私は、「電通テック」という広告会社で、「ショッパー・マーケティング」という仕事に取り組んでいます。その定義は、商品を起点にした従来のマーケティングではなく、「購買行動」を起点に、売り方を考えていくマーケティングです。
また、電通グループの「購買起点コミュニケーション」の専門ユニット「電通S.P.A.Y.チーム」の、創設メンバーでもあります。(「はじめに」より)
自身の仕事についてこう説明するのは、『電通さん、タイヤ売りたいので雪降らせてよ。』(本間立平著、大和書房)の著者。そのミッションをひとことで言い表すなら、“いかに「買いたい空気」をつくれるか”ということなのだそうです。
かつては、「広告」と「売場」を連動させれば商品は売れました。CMで見た商品が店頭で山積みになっていれば、買物客は「買ってみようかな」と手を伸ばしたわけです。
ところが近年は、そうした「正攻法」が効かなくなっています。だからこそ重要なのは、変化する「買い手」の購買心理にどう働きかけるかということ。
この課題を解決するために、心理学はもとより、行動経済学、脳科学、人間工学などの、さまざまな学問の知見を動員して、事例分析や、実験・調査を進め、「売れるパターン」の法則化を進めています。
また、スマートフォンやSNSなどで変化した「新しい買い方」に合わせ、日々、新たな「売れる手法」を開発しています。(「はじめに」より)
それらを用いれば、旧来の方法では振り向いてもらえなかった商品にも、ふたたび注目してもらえるようになるというのです。つまり本書では、そのメソッドを「買わせるメソッド」と呼び、解説しているということ。
きょうはそのなかから、第4章「ワンカップ酒なんかに『イイね!』が集まるのはなぜ?」に注目してみることにしましょう。
「鼻につく写真」は絶対NG
著者がこの項で注目しているのは「インスタ映え」。有名な流行語ですが、ここではコトバンクによる定義が紹介されています。
“PC、スマートフォン向け写真共有SNSのインスタグラムに投稿した写真や、その被写体などに対して見栄えがする、おしゃれに見える、という意味で用いられる表現。「インスタグラム」と「写真映え」を合わせた造語”(160ページより)
マーケティングを行う企業の立場からすれば、「インスタ映え」ほど大きなビジネスチャンスはないと著者は指摘しています。
もしも提供する商品やサービスが「インスタ映え」してくれれば、話題が拡散して商機が広がるからです。では、どのようなものが「インスタ映え」するのでしょうか?
このことを考えるにあたって無視できないのは、「そもそも人は、SNSにどんなモチベーションで投稿するのか」ということ。そこには「写真に映える」=「フォトジェニック」という理由以外に、大きく「2つの狙い」が考えられるのだそうです。
まず、インスタをはじめとするSNSは、投稿した後に「イイね!」という反応を得られるという特徴があります。これは自分がアップした写真(自分の生活を切り取ったワンシーン)に対しての好評価なので、誰もが持つ「自己承認欲求」を満たすことになります。
ある研究によると、人は「イイね!」をもらうことでドーパミンが分泌され、その快感は、タバコや酒に匹敵する中毒性を持つほどだといいます。
投稿に「イイね!」をもらうためには、その投稿が、見た人の「共感」を呼ぶ内容になっていなければなりません。「あっ! そこ行って見たかったんだ」「私もそれ好き!」と思わせる必要があるのです。(162ページより)
SNSのもうひとつの特徴は、日々の投稿が「蓄積」されるということ。アルバム(投稿した写真の一覧)を見れば、その人の職業、趣味、友人、食の嗜好、服や持ち物のセンスまで、ライフスタイルすべてが丸わかりになるわけです。
いわばSNSは、投稿する人の魅力的な個性を発信する「セルフブランディングツール」の役割を担っていることになります。「私ってこんなにイケてるんだよ」と周囲に自分をアピールすることによって、「自己表現欲求」までをも満たす効果があるということです。
ひとことで「インスタ映え」といっても、その本質を突き詰めていくと、「フォトジェニック」かどうかだけではなく、重要な意味を持つのは、投稿が「共感性」を呼ぶかどうか。また、それによって「自分アピール」ができるかどうかということの重要性がわかります。
