JR新宿駅ビル「ルミネエスト」地下で営業している、「ベルク」というお店をご存知でしょうか?
入ったことがなかったとしても、茶色い地に白抜き文字で書かれた「おいしいコーヒーをどうぞ」という看板は見かけたことがあるのではないでしょうか?
ベルクはたった15坪の小さな店。しかも店舗の形状がL字型。お店を運営する立場からすれば、実に使いづらい形状です。 でも、こんな小さなお店に、毎日1500人が来店します。
セブン・イレブンの平均来店客数は1店舗1000人といわれていますから、ベルクの1500人がいかにすごい数字か、おわかりいただけるでしょう。(「はじめに」より)
『新宿駅の小さな店 ベルクは、なぜいつも満席なのか? 熱狂的に愛されるお店・会社をつくる6つの秘密』(中山マコト著、現代書林)は、そんなベルクが愛される理由を明かした書籍。
著者は、年間200日ほどベルクに顔を出しているというマーケター兼コピープランナーです。
そんな著者は通い詰めるなかで、ベルクがお客さまから愛される秘訣は、次の6つに集約されると確信したのだそうです。
1 毅然としている
2 地元客を大切に
3 全方位対応であること
4 名物がある
5 品質に妥協しない
6 饒舌である
(「はじめに」より)
どれも、さまざまなお店や企業に応用できそうなことであるように思えます。そこで、ひとつひとつをさらに詳しく確認してみることにしましょう。
第1の秘密 ベルクは、毅然としている
「お客さまは神さまです」という有名な言葉がありますが、これは「お客さまは神さまだからなんでも言うとおりにしなければならない」という意味ではない。
この項で、著者はそう記しています。もちろん、お客さまの声には真摯に耳を傾ける必要があるのは当然。しかし、だからといって、お客さまの言うとおりに盲従するのは誤りだということ。
お店がすべきことは、お客さまの言葉を受け止めること。 受け止めた言葉が他のお客さまにとっても大切で、お店として必要だと思うならば受け入れればいいし、そうではいものは受け流せばいいのです。(45ページより)
たとえば、ベルクの「喫煙」に関する考え方にも同じことが言えるようです。
ベルクでは現在、エリアを分けて喫煙をOKにしています。なにしろ、喫煙する人が現在よりも多かった開業当時以来ずっと喫煙可だったのですから、愛煙家のお客さまもいるわけです。
もちろん禁煙にすればお店は汚れませんし、お店も手間を省くことができるでしょう。その一方、公共の施設での禁煙が増える昨今、店内を禁煙にしてほしいとの声も多く寄せられているといいます。
しかしベルクは、「喫煙者にも吸う権利があります。だからこそ、吸う人には周囲に配慮し、煙を最小限にしてください」というスタンスをとっているのだそうです。
最近は愛煙家よりも禁煙者の声のほうが大きく、厳しい言葉で完全禁煙を要求されることもあるそう。しかし店長の井野朋也さんはそんなとき、「来たくなければ、他に行ってください」と言葉を返すというのです。
お客さまが減るのは、お店としては怖いこと。しかし、自分たちが考える正義や信念を安易にねじ曲げることのほうがよほど怖いと思っているからこそ、そのような考え方を曲げないのではないか。
だからこそ、その信念と覚悟が人々を惹きつけるのではないか。著者はそう推測しています。(45ページより)
第2の理由 ベルクは、地元客を大切にする
情報誌に割引クーポンを掲載したり、ネットに広告を出したりと、新規客の取り込みに熱心なお店や会社は少なくありません。しかし、商機をつかむ努力が必要だとはいえ、とらえるべき潮流を見誤っては本末転倒。
場合によっては、客層が変わったことで常連客が離れていくというケースも考えられるわけです。そんななかでベルクは、「本当に大切にすべき相手は誰なのか」ということについての明確な答えを持っているそうです。
新宿駅は乗降客数が世界一ですが、実は、大多数は通勤や通学のためにルーティンで利用する人たちです。住民票こそ他の地域にあっても、週5日間、1日の大半を新宿で過ごす彼らは、地元住民のようなものです。
ベルクのメインターゲットはそんな地元の人たちです。通勤前に目覚ましのコーヒーを飲む。ランチタイムにお弁当をテイクアウトする。仕事を終えたらビールをひっかけて帰路につく。夜勤明けに美味しい純米酒にありつく。そんな利用を想定しているお店です。(54ページより)
浮動客がターゲットだと、常に広告宣伝を続けなければなりません。しかし地元の客さまは、一度気に入れば、かなりの高確率でまた立ち寄ってくれます。ベルクに常連さんが多いのも、そんな理由があるからだというのです。
お店の雰囲気は意図的につくれるものではなく、そこにいるお客さまとスタッフによって自然と醸し出されるもの。
お客さまが変われば、お店の空気が変わるにも当然ですが、ベルクがベルクでい続けられるのは、毎日顔を合わせる地元客を大切にするからだということです。(53ページより)
