わたしは、たくさんの人からこんな質問を受けます。
どうしてAmazonはあんなにも成功しているのですか?
数年前のこと。ビル・ゲイツが主催する年1回のCEOサミットに出席していたヨーロッパの某大手保険会社のCEOから、同社の取締役である私の友人を介して連絡がありました。
私と会って話がしたいというのです。後日、実際に会って話をしたとき、彼はこう尋ねてきました。
「Amazonの成功の秘密は、いったい何でしょう?」
そう訊かれた私は、いつもと同じように、こう答えます。
「Amazonが秘密にしている経営理念なんて、ありませんよ」
理念を実践できていない企業がほとんど
ジェフ・ベゾスは、「全員参加」の会議で、Amazonの経営理念をいつも語っています。ネット視聴できる記者会見でも語っていますし。あらゆるプレスリリースの末尾にも書き記しています。
ただし肝心なのは、その経営理念に常に従って実際に行動することだと、私は言いました。それを実践する気がない、あるいは実践できない企業がほとんどなのだと。
何より大切なのは、「カスタマー・オブセッション」(顧客に全力を尽くす姿勢)の理念です。ジェフの言葉を借りれば、ライバルのことばかり見て、顧客を見ていない企業が多すぎるのですよ。
ジェフは最近も、米連邦議会の委員会に出席したときに、こんなふうに語っていました。
「顧客というものは常に、素晴らしいほどに不満を抱えています。そんな顧客を喜ばせたいという強い思いが、顧客のために創造し続けることへとAmazonを駆り立てているのです」
私はジェフが、Amazonの収益にとってはマイナスになっても、顧客のためになる決断を下すところを何度も見てきました。
彼自身も言っていますが、高い値段や遅い配送を望む顧客など、いるはずがありません。もちろん長期的には、こうした決断が収益の増加につながるのです。
Amazonの理念
1つ目の理念は、「絶え間ないインベンション(創造)とイノベーション(革新)」です。先ほども触れましたが、創造は、顧客満足と密接に関係しています。絶えず技術を創造して導入し、問題を解決し、新たなビジネスを築くのです。
顧客満足とイノベーションは、意思決定における強力な試金石。
「顧客にとってベストな決断は何か?」「解決策を自分たちで創造する手立てはあるか?」と自分たちに問いかければ、意思決定のプロセスはずっと簡単になります。
2つ目の理念は、「優れたオペレーション(operational excellence)」です。Amazonが業務のオペレーションにもたらしたイノベーションの例をいくつか挙げてみましょう。
「ツー・ピザ・チーム(two-pizza teams:ピザが2枚で足りるくらい小さな、通常は5~10人のチーム)」や「1クリック・ショッピング」、「アップレベル・ハイヤリング(ワークグループ外の従業員も、求職者全員に面接して、その採用に反対できる権限が与えられること)」。
そして、これから紹介する「シングルスレッド・リーダー」「ワーキング・バックワード」があります。
プレスリリースを書いてから事業を始める
ワーキング・バックワードとは、新しいプロジェクトを開始するとき、まずは、そのサービスや製品を世界に向けて発表する際のプレスリリースを書くことから始めるという、Amazon独自の社内プロセスです。
ほとんどの企業では、プレスリリースは、製品ローンチの最後のステップに当たります。プロダクトチームやテクノロジーチームが新製品を開発したあとに、PRチームがプレスリリースを作成するわけです。
しかし、プレスリリースの作成を最初に行うことで、チームは、「新製品が顧客にもたらすメリット」にフォーカスせざるを得なくなります。結果として、それらのメリットを実現できる製品やサービスを開発することにつながるのです。
プレスリリースの草稿にはFAQの項目もあり、顧客やメディアがぶつけてきそうな質問(価格など)への回答や、克服しなければならない技術的課題についての説明が記されます。
長期的に考える
3つ目の理念は、新しいビジネスを立ち上げるときも、最新技術に投資するときも、「長期的に考えること」です。
例えば、各社が機械学習や人工知能(AI)の可能性に気づき始めたばかりだった頃のこと。
ジェフは取締役たちに、Amazonのあらゆる事業にAIを導入するつもりだと宣言し、実際にAIの専門家を雇い、AmazonのエンジニアにAIの教育を施しました。
そしてAmazonは、開発したAIツールを、顧客がAmazon Web Services(AWS)で利用できるように。たとえAmazonと競合するビジネスであっても、顧客はそれを自社ビジネスに利用することができるのです。
リーダーに求めるものとは?
