなく喫茶店で話してみましょうと著者は提案しています。
すなわちそれは、「人数」「場所」「人間」のうちのひとつをレベルアップしてみるということ。
ちなみに「場所」は、自分がホッとできる場所ほどハードルは低いもの。
そのため、同僚2人を「自宅」に招き、そこで発表してみれば、いちばんリラックスできるかもしれないといいます。
もしもそれがうまくいったら、次は会議室へ移動。でも同僚や上司が相手だと緊張してしまうというのであれば、まずは新人の社員に頼んで話を聞いてもらってもOK。
そして、それがうまくいったなら、いよいよ会議室で同僚2人を相手にするわけです。そうやって、ていねいに「勝ち味」を重ねていくことが大切だという考え方。
どんな「人前」でもダメだ、とにかく人が怖いという状態なら、「社会不安障害」という病気の可能性も考えられるかもしれません。しかしそれは病気なので、病院で専門医に診てもらえばなおるはず。
そこで深く考えすぎず、軽い気持ちで心療内科か精神科を受けることを著者は勧めています。
そうではなく、緊張する「人前」と緊張しない「人前」が区別できる場合は、焦らず「緊張しないレベル」からゆっくり、「勝ち味」を味わいながら進んでいくべき。
相談者の場合であれば、中学校以前は普通に話せたわけです。だから、その状態に戻ればいいだけ。焦らず、一歩ずつ進むことが大切だといいます。(108ページより)
どんなに嫌な人がいても、どんなに対立しても、どんなに怒っても、幕を開けなければならないのがプロの演劇の現場。
したがって、その嫌悪や対立や怒りを、少しでも減らしたり、折り合いをつけたり、しばらく忘れたり、どうにか解決方法を考え出さなければ仕方がないのだといいます。
著者はそのため、長きにわたって人生相談に答えてきたわけです。しかし本書を読んでいると、そのことばが演劇の世界のみならず、あらゆる環境で生きる人たちの共感を得るだけの力を持っていることに気づくことでしょう。
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Photo: 印南敦史
Source: 朝日新聞出版