自動運転のクルマが衝突事故。これって、誰の責任になるの?
クルマの自動運転化は、段階があるものの、走行や停止などの運転操作と、安全運転の監視や対応を運転者に代わってシステムが制御する仕組み。
となると、自動運転中にもし事故が起きたら損害賠償責任は誰になるのか、気になりますよね。
そこで今回は、クルマの自動運転の進化を見据えて、事故原因を車両データから解析する新しい職業「CDR(クラッシュデータリトリーバル)アナリスト」の役割と仕事の内容、変化するクルマ社会のこれからについて、CDRアナリスト(専門家)を養成するCDRジャパンの藤田隆之(ふじたたかゆき)さん、CDRを事故調査に導入している、あいおいニッセイ同和損害保険グループの担当者にお話を聞いてみました。
事故発生時の車両データから原因を解析。その仕組みとは?

── まず、どのように事故原因を探るのか、仕組みを教えてください。
藤田さん:CDRアナリストが事故解析をするまでに、次の手順が行われます。
まず、事故が起こると、エアバッグECUの中に搭載されたEDR(イベントデータレコーダー)が、衝突時(記録の開始点)の約5秒前までから事故終息までの車両データを記録。
CDRアナリストは、事故車両の診断コネクタにCDRを接続してEDRのデータを取り出し、同時に、CDRに接続したパソコン内の専用ソフトウェアで解析レポートを作成。

走行速度やアクセルの踏み込み量、ブレーキのON/OFF、エンジン回転数など、事故発生時の車両データが英文のレポートに短時間で自動生成されます。
CDRアナリストは、そのレポートに記された数値などを基にデータを読み解き、これまでと同じように、車両の損傷や現場の状況などを加味して事故原因を探ります。
これまで知り得なかった、クルマの挙動や運転者の操作、自動運転になれば制御システムの操作が数値として時系列で正確にわかるので、たとえば、運転者が「衝突直前に停車した」との証言も、データを解析すれば、それが真実なのか虚偽なのか、CDRアナリストが解析すればすぐに判明。より精度の高い事故調査に大きく役立つわけです。
── 現状、国産車でEDRを搭載したクルマはありますか?
藤田さん:現時点(取材時)で、EDR搭載車でCDRを介してCDRアナリストがデータを抽出・解析できる国産車はトヨタ(レクサス含む)だけですが、国が一定水準以上の自動運転車にEDRの搭載を義務づける方針を打ち出し、法整備も検討されています。
すでに、アメリカでは、2012年から新車にEDRを搭載することが法規化され、現在アメリカで販売されている日本車は、EDRデータを抽出できるようになっているので、日本で法規化になったとしても混乱はないと思います。
CDRアナリストになるために必要なスキルは?

── 日本では、これから活躍の場が広がるCDRアナリストですが、どうすればなれるのでしょうか?
藤田さん:CDRアナリスト資格の受験条件は、次の3つがあります。
・日本損害保険協会のアジャスター(損害調査業務)2級保有者
・BOSCHのBST(ボッシュ・システム・テクニシャン)保有者
・上記資格がない場合は、BOSCHのCDRアナリスト向けBST受講者
CDRアナリストになるためには、1日8時間、5日間で計40時間の講習と試験を受ける必要がありますが、物理や自動車工学、データを読み解く読解力などのスキルが必要です。また、CDRによる事故データのレポートはすべて英語なので、英語力も大事ですね。
── 現在、日本でCDRアナリストはどの程度いますか?
藤田さん:現時点(取材時)で50名です。損保会社が1番多く、警察関係機関、自動車整備会社、事故調査会社などの方々となります。
今後は、クルマとIT、通信が融合したコネクテッドカーが身近な存在となります。すでに、クルマの異常を通信ネットワークで感知して緊急対応するサービスがありますが、さらに一歩進んで、車両データからさまざまなサービスが提供できるようになり、職域はさらに広がると思います。
また、2020年の東京オリンピックで日本を訪れる外国人が急増し、レンタカーやカーシェアリングの利用増が見込まれており、従来の車両運用環境が大きく変化していきますね。
ニーズが増えれば、フリーランスのCDRアナリストとして、さまざまな業種から受託するケースも出てくるでしょう。
── ありがとうございました。
自動運転化と事故解析の進化で、損保会社の役割が変わる?

