敏腕クリエイターやビジネスパーソンに仕事術を学ぶ「HOW I WORK」シリーズ。
今回お話を伺ったのは、軽井沢を拠点とした新しい出版社・あさま社の代表である坂口惣一(さかぐちそういち)さんです。
坂口惣一
大学卒業後、営業職、出版社2社での編集職を経てSBクリエイティブ株式会社へ。新書、ビジネス書、実用書の編集を手掛ける。2020年に都内から軽井沢へ教育移住。22年同社退社後、軽井沢を拠点とした出版社・あさま社を創業。「みらいに届く本」をミッションに活動をはじめている。創業第一弾『子どもたちに民主主義を教えよう』(工藤勇一・苫野一徳)が10月上旬に発売。1979年生まれ茨城県出身。
軽井沢風越学園の開校を機に、2020年に軽井沢に家族で教育移住。2022年には文豪の地としても有名な軽井沢に初の出版社「あさま社」を創業。
今回は、移住して働き方や思考がガラッと変わったという坂口さんの仕事術に迫ります。
坂口惣一さんの一問一答
氏名:坂口惣一
職業:書籍編集者
居住地:長野県軽井沢町
現在のコンピュータ:MacBook Air
現在のモバイル:iPhone 11
現在のノートとペン:ジェットストリーム4色ボールペン・0.38mm、ロルバーンA5サイズ
仕事スタイルを一言でいうと:自然の流れに沿う
Airbnbで軽井沢を体験。移住が現実的になった
――東京から軽井沢への移住を考えた理由は?
子どもを軽井沢の新設校に入れたいのが一番の理由でした。
共働きの我が家、移住前は私も妻も、仕事メインで生活を組んでいました。子どもを自治体の育児サービスの方に預けて働くことも多く、保育料も結構な金額がかかっていて…。この働き方には無理があるのではないか。妻とも東京での子育ては、「無理ゲー」なのではと話をしていました。
そこに飛び込んできた、軽井沢風越学園の開校のニュース。東京ではなく軽井沢に拠点を移すことで、キャリアや働き方も含めて人生がガラッと変わるのではないかという期待感がありました。
――移住を決断できた理由は?
決断の後押しになったのは、実際に軽井沢に行って「生活」を体感できたこと。ネットで情報収集している段階では、通勤や仕事のことで不安ばかりでした。
でも、学校説明会に参加するタイミングで、軽井沢のAirbnbを利用して何日か滞在してみたんです。その場に身を置いてみると、すごく心地良くて、「ここで暮らしていきたい」と不安が期待と確信に変わりました。
移住して180度考え方が変わった
――移住して、実感している変化は?
東京時代は、生活の中心は「仕事」でした。子育ても外注して、仕事の時間を確保する発想です。でも今は「子育て」「家事」「仕事」とすべてがフラットで、24時間に組み込まれている感覚があるんですよね。
それに加えて、自然の暮らしの中で畑をはじめたり、薪割りをしたり、「生活」のための活動の時間も増えてきました。それらの全てが暮らしをつくる大事な要素です。
東京にいると、畑で野菜をつくったり、薪を割るという作業は生産性の低い時間として扱ってしまいますが、こちらにいると、それこそ豊かな時間だと感じます。
――仕事面でも変化は実感していますか?
仕事でうまくいかないことがあっても、誰かに当たったり、お酒に走ったりすることがなくなりましたね(笑)。トラブルが起きても、なんとかなるかなって思える。180度考え方が変わりました。
その理由は、自然の中の暮らしにあると思います。四季の移ろいや変化を体で感じる中で、常にリラックスした気持ちでいられます。ウェルビーイングが高まって、感情の振れ幅が穏やかになったことを実感しています。
妻の一言で、辿り着いた起業という選択肢
――移住後、起業を考えはじめた理由は?
移住後も2年ほど東京の会社に籍を置き、会社員のままリモートワークをしていました。でも、環境がガラッと変わって、働き方の価値観も変わる中で、少しずつ東京で働いていたときの感覚には馴染まなくなっていました。
「自分は本当は何をしたいんだろう」。そのことを探りたくて、移住してすぐにコーチングを受け始めたんです。同時に、プライベートでは、本のイベントを主宰してみたり、地域おこしの活動に参画してみたり、いろいろと試していた時期がありました。
そんなときに、妻との会話の中で、ふとアイデアがわいてきました。「軽井沢に出版があったおもしろいのでは?」と思ったんです。軽井沢は、明治初期から文豪や芸術家が別荘を持ち、創作の地としても有名ですが、出版社を名乗っている企業はありません。
冗談半分で話をしていたら、妻から「それ、他の人に先にやられたら悔しいんじゃない」と言われて。そうかもなぁって。その言葉をかけてもらった瞬間、自分ごとに変わりました。
「軽井沢に出版社があるといいかもしれない。もし誰かがつくるなら、自分がやりたい」
そこから火がついて、出版社を創業した人たちに話を聞いて回っていきました。もともと独立心が強くて、上昇志向があったわけではありません。あくまで妄想からはじまり、流れに身を任せていたら会社を登記していた、そんな感覚です。
どこにいても不利はない。オンラインで本作りが完結する時代になった
――仕事をする上で、欠かせないアプリは?
ZoomとMessengerです。
――そのアプリで何をしますか?
