リモートワークによる運動不足に悩む人が増えていますが、重い腰がなかなか上がらないというのが人情というもの。それなら、文字通りまずは「腰だけ」上げてみませんか?

この「『立つこと』から始める運動習慣」特集では、座りっぱなしがもたらす深刻な健康被害をお伝えするとともに、まずは「立つ」という最小単位の行動から運動習慣を始めることを提案します。もちろんそれ以降のステップアップとなる運動も含め、ぜひお試しください。

第3回は、脳について多くの著書を持つ菅原洋平さんが登場。脳の専門家である作業療法士という立場から、脳と運動の関係について語ってもらいました。私たちが思う「運動」は、効率的に脳を働かせるための「運動」とは、ちょっと違うようなのです。今回は前編です。

▼後編はこちら

「家事」が最も脳にいい? 起きて11時間後がゴールデンタイム

「家事」が最も脳にいい? 起きて11時間後がゴールデンタイム

菅原洋平(すがわら・ようへい)

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作業療法士。ユークロニア株式会社代表。1978年生まれ。国際医療福祉大学を卒業後、作業療法士免許取得。国立病院機構にて脳のリハビリテーションに従事したのち、現在は、ベスリクリニック(東京都千代田区)で睡眠外来を担当する傍ら、企業研修を全国で行なう。『頭がいい人は脳を「運動」で鍛えている』(ワニブックス)、『超 すぐやる!「仕事の処理速度」を上げる“科学的”な方法』(文響社)ほか著書多数。

「毎日3キロ走ってから出社する」「休みの日はジムで体を鍛えている」――そんな同僚の話を聞くと、すごいと感心する一方で、運動が得意ではない人なら「自分には無理だ…」などと少し複雑な思いにかられることもあるのではないでしょうか?

しかし、菅原さんは「より効率的に脳を働かせることが目的なら、必要な運動のやり方はちょっと違ってくる」と話します。

もちろん「座りっぱなしはNG」なのですが、汗をかくような激しい運動ではなく、出勤時の歩行や家での皿洗いといった日常のルーティンの中に、ちょっとした“運動のヒント”が隠されているというのです。どういうことでしょうか。

「運動」で脳の働き方は変わる

医学の分野で「運動」というと、呼吸、発声、咀嚼といった、私たちが特に意識をせずとも行なっていることも含まれます。

「運動、動作、行為、行動」という一連の流れのなかの、もっとも小さな体の動き(最小単位)が「運動」であり、「一般的にイメージされている、走ったりトレーニングしたりするような『運動』は、ここでいう最大単位である『行動』に近い」と菅原さんは解説します。

たとえば「眼球運動」を意識したことはあるでしょうか。私たちの目は、自覚していなくても中心を見たり周辺を見たりして、物体を捉えようとしています。

これは眼球の「運動」ですが、この「運動」により脳は情報の仕入れと整理を切りかえています。中心を見ているときに情報を仕入れて、周辺を見ているときに情報を整理しているのです。

「文章を読んでいても頭に入ってこない」と悩んでいる人がいるとしましょう。この悩みに対して「集中力を高めて」とか「興味の幅を広げて」といった気の持ちようをアドバイスされることがありますが、医学的にみると「運動」を変える解決策が提案できます。

例えば、「PCやスマートフォンから目を離す時間をつくる」という提案です。 PCやスマホを見ているとき、眼球は中心を見る運動をしています。このとき脳内では情報を仕入れるモードになっています。

ただ、脳は情報を仕入れるだけではなく整理もしないと無駄に容量を使ってしまうので、中心を見てばかりでは「頭に入ってこない」と感じるのです。

そこで、PCやスマホの画面から目を離すと、眼球は周辺をみる「運動」をします。ここで脳内の情報は整理され「分かった!」となります。

空き容量もできてまた新しい情報を仕入れることができる。こんな細かいことでも、脳と運動は密接にかかわっているのです。

便利な世の中が脳の運動機会を減らしている

眼球運動の例のように、PCやスマホをはじめとするデジタル化が私たちの脳の機能を低下させているのでしょうか?

菅原さんは「暮らしが便利になったことで、脳に感覚データが届けにくくなっているのは事実でしょうね」と話します。

ここでいう「感覚データ」とは、視覚や聴覚、触覚などの感覚から得た情報のこと。脳は感覚データによって多くの情報を集めます。

その情報が多彩なほど、最適な運動が導き出され、その最適な運動によってより良質な感覚データが脳に届けられる、という好循環で脳は成長していきます。

手の感触に合わせて字を調整したり、本のページのめくり方を変えながら文章の理解を深めたり、指の感覚で素早く小銭を探し出したりといった“感覚”を使う動作は、脳の働きを高める大切な「運動」になっていたんです。

でも、便利になってそうした運動機会が失われてしまった。これはデジタル化の弊害といっていいと思います。

かといって、PCやスマホ、キャッシュレス決済などのなかった時代の生活に戻ったほうがいいというわけではありません。大切なのは、より効率的に感覚を届けられるように意識して運動すること

先ほど紹介した「PCやスマートフォンの画面から目を離す」というように、脳が働きやすい「運動」を日常に取り入れるということです。

脳が疲れないためには運動が必要

ここで湧いてくるのが「感覚を意識するぐらいの小さな運動で、本当に脳は活性化するの?」という疑問です。

脳を活性化するには、「新しいことを始めて脳に刺激を与える」「体を激しく動かして血流量を増やす」といった“大きな動き”が必要というイメージがぬぐいきれません。

新しい運動を始めたとしたら、初めての動きに対して脳は多くの領域が活動するので、血流量が増加するのは確かです。これを“活性化”とみることはできるかもしれません。

しかし、脳は常に省エネを目指すので、そのままその運動をし続けるとその動きは自動化されていき、脳内の使われる領域は少なくなっていきます。

つまり、脳が無駄に疲れなくなります。 そして、感覚データがたくさん届けられるほど、運動の自動化はスムーズにできます。

「脳が省エネを目指しているのなら、そもそも動かないほうがいいんじゃない?」と思われる人もいるかもしれません。

しかし脳は、情報を仕入れたらそれを整理して新しい運動に変換し、その運動を自動化することで省エネを図るのだそうです。

座りっぱなしでPCやスマホを見ているだけで情報を仕入れていると、運動による省エネが進まないので、ただ脳が疲れてしまいます。

座って画面を見続けていた日はすごく疲れたのに、体を使う仕事をしたときはかえってスッキリしている、と感じたことがあるかもしれません。

脳は、情報を仕入れたらそれを運動に変換しないと疲れてしまう内臓なのです。

「脳は動くために機能する臓器」なので、最適に機能させるためには「動く」ことが必要不可欠なのです。

後編では、この回を踏まえて「脳を最適化」するために具体的にどんな「運動」をしたらいいかを菅原さんにレクチャーしてもらいます。

▼後編はこちら

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