今年掲載した特集記事の中から、特に人気が高かったものをダイジェスト版としてお届けします。
「時間」――それは人生において最も重要な資産ではないでしょうか。
自分が望む働き方や人生を実現するためには、限られた時間(1日24時間=1440分)を何に分配、投資していくのか、戦略的な視点が欠かせません。この「1440分の投資戦略 やめるに勝る時短なし」特集では、単なる時短術にとどまらない「時間投資ストラテジー」を紹介していきます。
第3回では、部下に仕事を任せるメリットや任せ方のコツについて、『任せる技術』(日本経済新聞出版)など多くの著作で知られる人材育成のプロ 小倉広さんに話を伺います。
「仕事が多すぎる、このままでは自分が潰れる」。マネージャーやプロジェクトリーダーとして働く人の多くは、こうした危機感を常に感じているのではないでしょうか。
もっと後輩や部下に仕事を任せたいのに、さまざまな理由で“任せられない”──これでは部下の育成につながらず、自分自身も時間に追われて1段階上の仕事にレベルアップできない、負のループにはまってしまいます。
しかし長期的な視点で見れば、任せることは時間への投資につながっているのです。つまり、こうした悩みを解決する答えはたったひとつ、“任せる”技術を学ぶことです。
小倉広(おぐら・ひろし)

株式会社小倉広事務所 代表取締役、一般社団法人人間塾 代表理事、一般社団法人日本コンセンサスビルディング協会 代表理事。青山学院大学卒業後、新卒でリクルートに入社し、組織人事コンサルティング室課長など主に企画畑で12年過ごす。その後、現東証一部上場のソースネクスト常務取締役、コンサルティング会社代表取締役などを経て現職。著書に『任せる技術』『任せるリーダーが実践している 1on1の技術』(いずれも日本経済新聞出版)『アドラーに学ぶ部下育成の心理学』(日経BP)など44冊があり、著作販売累計100万部超。アドラー心理学と企業経営を熟知した数少ない専門家として、大手上場企業を中心に数多くの企業にて講演、研修を行っている。
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「任せられない社長」が変わった理由
組織人事コンサルタント、アドラー派の心理カウンセラーであり、アドラー心理学を基盤とする部下育成のメソッドが経営者の信頼を集める小倉広さん。
自身が“自分でやる”から“任せる”へと舵を切ったのは、コンサルティング会社の社長をしていたときの経験がきっかけだったと語ります。
クライアントの会議に同行してほしい、準備はすべて自分がやるからと部下に頼まれたことがありました。前日に進捗を確認したら「完璧です」と自信満々。ところが別件でトラブルが起きて同行できなくなったと伝えたら、急にあたふたとし始めたんです。
準備万端と言っていたのに、おかしいでしょう。どうしたのかと聞くと「小倉さんが一緒に行かないなら準備をやり直しです」と言う。
つまり、隣に僕がいればお客さんから鋭い突っ込みが来ても対応してくれるから、80%の準備でいい。来ないなら、自分1人で対応できるように120%の準備が必要だ、ということだったんです。
じつは当時、部下が心配で、重要な案件にはほとんど同席していたという小倉さん。これでは部下は安心し、自分に依存してしまう。結果的に自分が部下の成長を邪魔していることに気付いたといいます。
人は1人でやるときにだけ、真剣に責任をもって取り組む。それが仕事の喜びであり成長につながります。
そう悟った僕は「もう同行はしない。それで品質や売上げが下がるなら、それが本来の会社の実力だ」と宣言し、あえて“突き放す”ことも含めて“任せる”ようになりました。
すると驚いたことに、部下たちの雰囲気が一変。“任される”ことのプレッシャーや責任感から、成長スピードが加速していったのです。
「できるようになってから任せる」のは間違い

