『必要な知識・スキルからHRMまで 担当になったら知っておきたい「人事」の基本』(深瀬勝範著、日本実業出版社)の著者は、人事コンサルタント、社会保険労務士として、組織改革、事業計画の策定等のコンサルティングを行なっている人物。
そのようなキャリアを軸として書かれた本書は、「人事の仕事を理解したい」という人のために書かれた「人事の教科書」。具体的には、人事担当者が仕事をするうえで人ようになる、以下の5つの知識・スキルを解説したものです。
①人事の仕事(事業内容)に関する知識
②労働法・社会保険に関する知識
③コミュニケーションに関するスキル
④問題発見・解決に関するスキル
⑤マネジメントに関する知識
(「まえがき」より)
きょうはそのなかから①の「人事業務」に焦点を当ててみたいと思いますが、この点に関する実務書は、これまでにも数多く出版されています。そこで本書では、これらの知識に関する説明をできるだけ絞り込んでいるのだそうです。
逆の見方をすれば、本書に書かれている業務知識は、人事担当者として仕事をするにあたっては必要最低限なもの。いわば、「これくらいは知っておかなければならない」ということでもあるわけです。
第1章「仕事の流れと業務内容を理解しよう」に書かれた基本中の基本、「『人事の仕事』を理解する」をご紹介しましょう。
人事の仕事の目的
著者の言葉を借りるなら、人事の仕事とは「会社と従業員の成長を目的として、人材の採用・配置、労働条件の決定、職場環境の整備など、人に関する一連の管理業務を行うこと」。
当然ながら、会社が成長すれば、賃金を高くしたり、職場環境を整えたりすることが可能になります。するとその結果、従業員の満足度は向上します。また、従業員が能力を伸ばし、意欲を持って働けば、会社の成長が実現します。
このように、会社と従業員との間に「Win – Winの関係」を構築することこそが、人事の仕事の目的です。(10ページより)
ちなみにデータ処理などの作業、従業員から寄せられる苦情の処理、社内イベントの手配などの作業も人事の仕事。こうした「雑務」に振り回されていると、人事担当者はときとして、「なんのために仕事をしているのだろうか」と悩んでしまいがちです。
しかし、たとえ雑務に追われるような仕事でも、最終的に人事の仕事は、会社と従業員の成長のために行なわれている、とても重要なもの。人事担当者は、そのことを常に頭に入れておくようにすべきだと著者は強調しています。(10ページより)
人事の仕事の内容
採用、配置、教育、労働条件の決定、給与計算など、人事部門ではさまざまな仕事が行われているもの。一定の規模以上の会社になると、人事部門には複数の従業員が在籍し、それぞれが担当を決めて仕事をしています。そうなると、自分の担当業務以外のことがわからず、人事の仕事の全体像がつかみにくくなってしまうこともあり得るでしょう。
しかし、人事の仕事はそれぞれが密接に関係しているもの。全体像を掴まなければ、ここの仕事がうまくいかなくなります。たとえば採用業務を担当している人は、自社の労働条件や人事制度のことも理解していなければ、入社希望者からの質問に適切に答えることができません。
もちろん、労働条件の決定に関する業務を担当している人も同じ。新卒の採用状況などもきちんと理解していないと、適切な判断ができないわけです。
だからこそ、人事部門に配属された人は、まず人事の仕事の全体像をつかむことが必要。自分の担当業務が決まると、そこに関する知識を身につけることに意識が向いてしまいがちですが、全体像をつかんでから個々の業務に関する知識を勉強したほうが、仕事に対する理解が深まり、仕事ができるようになるのも早いということ。
では、人事の仕事の全体像とはどのようなものなのでしょうか? 著者はこの問いに対して、人事の仕事とは「人に関する一連の管理業務を行なうこと」だと答えています。そして、それは次の6つの機能によって行なわれるのだともいいます。
①従業員を確保する
②従業員に職務を与える
③従業員の働き方を管理する
④従業員に報酬を支払う
⑤従業員の能力を伸ばす
⑥従業員が働きやすい環境を整備する
(11ページより)
人事担当者はこれらの仕事の一部を担当し、数年おきに担当業務を替えつつ、人事の仕事全般を経験していくわけです。ただし中小企業では、ここまで業務が細分化されていなかったり、仕事の一部が行なわれていなかったりすることも。また大企業でも、給与計算などの業務を専門業者に委託し、社内では行なっていないこともあるでしょう。
そこで、自社の人事部が、これらの仕事のうち、どこまで行なっているのかを確認する必要があるといいます。(10ページより)
人事担当者の役割
人事担当者の仕事は多岐にわたりますが、仕事の提供先(顧客)は基本的に「経営者」か「従業員」。仕事の種類も、大きく分ければ「企画・開発的な仕事」と「管理・業務的な仕事」に分かれます。そして、この「仕事の提供先」と「仕事の種類」という軸に基づいて考えると、次の4つが人事担当者の役割。
①コンサルタントとしての役割
経営者に対し、要員計画や人材開発に関するさまざまな施策を企画提案し、実践する役割。人事担当者は、経営が間違った方向に向かっているときには、それを忠告できる存在でなければならないといいます。
②マネージャーとしての役割
経営者が行うべき労務管理に関する業務全般を行なう役割。人事部門は、各職場の管理者全体を指導監督する「管理者のマネージャー」だということです。
③コーチとしての役割
従業員の能力開発やキャリア開発の方向性を定め、研修や施策を企画する役割。
④エージェント(代理人)としての役割
従業員が行なうべき社会保険の手続きを代行したり、福利厚生サービスを行なったりする役割。
実際に行なう業務によって、各役割のウェイト配分は異なるものの、人事担当者であれば、これら4つの役割すべてを担っているというわけです。(13ページより)
人事担当者の心構え
いうまでもなく、人事は従業員の処遇にかかわる重要な仕事。そのため人事担当者は、次の心構えを忘れないようにする必要があるといいます。
①公平無私
えこひいきをしたり、自分勝手な言動が目立ったりする人事担当者が、従業員からの信頼を得ることは不可能。人事の仕事をする以上、常に公平無私の心構えで臨む必要があるということです。
②情報の取り扱いに注意すること
人事担当者が釣り扱う情報には、経営の機密情報や従業員の個人情報が含まれているもの。そこで、機密情報を外部に漏らさない、書類の管理をしっかりと行なうなど、情報の取り扱いには注意が必要だということ。
③サービス提供者としての意識を持つこと
従業員からの相談を受けるうち、自分が偉くなったと勘違いして、高圧的な態度をとるようになる人事担当者もいるのだとか。しかし、自分がサービス提供者であることを忘れず、誠実な姿勢で人に接することが大切だという考え方。
(14ページより)
人事部門の若手社員向けに書かれた本書は、労務管理やマネジメントに関する知識を学ぶという用途においては、人事部門の中堅以上の社員や、人事部門以外の管理職の方にも役立つ内容になっていると著者は記しています。そういう意味では、あらゆる立場のビジネスパーソンが読んでおくべき1冊だとも言えるかもしれません。
Photo: 印南敦史