『インサイドセールス 究極の営業術 最小の労力で、ズバ抜けて成果を出す営業組織に変わる』(水嶋玲以仁著、ダイヤモンド社)の目的は、近年注目を集めている「インサイドセールス」成功のためのノウハウを伝えること。
そう語る著者は、これまでグーグル、デル、マイクロソフトなど、外資系企業を中心として、20年にわたりインサイドセールスの立ち上げ・運営に携わってきたという人物です。
しかし、そもそも「インサイドセールス」のことを知らない方も少なくないはず。
「インサイドセールス」とは、簡単に言えば従来の訪問型営業に対し、電話やメールといった手段を用い、訪問を必要としない営業のことです。
もともとは、国土が広く、いちいち訪問などしていられないアメリカで生まれた営業方法でしたが、近年日本でも導入する企業が増えています。(「はじめに」より)
いわば、訪問せずに成約できる「究極の営業術」。しかし日本企業では、まだまだその運営や人材の育成ができるマネージャーが少ないのだそうです。
そこで著者は本書において、自身の経験を軸に、インサイドセールス組織のつくり方や「つまずきのポイント」などを解説しているというわけです。
きょうはPart 1「インサイドセールスに必要な『協創と自立性の高い組織』」内の第1章「どうしてうまくいかない? ウチのインサイドセールス」に焦点を当て、インサイドセールスについての基本的なことを確認してみたいと思います。
インサイドセールスの定義
著者によればインサイドセールスは、顧客のもとへ「訪問しない」ということだけでは表現しきれない役割を担っているのだそうです。
そして、そんなインサイドセールスの本質を理解するためには、「リード(Lead)」という用語を知っておいてほしいのだといいます。
「リード」とは「見込み客」のことを指すマーケティング用語で、まだ取引には至っていないが、今後受注する可能性のある営業先を言います。
例えば、セミナーなどで名刺を獲得すれば、それは「リード」に当たり、「リード獲得」などと言います。 インサイドセールスをより深く知るためには、まずはこのリードを状況別に分類することが大切です。(15ページより)
広告やセミナー、展示会での名刺交換、資料請求、架電など、リードと接点を持つきっかけは多種多様です。しかも商材を売る側からリードを見たとき、商材に対する関心度にはバラつきがあるものでもあります。
商材のことを知ったばかりの人もいれば、次の商談で制約に結びつくかもしれない人までいるわけです。
そのようにリードが分散した様子を、マーケティングでは「ファネル構造」と呼ぶのだそうです。ファネル(funnel)とは漏斗(ろうと)のこと。
一般的な購買プロセスでは、商材のことを認知する入り口でのリード数は多く、徐々に自社と商材とのマッチングを図ったり他者商材との比較検討を繰り返したりしながら、実際に購入するリードの数が絞り込まれていくわけです。いわばその要素を、ファネルに見立てたわけです。
またファネルは「パイプライン」とも呼ばれ、この管理のことを「パイプライン管理」などとも呼ぶのだといいます。

特に、この入り口部分など見込み度の低いリードに働き掛けて、少しずつ受注に近づけていくことをマーケティングの分野では「リードを育てる」という考え方をします。
そこで英語で「育てる」を意味する「ナーチャリング(Nurturing)を用いて、「リードナーチャリング」と言ったりします。インサイドセールスの役割を理解する上でとても大事な用語です。(16ページより)
このファネル構造においては、リードが入ってくる入り口の部分をマーケティングが担い、商談から受注(クロージング)にあたる管の部分を営業(フィールドセールス)が担うことになります。
そして、その間にあたる、管に向かって徐々に細くなる層のフォローに、インサイドセールスが効力を発揮するわけです。(14ページより)
マーケティングとフィールドセールスの橋渡しをする
インサイドセールスのいない企業では、マーケティングが集めたリードはフィールドセールスに直接パスされることになります。
この際、マーケティング側でふるいにかけ、見込みのあるリードに絞られている場合もあれば、セミナーの参加者をリスト化しただけということもあるでしょう。
しかしいずれにしても、フィールドセールスがこのリードを活用するのは困難。一軒ずつ電話をかけて興味や反応を確認し、訪問アポイントをとるという一連の流れは時間を要するため、フィールドセールスの負担になってしまうからです。
またリードの見込み度合いが整理されていない状態では、リードの関心にかみ合わないセールス活動をする可能性があるという問題も。
リードは商材に関心があって資料が手に入れば満足する段階なのに、提案に向けて訪問のアポイントを熱心に取りに行ってしまうなど、双方の温度感が一致しなくなることも考えられます。
それでは誤解が生まれかねず、場合によっては競合に奪われてしまうリスクもあるということ。しかしインサイドセールスが入ることで、マーケティングが獲得したリードを無駄にすることがなくなるわけです。
訪問はせずに電話やメールを活用するぶん、1日に多くのリードと接することが可能になります。加えてリードの関心度合いに合わせ、適切なアプローチができることもメリットのひとつ。
つまりインサイドセールスがいれば、マーケティングとフィールドセールスとの間に生じた溝を埋めることができるため、手が届かなかった部分をフォローできるようになるということです。(17ページより)
購買・所有の仕組みが変わってきている
しかし、インサイドセールスはとりたてて新しいセールス手法ではないとも著者は言います。なのになぜ、長らく訪問営業が一般的だった日本においてもインサイドセールスの需要が高まってきたのでしょうか?