将来有望な職業であるCDRアナリスト。では、自動運転化に向けた現在、どのような仕事をしているのか。損保会社として最多(取材時)15名のCDRアナリストが全国で活躍している、あいおいニッセイ同和損害調査のCDRアナリスト、長井努(ながいつとむ)さんと萩尾和也(はぎおかずや)さんに聞いてみました。
── CDRを事故調査に活用することで変わったことは?
長井さん:私たちの仕事は、事故と損傷面の因果関係を検証・解明することですが、たとえば、車に挟まれた多重衝突だと、前と後ろのどちらが先に衝突・損傷したのかわかりにくいことがありました。
しかし、EDRは衝突約5秒前からの走行速度、アクセルやブレーキの状況などを0.5秒〜1秒ごとに記録。CDRでそれらのデータを取り出して、数値を解析することができます。
たとえば、上図のように、CDRによるデータレポートを解析すれば、前後のどちらが先にぶつかったのかがわかりますし、それだけでなく、客観的証拠である損傷は嘘をつかないので、データと紐付けして解決に結びつけることができます。
EDRデータは確かめ算の1つ。これまでも事故調査では証拠を積み上げてきましたが、プラスαで衝突までのデータがわかることで、より真相に近づけるようになったと思います。
── 自動運転の進化で、CDRアナリストによる事故調査はどのようになっていくと思いますか?
萩尾さん:自動運転のレベル3までの事故は、運転者とクルマのシステムの責任が混在することが想定されるので、事故の原因がクルマにあるのか、運転者になるのかを判断しなくてはいけません。
ただ、レベル4からの自動運転になると、どこまで自動運転をシステムが制御していたのか、今以上のデータが必要になります。また、走行するすべてのクルマが自動運転車になるわけではないので、現在のクルマを含め、車種や年式、クルマの性能など、事故原因の究明には、さまざまな要素が関わってきます。
それをCDRアナリストが解析できないと、事故解決はあり得ないので、仕事としての醍醐味を感じています。

最後に、自動運転の進化とクルマ社会を見守る損保会社の役割について、あいおいニッセイ同和損害保険の沓掛明恵(くつかけあきえ)さんに聞きました。
── 自動運転が進化すると、人為的ミスが減り、交通事故が減少するとお考えでしょうか?
沓掛さん:内閣府の「平成29年交通安全白書」によると、死亡事故の97%は運転者の違反によるものです。自動運転の進化で運転タスクが自動運転システムへ移行することにより、人為的ミスによる交通事故は徐々に減少していくものと考えられます。一方で、自動運転システムの誤作動やサイバー攻撃など、自動運転固有の原因による交通事故がどの程度発生するのかを注視する必要があります。
── クルマ社会が変容するなかで損保会社の役割は?
沓掛さん:社会環境の変化、クルマの所有や利用に関する価値観が多様化し、カーシェア、ライドシェアなど、多様なシェアリング形態が隆起しています。
シェアリングを利用する消費者やシェアリングをマッチングする事業者のニーズ、先進技術の進展を注視しながら、柔軟に保険商品を開発・提供する必要があると考えています。
移動手段としてのクルマの利用は、自動運転化の進展により、所有から用途に応じてクルマを選んでシェアするなど、私たちのライフスタイルを変えるかもしれません。一方で、EDR/CDRによる事故データ解析により、運転中や乗車中に事故が起きたときの対処も大きく変わることを認識しておくべきだと思いました。
国のロードマップでは、2025年を目処に高速道路での完全自動運転化を掲げています。では、10年後にはどのようなクルマ社会になっているのか? 楽しみですね。
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取材協力:CDRジャパン、あいおいニッセイ同和損害保険、あいおいニッセイ同和損害調査
Photo: あいおいニッセイ同和損害保険 , 香川博人
Image: BOSCH/ Zapp2Photo , kokandr/shutterstock