またAmazonには、「リーダーシップ・プリンシプル」という14項目からなる「リーダーの信条」があり、その中には驚くようなものもあります。
たとえば、「Are Right, A Lot(多くの場合、リーダーは正しい判断を下す)」です。
それだけ聞くと自信過剰のような信条ですが、リーダーは人の意見によく耳を傾け、異なる根拠に基づいて考えを変える(「自らの考えを反証する」)こともいとわないという説明まで読めば、また違った意味合いを帯びてきます。
「Have backbone, disagree and commit(リーダーは信念を持ち、異議を唱え、コミットする)」も、説得力に満ちた信条です。
リーダー1人に権限を与える
Amazonのオペレーションにおいて、もっとも重要な理念、プロセスは何?
この問いに私はいつも頭を悩ませるのですが、あえてひとつ選ぶとするなら、「シングルスレッド・リーダー」になるでしょうか。特に新たな取り組みを立ち上げる際に重要な考え方ですが、それだけでなく、エンジニアリングなどの問題の解決にも応用できます。
シングルスレッド・リーダーの一例が、ジェフが2004年、書籍や音楽、動画を扱うAmazonのデジタルメディア事業の責任者に、Steve Kessel氏を任命したことです。
同事業はのちに、KindleやAmazon Fire、Fire TVといった機器の開発や、動画と書籍コンテンツの制作も手がけることになりました。
ジェフとしては、デジタル商品の取り扱いを、Amazonのフィジカルな書籍や音楽CD、ビデオソフトの販売を担当していた既存の部門(当時は、これらがAmazonの売り上げの80%を占めていました)に任せることもできたはずです。
ところがジェフは、デジタルメディア専任で取り組むリーダー1人に権限を与えたほうが、より迅速に事業を構築できることがわかっていました。
リーダーがフィジカルな商品事業も兼任する場合と違って、集中力を欠いたり、妥協したりといったことがないからです。
このパターンは、AWSのローンチに際して、その責任者にAndy Jassy氏が任命されたときにも踏襲されました。
Amazon流の意思決定プロセス
ジェフは、自身の意思決定のプロセスについてもオープンにしています。
よく知られているのが、意思決定を「ワンウェイドア」と「ツーウェイドア」に分けるというやり方です。ワンウェイドアの場合、そこを通ると一方向にしか進めません。
決定を覆して後戻りすることはできないのです。
これに該当するのが、自社の売却や退職です(実際には、カムバックを果たすケースもありますが)。Primeの年会費で配送無料サービスを提供するという決定は、おそらくワンウェイドアだったでしょう。
対するツーウェイドアは、あとで決定を覆すか、少なくとも中止することができて、そうしたとしてもあまりひどい結果を招かない決定です。
自社製スマートフォンの開発はワンウェイドアと思われていたかもしれませんが、実際には取りやめになり、AmazonはEchoの開発へ移りました。
ワンウェイドアの意思決定には慎重な検討が要求されるのに対し、ツーウェイドアの意思決定は迅速に下せます。間違ってもかまいません。スタートアップ世界のベンチャーキャピタリストたちが考えているように、Amazonでも、失敗は学びの機会なのです。
「僕らは失敗のエキスパートなんだ。失敗をさんざん繰り返してきたからね」とは、ジェフの口癖ですね。
自信が70%に達したら動く
ベンチャーの世界では、会社が失敗しても汚点にはなりません。そこから学べば、また別の会社を興し、資金を得ることができるのです。
ただし、失敗の理由に、リーダーシップに関する、より深刻な問題が表れている場合ももちろんあります。
ジェフはスピードを大切にするので、必要な情報や自信が70%に達したら、あとで軌道修正しながら前へ進む。「成功の確信が持てるまで待つ」ようなことはしませんよ。
また彼は、スティーブ・ジョブズ氏と同じように、これまで存在しなかった新製品や新機能について、市場調査で顧客の需要を探ることにも価値を見出していません。