まず最初の理由は、購買・所有の仕組みが変わってきたこと。しかも特に注目すべきは、近年はソリューションの提供方法でサブスクリプションモデルが主流になっていることだといいます。
いうまでもなく、「サブスクリプション(Subscription)」は「定額課金」の意。商品を買うのではなく、毎月月額料金を支払いながら利用するようなサービス形態です。
特に近年のクラウドサービスでいうと、ユーザーはインターネットに接続してソリューションを利用し、定期的に利用料を払います。
つまりは所有することから利用することへと価値の変化が生じているということ。この動きはITなどデジタルに領域に限らず、カーシェアリングや自社ビルを持たずにテナントに入居する、コワーキングスペースを利用するなどアナログな場面でも見られます。
そして、このような価値観の変化は、セールス側の意識も変えていくことを求めているのだといいます。売り切り型モデルが一般的だったころはモノを売ることがゴールでしたが、サブスクリプションモデルではそれが通用しないわけです。
解約がもっとも大きな損失になるので、「カスタマーサクセス(Customer Success)」、すなわち自社製品・サービスを売って終わりではなく、それをもとに顧客の事業拡大まで考えて支援することが必要。
サブスクリプションモデルの場合・顧客が自社製品・サービスをもとに成功してくれなければ解約されてしまうため、それでは困るということです。
入り口はミニマムな契約であったとしても、末長く愛用してもらう。さらに商材の価値に納得したうえでグレードを上げる(アップセル)や関連商材の購入(クロスセル)、あるいは追加の契約につなげていくような形こそ、理想のセールスシナリオなのです。
それには初期の段階で、顧客との間に長期にわたるパートナーシップが築けるか、本当に自社のサービスが顧客のニーズに応えられるのかといった見極めが重要になってきます。(24ページより)
もちろんそうした観点は、従来のセールスにも盛り込まれていたはず。とはいえ瞬間的な売上が問われていた以前のセールスよりも、顧客との関係構築がより大切になっていることは確実です。
そして顧客との関係構築を重視するということは、よりていねいできめ細かいセールスアプローチが求められるということ。
インサイドセールスは、マーケティングやフィールドセールスではフォローしきれない範囲をカバーするという意味で重要なポジションだということです。(21ページより)
働く環境が変わってきている
改めて指摘するまでもなく、いまの日本では労働力不足が課題となっており、その傾向は加速する一方です。そんななか、企業は限られたリソースで、生産性をどう確保していくかが問われているわけです。
そんななか、生産性を保つには、2つの考え方があることを著者は指摘しています。まず1つは業務の効率化を図り、単位時間あたりの生産性を上げること。
その点インサイドセールスは、とても有効な手法といえるといいます。まず単位時間あたりに接触できるリードの数は、訪問型のセールスとはくらべものになりません。
また、マーケティングからきた将来の顧客候補のなかから見込みのあるリードを峻別するので、フィールドセールスだけでこなしていたときよりも、商談段階で受注確度の高いリードに出会える確率は格段に上がることになるのです。
そして生産性を保つもう1つの方法は、多様な人材をアサインすることにあるといいます。組織のダイバーシティ推進には多様な社会に合った商材を生み出す効果もありますが、その一方、働く時間や場所が限られている人材も活躍することで、全体の生産性を高めることも可能。
電話やメールで営業活動を行うインサイドセールスは、訪問営業にくらべて場所や時間の制約がありません。いわば、在宅勤務やサテライトオフィスでの勤務も取り入れやすい職種だということ。
高い能力がありながらさまざまな事情でフルタイムのオフィスワークはできないという人でも、インサイドセールスによって手腕を発揮することができるようになるわけです。
柔軟で働きがいのある職場環境は、働く人にとって魅力的。だからこそ、優秀な人材を確保する上でも、インサイドセールスはひと役買うことになるだろうと著者は主張しています。(24ページより)
さまざまな読者層を想定しているため、なるべく専門用語を使わず、平易な表現によって解説されています。
そのためインサイドセールスのことを初めて知る人でも、確実に知識を得ることができるはず。営業のポテンシャルを高めるために、ぜひ読んでおきたい1冊です。
Photo: 印南敦史