全国各地の著者さんと打ち合わせができるため、Zoomは創業の大きな後押しになりました。あさま社として初めて刊行した『子どもたちに民主主義を教えよう』は、著者は横浜と熊本在住、構成を手伝ってくれたライターはニューヨーク在住でした。実は、4人はリアルで一度も顔を合わせていません。それでもしっかりと熱を込めた本ができているわけです。
もちろん、これまでもオンラインを通じた本作りの環境はありました。とはいえ、オンラインの打ち合わせが広まったのはコロナ禍になってから。インフラとして浸透し、抵抗なくオンラインで打ち合わせができるようになったことは、人に会うことが仕事の編集者にとって追い風でした。
Messengerは、目的によってメールと使い分けています。それぞれ、返信に対する期待値が違いますよね。返信スピードを求めるときはMessenger、すぐに返信の必要がない場合はメールを使っています。締め切りまで時間がなくなってくると、Messengerを使うことが増えます(笑)。
相手とのどのような距離感でコミュニケーションを取るかは非常に気を遣います。
――オンラインで仕事が完結できるメリットは大きいと思いますが、逆にリアルで会うことの価値はどう変わりましたか?
よく言われることですが、リアルの価値が上がっていますよね。先日も、書籍製作のキックオフミーティングで、著者とライターと集まる場をつくりました。同じ場を共有することで、一段と関係が深まるのを感じました。
この「リアルで会う」を一度挟んでおくと、関係がこじれそうになったとき、とても助かります。
人の悩みは変わらない
――仕事のなかで編み出したライフハックは?
2018年から「ほぼ日の5年手帳」で一言日記をつけています。その日あったことや感じたことを書き残しているんです。
普段忙しくタスクに追われていると、自分が一年前、何をめざし、何に不満を感じていたか、思い出す機会なんてそうそうないですよね。
でもこの「5年手帳」を書くと、同じページに1年前の記録が記されている。1年前に何を考えていたかわかるんです。意識せずに、自分の歩みを振り返るツールになっています。
この日記を続けてわかったのは、人は大きく変わらないということ。同じようなことに悩み、立ち止まっています(笑)。ずっと同じところを回っている感覚です。だとすれば、やるべきことは明確になりますよね。
特に、20代、30代は目の前の仕事に追われて、内省の時間が取りづらい。「自分は何をしたいんだろう」と、ふとした瞬間に悩むこともあるかもしれませんが、5年手帳に書き込んでいくと、3年も経ったところで自分が絶対に譲れない大切なものが見えてくるんじゃないかと思います。

――これは人より得意だと思うことは?
「自分のペースで仕事ができること」
会社員時代に校了直前でも、「のんびり仕事をしているように見える」と同僚から言われていました。自分としては、焦ってはいたのですが、まわりからは冷静に見えるようです。
昔から「まわりがしているから、こうせねば」ではなく、自分が何をしたいのか、どうしたいのかを大切にしようと心がけてきました。できる限り自分の中の違和感をなかったことにはしない。まわりに惑わされずに自分のペースで仕事をしたいとは考えています。
家族のスケジュールはアプリで見える化する
――お気に入りツール(またはアプリ)を3つ教えて
Google ドキュメントは必須のツールです。
これまでの編集業務は、著者との往復作業でした。それが、Google ドキュメントを使うと同期しながらリアルタイムで原稿作りができるようになりました。
たとえば、前職ではコルクの佐渡島庸平さんの『観察力の鍛え方』を担当させてもらいましたが、語り下ろしで文章化していくと、佐渡島さんがそれを追いかけるように原稿を加筆していく。リレーのようなスピード感をもって、本作りができるようになりました。
2つめは、『Nike Runclub』です。会社員時代から、年に1回はフルマラソンに出ることを目標に、ランニングを習慣にしています。気に入っている機能は、記録が残るところ。1カ月のトータル走行距離、過去走った記録を振り返り、過去の自分と対話ができます。
3つめは、カレンダーアプリの『TimeTree』です。

移住前から使っていますが、夫婦で予定を共有するのにおすすめです。お互いフルタイムで働いていますので、このアプリで予定を可視化しています。
それによって、「今日お迎え行くのがどっちか」「夜お子守りをするのはどっち?」の言った、言わないがなくなり、自分の仕事のスケジュールも調整しやすくなります。
せめて100年。手間ひま惜しまない。そこに価値がある
――これまでもらったアドバイスで印象的なものは?
都城図書館や仙台メディアテークなどの施設をプロデュースしている森田秀之さんの「わからないから一緒にやりましょうと言っていいんだよ」という言葉です。
森田さんは軽井沢の隣の御代田町で「通い稲作塾」を開講している方でもありますが、稲作を学びに行ったタイミングで知り合い、創業時にこのアドバイスをいただきました。
あさま社のミッションは「みらいに届く本」。でも、どうやってそれを実現するのか、見えているわけではありません。人は、先の見えないことに不安を感じ、行動を控えてしまいがちです。
そんなときに、「わからないままでいい」。とにかく「わからないから一緒に考えてましょう!」とまわりを巻き込んでいけばいい、と言われたことで、気持ちが楽になりました。
――創業時に役立った本はありますか?
ファッションデザイナー皆川明さんの『生きる はたらく つくる』です。
本の中には、「せめて100年」という言葉が出てきます。これは、皆川さんが会社を作るときに、「せめて100年はつづけたい」という思いから、宣言された言葉です。目先の流行やトレンドに左右されるのではなく、遠く未来を見据えて動く、そんな言葉だと受け止めました。
皆川さんのミナ ペルホネンのデザインのスタイルは、手作業によっててまひまかけて、素材から作っていくそうです。トレンドに左右されずに普遍的なものを追求したい。時間を味方につけて、じっくり長く取り組んでいきたい。あさま社としても、てまひまを惜しまないことにこそ、価値があると確信して、進んでいきたいです。