部下に仕事を任せられない人には、過去の自分と同じく「できるようになってから任せる」という間違ったパラダイム(世界観)があると小倉さん。
それはダメ。確率半々、できなくはないけど失敗するかも……というくらいで、「よし合格! ひとりでやってごらん」と突き放すくらいでちょうどいいと思います。
そうすると半分くらいの確率で失敗しますが、人は失敗すると成長が倍くらいの速度で早くなる。つまり失敗しないとうまくならないんです。
仕事も自転車と同じで、最初からスムーズに乗れる人はいないと小倉さん。転ぶと痛い、だから乗れるようになるのであって、「1回でも転んではだめだ」と言われたら永遠に乗れません。
できるようになってから任せるのではなく、任せるからできるようになる。「転んで痛い目にあったら成長するから、どんどん転べ」。上司がそう言える器、度量を持てるかどうかです。
“任せられない上司”に見えていない景色とは
小倉さんいわく、“任せられない上司”には特徴があります。それは「未来を見ていない」ということです。
結局、物事の判断基準というのは全て天秤です。部下に“任せる”ときに上司が天秤にかけるのは、目先の失敗と2年後の失敗。どちらが大事か考えてみてください。
目先の失敗とは、クライアントに叱られる、スケジュールが遅れるといった、部下に任せることで生じるトラブル。
いっぽう2年後の失敗とは、2年後も人が育っておらず、上司自らが走り回っている組織です。
2年後の失敗が見えていない上司は、目先の失敗に引っ張られ、部下の小さなミスを突くような指摘をしがち。いわゆるマイクロマネジメントです。
しかし会社や経営者にとっては、2年後、3年後に人が育つことのほうがはるかに重要。それを理解していれば、部下から失敗を奪い、成長の邪魔をすることがどれほどマイナスかわかるはず。
部下に“任せる”器を持つということは、目先の痛みに耐えるだけでなく、未来を見る力を持つということ。さらに言えば、未来の恐怖を見据える力を持つことだと小倉さんは話します。
このまま自分が走り回っていたら、2年後にこの部署は、この会社は潰れる。自分はここからレベルアップできない。それをどれだけ、寒気がするほどの恐怖感をもって感じられるかどうかが、“任せる”か“任せない”かの境目となります。
これは言葉を変えれば、経営者視点を持つということ。経営者視点がないと、本質的に人に“任せる”ことは難しいと思います。
「自分でやった方が早い病」を克服せよ
講演や研修で“任せる”技術を教えると、「頭ではわかっています。でも忙しくて、教えているヒマがないんです」と必ず言われてしまうと小倉さん。
しかし、上の立場に行けば余裕ができるというほど今の世の中は甘くありません。仕事ができる人は、上に行くほど忙しくなる。一番ヒマなのは今なんです。
“任せる”を習得するのは難しく、スキルやテクニックがないとそこから逃げてしまいます。
僕は「自分がやった方が早い病」と呼んでいますが、人を動かすのってすごくイライラするんですよ。僕も含めてこの病気はほとんどの人がかかるもので、痛い目にあわないと抜け出せません。
小倉さん自身は「もう会社を倒産させようか」と思い悩むところまでいったそうですが、中間管理職に多いのは業務が回らなくなり、パンクしてしまうこと。過労や病気で倒れてしまう人も多いといいます。
僕は賢くなかったので最悪の事態になりましたが(笑)、きっと今、“任せる”ことの重要性に気づいているのはすごく優秀な人。
任せ下手が“任せ上手”になるためにはポイントがあるので、それをぜひ身につけてほしいと思います。
「作業」ではなく「責任」を任せる

経営者視点を持ち、「今“任せられる”部下を育てないと、自分も会社も潰れる」という危機感を持たなければ、“任せる”は習得できないと小倉さん。とはいえ、ただ“任せる”だけでは部下は変わりません。
管理職がやりがちな間違いは、「責任」を負わせずに「作業」だけを任せることです。
心技体でいうと、作業を任せても技しか伸びない。“任せる”と、仕事でもっとも大切な心、つまりAttitude(姿勢・意欲)が成長します。
“任せる”と育つのは、プロ意識、責任感、自発性。つまりは「責任を取る力」であり、これがあるかが一流と二流の境目になると小倉さんは話します。
“任せる”と組織はどう変わる?
上司が“任せる”と、部下の「責任を取る力」が成長する。すると、組織はどう変わるのでしょうか。
Responsibility(責任)とは、Response(応答、対処)とBility(可能性)が合わさった言葉。「責任を取る」とは会社を辞めることではなく、「私が~に対処する」、局面を打開するということなのです。
1人ひとりがこれをできる組織は強い。「あいつに任せればなんとかなる」というのは、仕事において最高の褒め言葉だと思います。
上司が「責任」を負ったままでは、部下をここまで育てることはできません。成長を促すのは「作業」ではなく「責任」。
だからといってあまりにも重い「責任」を与えては、部下は折れてしまう──この見極めは難しく、上司が失敗することも珍しくありません。
成長させるためにはギリギリ耐えられるくらいの責任を与えることが必要ですが、「これくらいならいけるだろう」思っても、他人のことだから予想が外れることもある。
だから、上司が部下の失敗を奪ってはならないように、上司も失敗すればいいと僕は思います。ただし、“任せる”と“放ったらかし”を勘違いしてはいけません。
組織人事コンサルタントの小倉広さんに学ぶ“任せる”仕事術。
後編では任せ方のポイント、“任せてはいけない”部下の見極め方やリモートワーク時の注意点など、より実践的なテクニックを伺っていきます。
▼後編はこちら
──2021年6月23日の記事を再編集のうえ、再掲しています。