食べるスープの専門店Soup Stock Tokyoなどを手がけるスマイルズ代表取締役社長の遠山正道さん。アートへの造詣が深く、Soup Stock Tokyoをはじめ、現代のセレクトリサイクルショップPASS THE BATONなど、手がけるビジネスもアート作品のようにとらえています。
遠山さんが新しい“作品”としてスタートしたのが「The Chain Museum」。世界に100の小さな美術館を作るという、その試みはどんなものなのでしょうか。
遠山さんにとってのアートや、ビジネスとアートの関係性などと併せて伺いました。

遠山正道(とおやま・まさみち)さん
1962年東京都生まれ。慶應義塾大学卒業後、85年三菱商事入社。2000年株式会社スマイルズを設立、代表取締役社長に就任。現在、「Soup Stock Tokyo」のほか、「giraffe」、「PASS THE BATON」「100本のスプーン」「刷毛じょうゆ 海苔弁山登り」などを展開。「生活価値の拡充」を企業理念に掲げ、既成概念や業界の枠にとらわれず、現代の新しい生活の在り方を提案している。
アートの原体験は幼少のころ
遠山さんが生まれる前まで、家族はニューヨークで暮らしていました。遠山さんが生まれてから移り住んだ東京の自宅は、父親が好きなミッドセンチュリーやモダニズムそのものだったのだとか。

遠山さんは、インテリア雑誌に何ページにもわたり紹介されるほどの洗練された部屋で、芸術に触れながら幼少期を過ごしました。
「特に意識しなくても周りにアートがありました。そんな中で最初に意識したのは、パリの美術館でモネの『日傘をさす女』を見たとき。女性が風を受けている様子に感動したのを覚えています。また、岡鹿之助の古城が描かれた画集が好きでよく眺めていて、なかなかに渋い少年時代かと。さらに、タイルに描かれた絵本のようなかわいらしい絵が部屋に飾ってあり、それはのちに私が作品を作るときにインスピレーションをくれたものです」

遠山さんのインタビューや書籍では何度も話題に上っているそのタイル絵は、横に2mほどもある大きなものだったそう。
アートに関心の強かった遠山さんは、中学生の頃「美術の授業では、墨絵のようなものばかり描いていた」といいます。水色の空や赤い太陽といったステレオタイプな表現が苦手なだけでなく、色を使って満足のいく作品ができないことがもどかしく、白と黒だけで表現をしていたのです。

時代の大変革期を体感できるのがアートの醍醐味
今の遠山さんにとって、アートとはどのような存在なのでしょうか。遠山さんが生まれた1960年代は、1940年代後半からアメリカで起こった抽象表現主義が台頭し、アートの中心がパリからニューヨークに移った時代の大きな変革期。
「当時はわからなかったけれど、今では、時代の変わり目に自分が生まれたんだと感じています。時代が大きく変化するとき、主役はアート」

自ら初めて購入したアート作品は、25年ほど前、今の自宅に住み始めたときに手に入れたもの。パリで活躍した日本人画家、菅井 汲の版画作品でした。その菅井 汲は、遠山さんが生まれた1962年以降、作風を大きく変えているのです。抽象表現主義に通ずる幾何学的な作風は、時代の変化を象徴するものでした。
「最近また、菅井 汲の作品をオークションで購入したんです。『思い出の作家だから』と妻を説得してね(笑)。25年前に購入したのは、彼が作風を変えた『後』の作品で、今回購入したのはまだ筆跡を残した変える『前』のもの。ダイナミックに変わりゆく時代を、日本人作家がそのフィルターを通して見せてくれているように感じるんです」
日本人作家の作品を通じて、時代のダイナミズムを感じる。それは遠山さんにとって、戻れはしない過去の歴史に近づき、触れることでもあるのだろう。
現代という変革期に、チャレンジする入場券を与えてくれる