第3の理由 ベルクは、全方位型である
ベルクは、メニューの多さでも有名。たとえばホットドッグにしても、定番のベルク・ドッグにはじまって、ベーコンドッグ、チリドッグなど多種多様。
基本のメニューが3つ用意されたモーニングセトにしても、どんなドリンクと組み合わせるか、どんなトッピングを添えるかによってバリエーションが大きく広がるのだそうです(そもそも、トッピングメニューはオフィシャルなものだけでも30種以上あるというのですから驚きです)。
そしてメニューは基本的に、「掛け合わせ」が可能。そして著者によれば、この自在性こそがベルクの真骨頂。足を運ぶたび、回を重ねるごとに「あれを食べたい」「これも食べたい」という欲求が高まっていき、その結果、新たな組み合わせを楽しんでしまうわけです。
つまりは、お客さまを楽しませてしまうこの自由さこそが、ベルクの全方位性を形作っているということ。
常識的な枠にとらわれず、商品やサービスの幅を広げてみれば、それが好印象につながることを証明しているわけです。(57ページより)
第4の理由 ベルクは、名物商品を持っている
思わず人に語りたくなる名物商品を持つお店には、2種類あるのだと著者は言います。まずひとつは、「あのお店に行ったら、ぜひあれを食べておけ」と言いたくなる代名詞のような商品を持っているお店。
そしてもうひとつは、いくつもの商品を包括した「あのお店らしい味」を持っているお店。いうまでもなく、ベルクは後者のタイプだということになります。
ちなみにベルクの味を支えているのは、コーヒー、ソーセージ、パンの「三大職人」。コーヒーは、ベルクに置いてあるマシンでいちばん味わい深くなるように最適化したもの。
添加物を使わず、塩の加減だけでおいしさを生み出すソーセージは、何度も交渉を重ねて卸してもらえるようになったもの。そしてパンは、ベルク・ドッグに使うソーセージに合うように、特別に開発してもらったものだというのです。
つまり三大職人がいるからこそ、ベルク以外では出会えない味が成立しているということ。このような、他にはない名物商品を持っているからこそ、ベルクは愛され続けるわけです。(61ページより)
第5の理由 ベルクは、品質に妥協しない
安心安全を保証できない店・会社は、絶対に残ることができないものです。そこで「これはいいけど、あれはダメ」という線引きが求められるわけですが、それを持てないとブレてしまうことになります。
消えていくお店や会社が多いのも、そんなことが影響しているからなのでしょう。
そんななか、ブレない尺度があるのがベルク。ベルクの味を決める司令塔の役割を担っている副店長の迫川尚子さんが、信じがたい特技(才能)を持っており、それが大きな指針になっているというのです。
迫川さんの舌は、化学調味料や保存料といった混ざりものを瞬時に見分けます。ピュアなものだけを選び取ります。
(中略)迫川さんは、サンプル食品に使用されている混じり物を見逃しません。異分子を見分けます。そして、業者さんに指摘します。(67ページより)
自分たちが安心して食べられるものしか置かないということ。しかも、ベルクの料理をお客さまの立場で熟知したアルバイトスタッフの声も、積極的に取り入れているのだそうです。
「スタッフ=お客さま」「スタッフ=発案者」、そうしたボーダレスなスタッフィングが、ベルクの強みをより強固なものにしているということ。(66ページより)
第6の理由 ベルクは饒舌である
メニューの情報を伝える大型ポスターやパネル、POP、前述した三大職人の紹介写真、1994年から続く手づくりの新聞「ベルク通信」、スタッフがつくったウェブサイトなど、さまざまな手段を使ってお客さまに語りかけるのもベルクの特徴。
それはお客さまへのラブレターであり、書かれていることはベルクのフィロソフィーそのものだと著者は記しています。
店舗の内外にフィロソフィーがあふれているから、それを好ましく思う人にとっては心地よく、どんどん引き寄せられます。その反対に苦手だと思う人は遠ざかっていくことでしょう。
ベルクのフィロソフィーに共感する人だけが集まるから、ベルクはますます居心地の良いお店になっていきます。ベルクは饒舌。だからこそ、お客さまに愛されているのです。(74ページより)
お店の内外を情報で埋め尽くすことは難しいかもしれませんが、サイトやSNSを利用すれば、同じようなことは誰にでもできるはず。
そこで、たくさんの同業種のお店や会社のなかからお客さまに選ばれるように、ベルクと同じく「饒舌」になることが大切なのだと著者は主張しています。(71ページより)
後半では、ベルクと同じ理由で成功しているお店や会社の事例も紹介されます。つまり「ベルクの秘密」を明かした本書は、さまざまなビジネスを成功させるための秘訣を網羅したものでもあるのです。
ベルクの店内で、コーヒーやビールを楽しみながら読んでみてはいかがでしょうか。
Photo: 印南敦史