とはいえ、「フォトジェニックなシーンを共有したい」「自分をアピールしたい」「『いいね!』で共感してほしい」という3点を同時に満たす「インスタ映え」を見つけるのは、それほど容易なことではないのも事実。
たとえば、「原宿でパンケーキ! おいしかったぁ」という写真をアップしたとします。この場合、ブームが沈静化しているパンケーキのビジュアルには「既視感」があるため、「フォトジェニック」さに期待するのは困難。
ただしパンケーキが嫌いな女子は少ないため、「食べたい!」という欲求の「イイね!」がつくかもしれません。
とはいっても、それが「自分アピール」につながるかどうかは微妙。「原宿」という土地柄が、投稿者のカラーに合っているかどうかが問題になるというのがその理由。
いまどき「パンケーキ」の写真などをアップして、「痛い女」と思われないかなど、十分なセルフチェックが必要だと著者は言うのです。(161ページより)
おでん屋「だし割り」のインスタ映え
この項で紹介されているのは、東京の赤羽一番街というアーケードにある「立ち食いおでん屋」。なぜならこの店は、「だし割り」という裏サービスが有名だから。
ひととおり飲み食いが終わったころ、飲んでいたワンカップの日本酒を5分の1くらい残してカウンターに持っていくと、おでんのだし汁を注いでくれるというのです。
これがおいしく、「だし割り」でシメることを目的としておでんを食べに来る人も多いのだとか。当然のことながら店側も、「だし割り」が「USP(ユニーク・セリング・ポイント)」になっていることを自覚しているといいます。
そして「だし割り」を頼むと、お店の主人がおたまを偏り高い位置に掲げ、そこから豪快にだしを注ぎ落とすのだそうです。そのパフォーマンスを見ることで、誰もが「この店に来たら『だし割り』を頼まないと損だ」と思うことになるというわけです。
当然のことながら、情報感度の高い「インスタ女子」たちもこれに注目することになります。
先日、この店でシメの「だし割り」を飲んでいると、手前に立っていた若い女性二人組が声をかけてきました。 「すみません。それ、もしかして『だし割り』ですか? 写真撮らせてもらっていいですか?」 快くOKすると、さまざまな角度からパシャパシャと写真を撮りながら、もう一つ頼み事を聞いてもらえないかと尋ねてきました。
「実は、日本酒が飲めないんです。でも、どんな味か知りたくて…。少し飲ませてもらっていいですか?」 断る理由は皆無です。「どうぞどうぞ」と快諾します。 「インスタ女子」は、おそるおそる「だし割り」をすすりはじめました。「だし割り」といっても、基本は日本酒がベースですから、当然酒の匂いがプンプンしています。
「どう考えても、日本酒が飲めない人が、これをおいしいと感じるわけがないだろう」と思って見ていると、案の定、お口に合わなかったようで、微妙な顔をしています。 「おいしいですぅ~。ありがとうございました~」と一応の礼を言い、すごすごと退散していきました。
彼女たちには、絶対に入手しなければならない情報がありました。それは、「だし割りの味」です。日本酒は飲めない。けれど、赤羽に乗り込んだのだから、この店の「だし割り」は、マストで押さえておきたい。そこで、知らない人に頼んで、一口だけ試飲する。 インスタをやるのも、命がけです。(189ページより)
そこまでしてアップしたい「だし割り」の「インスタ映え」はどのくらいのものだったのか、著者は検証しています。
“ワンカップにだしが注がれているビジュアルの新奇性(フォトジェニ度 5)
「おいしそう! 今度赤羽に行ったらやってみたい!」という「イイね!」(共感度 5)
日本酒は飲めないけど、「おっさん」に頼み込んで、「だし割り」を飲ませてもらっちゃった(対比効果で可愛い私)(自分アピール度 5)”(191ページ)
このように、「総合15点」だと著者は判断しています。なお余談ですが、こうして赤羽一番街の客層が若い人へと変化したため、無料だった「だし割り」は「一杯50円」と有料になってしまったのだそうです。(188ページより)
身近な話題をモチーフにしながら「買わせるメソッド」を解説した興味深い内容。読み物としても楽しめるので、手にとってみてはいかがでしょうか?
Photo: 印南敦史