時代の変化を感じとれるものを身近に置くことで、それを自分に重ね合わせているという遠山さん。今の時代も、インターネットを中心とした激しい変革の時。遠山さんは、アートから勇気とともに「時代にチャレンジする入場券」をもらっているように感じているそう。
「アートは、きっかけだと思っています。私はよく『見えないトリガー』と呼んでいる。この世界で、見えているもの、言語化できているものは1割くらい。見えていない9割に、たくさんの可能性や価値が浮遊しているんじゃないかと考えているんです。今のビジネスで多くの人は、わかっている1割の中で勝負している。ところが、新しいビジネスでは9割に踏み出していくことが必要。答えのないアートは、今までなかったようなものの見方を教えてくれるから、見えない9割に向かうトリガーになるんだと思っています」

「アートはビジネスではないけれど、ビジネスはアートに似ている」という遠山さん。新しいビジネスを始めるときには「こんな感じ」という、見えない9割にアクセスしながら雲をつかむようなフェーズがあります。
もちろん、ひとりでは進められないため、「こんな感じ」を何とか言葉にして、仲間と共有したり、資金を集めたりしなくてはならないのです。ただしそれも、アーティストが見えないものを具現化していく過程に似ているのかもしれません。
そのためには、「自分ごと」にして、自分の内側に理由を持っていることが大切。「こうすれば売れる」「顧客にはこれが人気」といった外側の理由は常にうつろいゆくものだから、自分の中に確固とした理由を持って行動していかなくてはなりません。

大きく、新たなチャレンジ「The Chain Museum」
遠山さんが代表を務めるスマイルズでは、5年前から芸術祭に作品を出展しています。企業として芸術作品をつくるのは異例のこと。
「企業がやるからには、利益を出さなくてはならないと思っています。1作目は持ち出しになってしまったのですが、最も新しい『檸檬ホテル』は利益が出ている。スマイルズという作家のコンテキスト(文脈)は、『ビジネス』だと思っています。だから、アートとビジネスを掛け合わせることにしたんです」
その結果、生まれたのが「The Chain Museum」のコンセプトでした。
「スマイルズが運営する『Soup Stock Tokyo』はチェーン店。一点物が基本のアートとは基本的に相容れないはずなので、組み合わせるとむしろ面白い。だから、ミュージアムのチェーン店を作ることにしたのです。『The Chaim Museum』という名前は、チェーン店に加えて、アーティストと作品、鑑賞者を結ぶチェーンの意味も込めています」

それを「アートの民主化」と遠山さんは言います。世界最大級のアートフェア「アート・バーゼル」へ行った際、億を超える作品ばかりが並び、投機目的で購入する人々を見て、疑問を感じたからでした。
ただし、美術館の小型版を作っても意味がないと考えているそう。世界各国に「ユニーク」なミュージアムを作っていくのです。

例えば、純金でできた雑草の形の小さなアート作品をあるエリアのいたるところに忍ばせます。そのままでは気づかず素通りしてしまう作品ですが、スマホアプリでチェックインすると場所がわかり、鑑賞者が認識できるようになります。風力発電の風車の上にもあるその作品は、普段は見ることができないため想像するしかありません。
それは、目を凝らさないと見えないアート。そんな新しい体験をさせてくれるミュージアムを、いくつも企画中なのです。
見えないはずの9割の世界を見つめているようなまなざし。遠山さんの新しいチャレンジは始まったばかりなのです。
気になる質問にも答えてもらいました
Q. 実践している”ライフハック”があればお教えください。
雑誌のコラムの原稿を、音声認識で作成しています。文字数はわりとぴったりになりますね。そのまま送って、編集部に直してもらったり、あえて直さずに原稿にしてみたりしています。移動中でも入力できるので助かります。まだ固有名詞などは間違えることも多いので、今は過渡期なんでしょうね。
Q. 10年後にどんな暮らし方・働き方をしていると思いますか?
今と変わらないんじゃないでしょうか。最近スタートした「The Chain Museum」をやっていると思います。グローバルで広がっていくものにしていきたいので、そこで奔走しているのではないでしょうか。
遠山さんが進めるプロジェクト「The Chain Museum」にSAMURAIのクリエイティブディレクター・佐藤可士和さんがジョイン。そのきっかけとなったのが、遠山さんとSAMURAIのマネージャー・佐藤悦子さんが、2018年2月に開催されたイベント「MASHING UP」で対談したことでした。
その「MASHING UP」の第2回が2018年11月29日と30日にトランクホテルで行われます。
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Photo: 柳原久子
Source: The Chain Museum