市場調査を行ったとしても、「79ドルのPrimeメンバーシップ」や「499ドルのスマホ」が、顧客のほしいものリストの上位にあがることはなかったでしょう。
「デイ・ワン(1日目)」の精神
これは、Amazonの正式なリストには入っていないのですが、おそらくジェフがいちばん大切にしている理念は、未来に対する不変の楽観主義と、自分たちはまだスタートしたばかりなんだという「デイ・ワン(1日目)」の精神でしょう。
スタッフとのミーティングではこの理念が、彼のトレードマークとなっている笑い声と同じぐらい、その場にいる人たちに伝染していきます。
ジェフはよく笑う人で、その笑いは心からのものなのですが、彼は無意識のうちにそれを使って、何か驚くような洞察を示したり、緊張の一瞬を和らげたりすることがよくありますよ。
取締役会議などの社内会議の場で問題を話し合うとき、ジェフはためらうことなく、その優れた知性や強い立場を利用して議論を支配します。
しかしその一方で、何か新しいアイデアを得ようと人の話によく耳を傾けることも忘れません。
ベゾス流の取締役会のやり方
私がAmazonの筆頭取締役を務めていたころ、取締役会議に何を求めているのかをジェフに尋ねたことがあります。返ってきた答えは、「どの取締役会議でも、そこから優れた新しいアイデアがひとつでも得られれば、それは成功だよ」。
私はそれを、ずいぶんとハードルの低い、屈辱的な答えだと思いました。
それに、Amazonの取締役会議で行われる活発な意見交換を無視しているようにも思えました。そこではいつも、マネジメントレポートが報告されるだけでなく、取締役による旺盛な質問や意見、提案が飛び交っているのです。
しかしジェフは、取締役の誰かの指摘にも、遠慮なく異議を唱えます。時折その言葉には、強い不満や懸念を示す辛辣ささえ感じられます。
Amazonの取締役会議は、いつもだいたい2~3日かけて行われ、複数の委員会と2回のディナーで構成されています。委員会は、取締役とジェフのみが出席するものと、ジェフのほかにSチーム(幹部などで構成されるシニアチーム)が加わるものがあります。
ディナーのうち1回は、Sチームの誰か1人が参加し、ジェフは参加しません。
取締役会議の中で特に有益なのが、ジェフと取締役会とで行われるプライベートセッションです。このセッションで取締役側は、自分たちの抱いている疑問を投げかける。一方、ジェフは、自身が思う重要な課題を5つ記したリストを配って、議論に臨みます。
彼が挙げる課題の多くは、長期計画や技術に関するものでした。
たとえば、「Amazonは、AIや量子コンピューティングなどの最新技術に十分な投資を行っているか」といったことです。
プライベートセッションは1時間ほど続きます。
常にデイ・ワンの精神を持ち続ける
筆者が立ち上げた企業であるMadronaでは、ジェフの「デイ・ワン」哲学を取り入れ、スタートアップをその誕生の瞬間、つまり「デイ・ワン」から支援することが私たちの目指すところだということを明確にしてきました。
ジェフはこの言葉を、もっと広い意味で使っています。
多くの人の目には、ネットもAmazonも、すでに成熟期に入っているように映っているかもしれません。
ですが、ジェフの目には、そうは映っていません。彼に言わせれば、まだ始まったばかりなのです。
私が一度そうしたように、「Amazonは『デイ・ツー』に入っているかもしれない」と言われたとしたら、ジェフはこう反論するでしょう。
「それは違う。まだ『デイ・ワン』だ」
「デイ・ワン」は、未来に対する楽観主義を言い表した、彼にとって究極のフレーズなのです。
もし自分たちがまだ「デイ・ワン」だと信じていなければ、年間10億ドルもの私財をBlue Originに投じたりはしないでしょう。
Originally published by Fast Company [原文]
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