『勘違いが人を動かす 教養としての行動経済学入門』(エヴァ・ファン・デン・ブルック、ティム・デン・ハイヤー 著、児島 修 訳、ダイヤモンド社)は、2021年に刊行されるや本国オランダでベストセラーとなり、多くの外国語版が制作された『Het bromvliegeffect』(ハウスフライ効果)の翻訳版。
「ハウスフライ効果」とは、「男性用の小便器に“的”としてハエを描いたところ、おしっこが便器の外に飛び散る量が劇的に減った」という、本書の冒頭に登場するアムステルダム空港の事例に基づいて名付けられた、認知バイアス効果の総称だ。
本書のテーマはまさにこのタイトルが表すように、私たちの生活を取り囲む様々な「ハエ」(認知バイアス)の正体を明らかにし、それらとうまくつきあっていくための有益なアドバイスを提供することだ。(「訳者はじめに」より)
行動経済学者のエヴァ・ファン・デン・ブルック、広告業界でクリエイティブ・ディレクターとして活躍するティム・デン・ハイヤー両氏による共著。ブルック氏は学術的な視点を持ち、ハイヤー氏は認知バイアスの応用と深く関わるビジネス現場での経験が豊富なのだとか。
そのためバランスよく、(訳者によれば「オランダ人ならではの独自の視点と軽妙な切り口によって」)驚くべき認知バイアスの不思議や、知らぬ間に私たちの生活に深く入り込んでいる「ハエ」たちの生態を、エピソードを交えながら伝えているわけです。
認知バイアスについての理解を深めることは、私たちがこれからの社会をより良いものにしていくと同時に、個人として様々なリスクから身を守るためにも非常に重要だと言えるだろう。(「訳者はじめに」より)
そんな本書のなかから、きょうは第2章「なぜ人は怠けてしまうのかーー「面倒くさい」を脱し「すぐやる人」になる方法に注目してみたいと思います。
広告費を使わず売上を倍にするシンプルな方法
マーケティングの世界では「なぜ(WHY)から始めよ」といわれますが、著者はここで、その考え方を“ひっくり返して”考えようとしています。
誰かに何らかの行動や活動を促すとき、それは良いものや楽しいもの、意義のあるもの、有益なものなどであるはずだ。
では、なぜ相手はまだそれをしていないのか? つまり、「なぜ、この人はその行動や活動をしていないのか?」という視点から考えるのだ。
その理由は、根深い心理的な抵抗にあるのかもしれない。だが、たいていはもっと表面的なものだ。
人はいつもと違う何かをするのが面倒なのだ。(89ページより)
なるほど、そのとおりかもしれません。なぜなら脳は、できる限り努力を避けようとするものだから。お札をコインに両替したり、領収証を送ったり、市役所まで自転車で行くなどの行動のみならず、屈んだり、ちょっとつま先立ちをしたりするような動作すら「したくない」と感じるものだということ。
アイスランドの首都レイキャビクの研究者らは、試験店舗で実験を行い、あるブランドのポテトチップスのマーケットシェアを倍増させることに成功した。これはマーケティング界では、オリンピック級にすごいことだ。
この実験で面白いのは、クリエイティブな広告キャンペーンは用いられていなかったことだ。消費者のポテトチップスへのイメージを覆すような、手の込んだ仕掛けも一切なかった。
研究者たちは単に、商品の袋を棚の下のほうから、真ん中へと移動させただけだった。(90ページより)
一般的に、「お気に入りの商品がある人は、当然ながらそれを選ぶものだ」と考えるのではないでしょうか?
ところが実際には、別の商品が手に取りやすい場所にあるだけで、「わざわざ腰をかがめてまで棚の下にあるお気に入りの商品を手にとるほうが面倒だ」と思ってしまうようです。
もちろん企業も、このような認知バイアスを“自社商品が選ばれやすくなるための仕掛け”として積極的に活用しています。スーパーマーケットの裏側では、商品を少しでもよい場所においてもらおうと、メーカーの担当者たちが必死に店側に交渉してしのぎを削っているわけです。
端的にいえばどのメーカーも、店内でよく人が通る通路の棚の、目の高さにある位置に商品を置いてもらうことを望んでいるということ。
事実、この業界では「目の高さが買われる高さ」といわれており、商品のパッケージも、手に取りやすく、中身を簡単に想像できるようにデザインされているといいます。
そればかりか、客がその商品を選ぶ際の心理的抵抗を減らすための工夫もなされているもの。パッケージや広告などを活用し、その商品を買うことに安心感を覚えてもらうよう消費者に訴えているのです。(89ページより)
ビジネスと公共機関で使われる「ナッジ」
しかし商業以外の分野では、最近までこのような仕組みはあまり導入されていなかったようです。たとえば自治体は、利用者の利便性をあまり気にかけてこなかったのだといいます。
その大きな理由は、ハウスフライ効果(些細な工夫でどれほど大きな効果が得られるのか)がわかりにくいから。実際にはわずかな工夫をするだけで、大きな効果が得られるにもかかわらず。
しかし幸いなことに、状況は変わってきてもいるそうです。この10年で、「ナッジ」の活用を検討する地方自治体や政府機関が大幅に増えたというのです。
ナッジとは、物事を簡単に、わかりやすく、(可能であれば)楽しくすることで、人を望ましい行動へと誘導することだ。
たとえば、セルフサービス式の食堂で、健康的な料理をテーブルの前面に出して従業員が手に取りやすくすることも「ナッジ」だ。(92ページより)
同じく、階段を一段のぼるごとにどれくらいカロリーを消費したかを知らせる楽しいステッカーを貼ることもそれにあたります。階段全体をピアノに見立て、上り下りすると音楽が奏でられるというものもあるでしょう。
入力フォームにあらかじめチェックマークを入れておく、アプリで納税のリマインドをするなどの方法もあれば、「大勢の人が寄付をしている」ことをさりげなく知らせるなど、集団意識を利用する方法も。
当然ながらそれは海の向こうに限った話ではなく、私たちの暮らす環境でも大きく活用できることであるわけです。(91ページより)
認知バイアスについて深く知ることができる入門書であり、読みものとしても楽しみがいのある内容。日常生活に役立つトピックス満載なので、この週末にでも手に取ってみるといいかもしれません。
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