今のビジネスパーソンはみな多忙です。特にこの時期、年末は仕事で自分を追い込み、正月は普段と違う生活リズムや食生活で逆に疲れてしまうというのもよく聞く話です。
「睡眠負債」という言葉がありますが、もっと広い意味でいえば、「疲れ」そのものが自分の体の負債といえるのではないでしょうか。
ためればためるほど利息がついて体の状態はより悪化し、栄養ドリンクでごまかして自転車操業。気づけばどうしようもないほど悪化してしまって手のほどこしようがなくなってしまっている…。
そんなことにならないよう、本特集では、疲労という負債をためこまないマネジメント術についてご紹介します。
第1回は、疲労と睡眠に関する第一人者である、東京疲労・睡眠クリニックの梶本修身院長に、疲労の正体から、日々たまっていく疲労を軽減し、回復させる方法について聞きました。今回は前編です。
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梶本修身(かじもと・おさみ)

東京疲労・睡眠クリニック院長。医学博士。大阪大学大学院医学研究科修了。2003年より産官学連携「疲労定量化及び抗疲労食薬開発プロジェクト」統括責任者。大阪市立大学大学院医学研究科疲労医学講座特任教授(~2020年3月)。ニンテンドーDS『アタマスキャン』をプログラムし、「脳年齢」ブームを起こす。『間違いだらけの疲労の常識 だから、あなたは疲れている!』(永岡書店)、『すべての疲労は脳が原因』シリーズ(集英社新書)など、著書多数。
今年は特に疲労が蓄積しやすい年末年始になる
昨年末と違い、コロナ禍の自粛から解放されつつある今年の年末。
「この1年、会えなかった友人に会いたい」「新入社員と話す機会もなかったから、せっかくなら忘年会をやろう」
個人でも企業でも、そんな会食の機会が増えると予想されます。
テレワークを縮小し、出勤を増やす会社も出てきました。出勤すれば、通勤時間がかかるだけでなく、テレワークでは発生しないこまごまとした仕事を頼まれたり、「久しぶりだからランチでも行こう」と上司や同僚と昼食を食べたりすることもあるかもしれません。
つまり、この12月は通勤、仕事中、アフター5などのいろいろな場面で、疲れが出るような原因が急に出現した状態なのです。
コロナ禍でテレワークになる以前であれば、それが日常だったので体も慣れていたわけですが、テレワークに慣れてしまった今、急に出社スタイルに戻ることによって疲れが出やすくなっているのです。
「慣れれば手を抜いていい部分がわかるようになりますが、慣れていなければそれがわからず、その結果、疲れが蓄積していきます」と、梶本先生は警鐘を鳴らします。
今は、コロナ禍からの解放感があるため、それほど疲労は感じないかもしれません。でも、疲労感を感じなくても疲労は蓄積していくので、さまざまな健康リスクが生じる可能性があります。
疲労しているのは体ではなく「脳」

