社会生活を営む我々にとって、ストレスとは切っても切れない間柄にあると言っても過言ではないでしょう。
仕事や人間関係のストレスはもちろん、コロナ禍に伴う不便さから真夏の猛暑まで、さまざまな要因からストレスを感じてしまいます。
ストレスがあるから成長できる
ですが、ストレスは一概に悪い面ばかりではありません。例えば、難しいプロジェクトを任され、それを成し遂げたとき。最後に待っているのは爽快な達成感でしょう。
その過程では、細かい失敗・苦難の連続で思い悩んだことでしょう。でも、そんなストレスがなければ、達成感も成長も得られなかったかもしれません。
そんなポジティブなストレスを「ブライトストレス」と呼ぶのは、応用神経科学者の青砥瑞人さんです。
青砥さんは、著書『HAPPY STRESS ストレスがあなたの脳を進化させる』(SBクリエイティブ)の中で、ブライトストレスを「成長や幸せにも貢献」する重要なものだと指摘。さらに、こう説明しています。
ストレスは、間違いなく私たちを大きく成長させてくれます。むしろ私たちの脳や身体のシステムにストレス反応が備わっているのは、成長を促すためともいえます。
単に害しかなく、意味のないものであるのなら、とっくに進化の過程で淘汰されているはずです。
一方、メリットはなく、病気すらもたらしうるストレスもあります。それを青砥さんは「ダークストレス」と呼んでいます。
例えば、上司と日ごろから折り合いが悪く、そのことを気に病んでしまっている場合。だからといって上司を変えたり、簡単に会社を辞めるわけにもいきません。こうしたストレスが慢性化してしまうと、それはダークストレスといえるでしょう。
一見、ダークストレスは回避できない怖い存在に思えるかもしれません。しかし、それは対処可能であると、青砥さんは最新の科学的理論を駆使して解説しています。
以下、このダークストレスへの対処法について、ご紹介しましょう。
軽微なストレスは芽のうちに摘み取る
青砥さんは、ダークストレスへの対処法は、大きく2つあると言います。1つは、ダークストレスを導いているものとの向き合い方。もう1つは、ダークストレスにしない予防的な向き合い方。
後者は「とりわけ重要」としています。最初はささやかなストレッサー(ストレスをもたらす事物・情報)であっても、慢性化して深刻なダークストレスへと発展することが多いからです。
だから、ストレスが軽微な段階で対処するのが肝心。そのための解決法がいくつか登場します。
その1つが「ストレッサーに気づき、さよならするステップ」。脳は曖昧・不確かな状態を嫌うため、ストレッサーをもやもやとした存在のまま放置するのではなく、言語化し、「大したことはない」などと認識する。これによって、解消が図れるというものです。
具体的には以下の手順を踏みます。
1. あなたがいま感じているストレスはどこからくるのか、小さなことでもいいので全部、書き出してみてください。
2. それらを1つずつ眺め、「大したことない」とラベリングしたり、「こうすればいい」と対処法を明確にしたり、「悩んでもしょうがない」と手放したりしてみましょう。ここでは手放すことが重要ですから、無理に問題解決しようとはしないでください。
3. ストレッサーに気づき、それを手放したことで、落ち着いたという感覚を味わいましょう。
注意したいのは、ここで書かれているように「無理に問題解決」に注力するのではなく「手放す」こと。解決しようともがくと、逆にダークストレスを育みかねないからです。
ちょっと疲れる運動をしよう
ストレス解消のために運動することの有効性は、誰しも体験的に理解できると思います。青砥さんも、運動のメリットについて言及していますが、運動強度は「多少疲れる、多少きつい程度」にすることが大事と力説します。
のんびりとしたウォーキングやランニング、あるいはトレーニングをしていると、負荷がなさすぎてその運動に集中しきれません。集中しなくてもできてしまうのです。
そうすると、嫌なことがあったならば、そのことを想起させるキャパシティが脳に残っている状態になります。結局、その嫌なことを考えてしまって、あまり落ち着けないことになります。
逆に、強度が高めの運動なら、「脳にはあまり何かを考えたり思い出したりする余地」がなくなるとともに、身体ストレスに対応してセロトニンや(脳内快楽物質の)ベータエンドルフィンを分泌。ダークストレス化の緩和に役立つというわけです。
さらに運動後は、心理的ストレスを感じにくくなる上に、高い集中力・記憶力を保ちやすくなるそうで、仕事・勉強前には一石二鳥の方法といえそうです。
思考の堂々巡りも葛藤も前向きに捉える
スマホにインストールしたてのアプリを習熟するなど、何か新しいことを学ぶとき、頭がモヤモヤしてすぐ疲弊しそうになってしまう、あの感覚。これはダークストレスにつながりかねない回避すべき兆候なのでしょうか?
青砥さんは、この感覚については「肯定的に受けとる思考法が非常に大切」と説いています。理由は単純明快で、「あらゆる新しい学びに通ずる反応ですから、毎回味わうモヤモヤのたびに逃げ出していたら、脳はいつまでも成長しません」。
これは、脳の神経細胞のいわば成長痛ととらえるべきものだと述べています。
ですが、特に抽象性の高い情報は、脳の情報処理機能に大きな負荷をかけ、相当なエネルギーを要します。そういうものは、考えても堂々巡りするばかりで、逃げたくなってしまうもの。
もしも、思考が堂々巡りに陥ったら、どうしたらよいのでしょうか?
青砥さんは、とても抽象度の高いXを理解するために、記憶にある情報A、B、Cが必要な場合を例に、こんな解説をしています。
仮にその情報A、B、Cの記憶が強固ではなく、その記憶を探るだけで脳のエネルギーを使い切っているとしたら、XとAを紐づけようとすること、その情報を脳に表現することでいっぱいいっぱいになってしまいます。
そして次にXとBを紐づけようとすると、結びつきの弱いXとAの情報は脳から消え、Xの理解にAが浮かび上がらず、Xが理解できない状態になります。そうして、またXとAを脳に紐づけようとします。
そしてはたと気づくのです。また同じことを考えていると。
しかし、その堂々巡りをすることで、XとAの結びつきが強まり、XとBの結びつきが強まり、XとCの結びつきが強まるのです。

このとき、脳に何が起きているかというと、関連する神経細胞を取り囲むミエリン鞘が太くなり、神経細胞間のシナプスの受容体の発現頻度が高まり、結びつきが強化されていきます。
そして、ついにはXの理解に到達するのです。そのプロセスは、あまり心地よいものではないですが、「しめしめ、脳がちゃんと成長している証だな」と肯定的に捉えることを、青砥さんはすすめています。
同様に、複数の選択肢からどれにしようか迷う「葛藤」も、脳の成長に役立ち、軽視してはいけない心理反応だとも。
ただし、いたずらに悶々と迷うのは、ダークストレスのもと。葛藤に気づき、それを大切にする思考法を身につける重要性とともに、そのコツも本書では解説されています。
本書は、300ページを超える大著ですが、門外漢にも理解しやすい懇切丁寧な書きぶりの好著です。ストレス全般の知識を得て、実生活に活かしたい人におすすめの1冊といえるでしょう。