連載「3人の○○」では、ライフハッカーファミリーで「働き方研究家」の横石崇さんが聞き手となり、時代をリードし、混沌とした世界でも柔軟に適合する3人のキーパーソンにフォーカス。

彼らの仕事観・働き方から読み解く、「人を動かす」法則や知恵とは?

人を動かし「成功」を掴むには、人脈を構築し、業界内外で信頼関係をつくることが必要。そのためには、「人に好きになってもらう」力が鍵となるはず。

そこで今月は、ユニークな発信で企業のSNS公式アカウント界で特に高い人気を集める「タニタ」「森美術館」「イノセント」のSNS担当者にフォーカス。

SNSマーケティングの視点で、3人の「中の人」の働き方から【人に好かれる】法則を読み解きます。

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今回のキーパーソン

洞田貫晋一朗さん

【横石メモ】

日本の美術館では最大規模のフォロワー数を持つ森美術館のSNS公式アカウント。

「中の人」として運用を担当する洞田貫晋一朗さんは、文化施設におけるデジタルマーケティング戦略の第一人者として広く知られ、著書『シェアする美術 森美術館のSNSマーケティング戦略』も話題を呼んだ。

そんな彼に【人に好かれる】秘訣を聞いた。

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60万人は「塊」ではなく「個」

いつも心がけているのは、60万人のフォロワーを「塊」として見るのではなく「」であると意識すること。

というのも、私自身、企業の公式アカウントでよく見かける

「皆さん、今度新商品が出ますよ!」

といった告知に、「この“皆さん”の中に自分も入っているのだろうか?」と違和感を感じてしまうんです。

そもそも公式アカウントをフォローする時点で、その企業やサービスについては認知しているはず。であれば、そうした呼びかけは本当に必要な発信なのだろうか?と。

これは「来館を促す」というSNSの目的や、発信内容に制約が多い美術館の「中の人」を務めているから、余計にそう感じるのかもしれません。

むしろそうした状況下だからこそ、ノイジーになりすぎず、本当に「森美術館の情報がほしい」と考えてくれている“相手”のことを思って最適化した発信ができているのだと思います。

【横石の気づき #1】

「皆さん」というのは誰も含まれない

属人的にしない。でも味付けに柔らかさをプラス

「中の人のキャラクターはあったほうがいい」という意見もありますが、私は個性や属人性は極力出さないようにしています。

なぜなら、美術館のSNSにそうしたスタイルを求めているユーザーがそれほど多いとは思えないから。もしかしたら、属人的なゆるい投稿を喜んでくれるのは、美術館の真の顧客やファンではない、ちょっと“遠巻き”の人たちかもしれない。

それよりも、周りについてくれているフォロワーが本当に求めるスタイルに焦点を合わせて発信するほうがいいですよね。

また、「インスタ映え」や撮影手法について質問をいただくこともありますが、実はそれほど意識していません。

あまりにそうした点に気を取られると、リアリティや「ユーザー視点」が薄まる。それを狙って展覧会の見せ方を考えるのも、本質から離れてしまいます。

写真のほとんどは私がiPhoneで撮影し、その場でテキストを考えて投稿しています。内容は展覧会の基本情報が主で、私個人の感想などは入れません。ただ、そうした運用だと美術館という特性上どうしても表現が固くなりがちに。

なので、ちょっとした言い回しや言葉の選び方などで温かみがのる工夫や、表現を柔らかくする味付けをしています。そういった意味でも、誰かに任せるのではなく、自分で写真を撮影してコンテンツをつくるほうが「ぜひ来てね」といった気持ちをのせやすいですね。

【横石の気づき #2】

属人性を出さずとも、「自分でやる」と感情がのる

両者を理解するニュートラルな「間の人」でいたい

働くうえでは、いつもニュートラルな存在でいたいと思っています。

よくSNSの「中の人」と言われますが、「企業・組織の中の顔が見えない人」という意味合いが強い。でも、組織の「中」というよりは、美術館と来館者の「間」に立つ「中の人」でありたいのです。

投稿する際も、自分自身を森美術館“側”の人間だとは思わないようにしています。そうしないと型にはまってしまいがちだし、押しつけがましくもなる。さらには来館者の気持ちにも気づきにくくなります。

それを回避するためにも、どちらにも片足ずつ入っているような、両者の「間」の立ち位置でいたい。その“謎の立ち位置”から出てくるニュアンスが、投稿の柔らかさにつながっているのかもしれません。

実は組織のなかにおいても、企画側とマーケティング・広報側の「間」にいるよう意識しています。

展覧会の企画や、美術館全体のムードを創りあげるのは、キュレーションを行なう学芸のチーム。でもそうした情報は学術的で難しいことも多く、そのままSNSで出してしまうと伝わりにくいこともある。そこには広報チームによる作品や主題の咀嚼が必要です。

そうした時、ニュートラルな立場で両方の間をフラフラして情報をもらって帰ってくるような、「どっちつかず」の存在でいると動きやすいし、仕事もしやすくなる。その代わりにすごく孤独ですが(笑)、SNS運用においてはとても重要な考え方かもしれません。

現場を知る」という意味でも、施設・ユーザー双方の立場の微細な温度感や、マニュアル化できない空気感が自然と身に付くんです。SNS運用に挑戦したいと考えているなら、「間」にいることを意識してもらえればと思います。

【横石の気づき #3】

「中の人」は「間の人」でもある

「ちょっと先」すらわからない。だから型にはまらず柔軟に

森美術館は現代アートを扱う施設ということもあってか、新しい発信方法への取り組みには貪欲な気風があります。

最近では、Instagramの「インスタライブ」やTikTok、Clubhouseを活用した館長による解説ツアーを行なうなど、美術館では珍しいライブ配信もはじめました。

いろいろとチャレンジしてきた結果、2021年5月にTikTokが「国際博物館の日」を記念して開催した世界規模の美術館・博物館のリレー生配信「#MuseumMoment」にて、日本からは唯一森美術館が参加。1時間で合計視聴回数は約8万6000回を記録し、世界各国のユーザーに届けることができました。

@moriartmuseum

##MuseumMoment ##InternationalMuseumDay2021 ##MoriArtMuseum

♬ オリジナル楽曲 - Mori Art Museum 森美術館

「中の人」になってつくづく感じるのは、「ちょっと先」の未来さえ全く読めないということ。だからこそ、やりながら試行錯誤するしかないんです。

「とにかくできそうなものは1回やってみる」「型にはまらず柔軟にやり続ける」。その結果が何年か後に、差となって表れてくるのだと思います。

【横石の気づき #4】

先が見えないからこそまずはやってみる

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森美術館の人に好かれる法則

【取材を終えて】

横石崇さん

美術館にとってSNSはチャンスであることを証明したのが森美術館。では、どうやって成功させたのかが気になって、「中の人」にその秘訣を聞いてみた。

60万人のフォロワーが何を求めているのかを的確に捉えるために、フォロワーを「塊」として捉えることなく、常に「1対1」のコミュニケーションを意識するという。

ついついSNSでは「1対n」のコミュニケーションをとりがちだが、その真摯さこそ森美術館の持つ独自性と結びつき、世界中から支持される理由にもなっている。

これからの社会はよりグローバルであり、多様化・多層化が進むからこそ、ひとりひとりとどう向き合うのかが問われている。そのためにも「中の人」であると同時に「間の人」でいることが1つのヒントになるはずだ。

(横石崇)

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