そもそも、「疲労」とは、いったい何でしょうか。私たちが「疲れた」と感じるとき、だるい、重いなど、体に異変を感じます。ところが、梶本先生は「疲れているのは体ではありません」と断言します。
すべての疲れの原因は「脳」にあります。そして、脳の神経細胞が活発に活動した際に発生する活性酸素が疲労の根本的な原因なのです。
呼吸をして酸素を取り入れているだけでも活性酸素は常に発生しますが、仕事や運動などをするとさらに酸素の消費量が増え、同時に活性酸素が大量に発生します。
疲労は、この活性酸素が発生することで起こる有害な“酸化ストレス”にさらされて、細胞が本来の機能を果たせなくなることで起こります。
いわば、細胞にサビがつくような状態。この酸化ストレスががもっとも激しく起こっているのが脳にある「自律神経」なのです。
たとえば、運動をすると体を動かすため「体が疲れた」と感じます。
しかし実際は、酸素需要の増大に応じて心拍数を上げ、呼吸を速くし、体温上昇を抑えるため発汗を促すのは、脳の中にある自律神経なのだそうです。
自律神経は、心臓や血管など循環器や消化器、呼吸器、そして発汗を制御する「すべての器官の司令塔」。
運動時、酸素需要が増大に応じて心拍数や血圧を上げる必要が生じますが、一方でむやみに心拍や血圧を上げると心筋梗塞や脳卒中を起こしかねません。そのバランスを秒以下の単位で制御し続けているのが自律神経です。
自律神経は、1分たりとも休めば「死」に至ります。24時間働き続けているのが自律神経なのです。
運動をすると、自律神経が活発に働くため、自律神経の神経細胞で活性酸素が発生し酸化ストレスにさらされ、神経細胞が錆びた状態になります。その結果、本来の自律神経の働きができなくなってしまいます。
運動ではなくても、仕事などで何かに集中すると同じ神経回路ばかり使うことになり、脳に疲労がたまります。これが、いわゆる「疲労」の正体なのです。
梶本先生は、「疲労」と「疲労感」もまた違うと話します。
自律神経が本来の機能を維持できなくなると、“疲れた”というシグナルが脳の中央部にある“自律神経中枢”から大脳の前頭葉下部にある“眼窩前頭野”というところに送られて、そこで「疲労感」を自覚します。
つまり、実際には自律神経中枢が疲れているのですが、眼窩前頭野で「体が疲れた」と感じさせて、これ以上、体を動かして自律神経を酷使しないよう、防御的にアラームを出しているのです。
疲労の回復力は加齢によって低下していく
それでは、疲労をそのまま放ってためていくと、体にどんなことが起きるのでしょうか。自律神経には、「交感神経」と「副交感神経」という2つの系統があります。
交感神経には心拍数や呼吸数、血圧、体温などを上げて体を活動的にする働きが、副交感神経には心拍数や呼吸数、血圧、体温などを下げて体を休ませる働きがあり、緊張時には交感神経、リラックスしている時には副交感神経にスイッチが入って働きます。
しかし、自律神経が疲れて本来の働きができなくなると、頭痛がしたり、めまいを起こしたり、ふらふらしたり、血圧が高くなったりといった症状が現れます。
症状が出ているにもかかわらず、このぐらいなら大丈夫と放っておくと、やがて自律神経の疲労がピークに達します。体を調節する機能がうまく働かなくなって、生活習慣病のリスクが高くなり、心筋梗塞や脳出血などの重大な事態も招きかねません。
また、メンタル面での不調にもつながり、うつ病や睡眠障害などのリスクも上がります。
「これまでは疲れをためこんでもなんとかなったし、まだ大丈夫だろう」と、疲れに対して若いころと同じように対処しようとするのは非常に危険です。
梶本先生によると、自律神経のパワー、つまり疲労からの回復力は20歳のころを100%とすると、30歳では70%、40歳では50%、50歳では33%、60歳では25%と、加齢に従ってどんどん下がっていくといいます。
自律神経そのものの働きをV字回復させることはできません。また筋肉のようにトレーニングによって鍛えることもできません。
人によって下がり方は違いますが、自律神経のパワーは年齢とともに必ず右肩下がりになっていきます。
細胞にサビが付く疲れは一過性のものですが、自律神経の働きが弱まり、サビが積み重なって取れなくなると、「老化」につながります。
梶本先生は、日焼けを例にしてこのように説明します。
紫外線を浴びると、皮膚の内部にダメージを受けて、皮膚表面が赤くなり、やがて黒くなります。たまに日焼けするだけなら、そのうちに回復して皮膚が元の状態に戻りますが、この回復力も若い時のほうが高く、だんだん低下していきます。
しかし、毎日日焼け止めを使わずに日光を浴び続けるなど、ダメージが回復しないうちにまた紫外線を受けていると、皮膚が回復できなくなり、深いしわが刻まれたり、シミができたりします。
これと同じことが脳でも起こるのです。脳の細胞のほとんどは細胞分裂で新たに生まれ変わることがないため、回復できないまま疲労が蓄積していくと老化するだけでなく、やがて認知機能が低下してしまうのです。
疲労をそのままにしていると、サビとなって細胞にこびりつき、老化につながり、認知機能まで低下していってしまう…。疲労という負債をため込むことは、単に病気などのリスクを招くだけではないのです。
日中は、疲れを「軽減」はできても「回復」はできない

これを避けるには、どうすればいいのでしょうか。
何らかの活動を行なっている日中は、常に活性酸素が発生しているため、疲れを軽減させることはできても、疲れを回復させることはできません。
疲れを回復させるには、活動が低下し活性酸素の発生が少ない「睡眠」だけが唯一の回復手段となります。しかし、「ただ眠ればいいというわけではありません」と梶本先生。
日中の疲れが大きい場合、いくら睡眠をとっても、回復が間に合わないことがあります。そのため、日中に疲れを軽減しておくことも必要です。
また、睡眠はとればいいものではなく、その質も問われます。睡眠の質が悪ければ、わずかな疲れでも回復することはできません。
つまり、日中の疲労を最小限にとどめつつ、夜は質の高い睡眠をとってしっかりと回復する。その日の疲れはその日のうちに落とす、が基本となるということです。
疲労と睡眠、この両輪のバランスをうまくとっていくことが、疲労マネジメントを考えるうえで非常に重要になってきます。
後編では、日中の疲れを軽減する方法や、質の良い睡眠のとり方について、具体的に教えてもらいます。
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