道なき道を拓き、未だ見ぬ新しい価値を世に送り出す人「起業家」。未来に向かって挑むその原動力は? 仕事における哲学は…? 時代をリードする起業家へのインタビュー『仕事論。』シリーズ。
今回は、地球上を観測する「小型SAR衛星」の開発・運用で、世界が抱える課題に挑む株式会社Synspective。その代表取締役CEOの新井元行(あらい もとゆき)さん、そしてファウンダーである慶應義塾大学 システムデザイン・マネジメント研究科教授 白坂成功(しらさか せいこう)さんにお話を伺いました。
震災で味わった悔しさ、そして南海トラフへの危機感
──まずは、事業をスタートしたきっかけから教えてください。
白坂成功さん(以下、白坂):まず私は、内閣府の革新的研究開発推進プログラム「ImPACT」にプログラムマネージャーとして参加し、そこでSynspectiveの事業につながる衛星技術の開発を行なっていました。
そもそも、地上を観測する「小型SAR衛星」の開発に取り組むきっかけとなったのは東日本大震災でした。
実はあの時、日本の地球観測衛星は十分に活躍できなかったのです。
地球を観測する人工衛星の多くは、大体1週間から10日で地球を1周します。震災が起こったあの時、地球観測衛星は運悪く、日本の近くを飛んでいなかった。数日後から東北周辺の撮影を開始しましたが、もし震災直後から撮影できていれば、もっと人命救助に役立ったはずなんです。
宇宙業界は、災害救助に役立てるために国から研究開発費を得、支援を受けているのにも関わらず、大きな災害時に十分な活躍ができなかった。この事実は私個人にも、大きな課題感を残しました。

地上をいつでも・どこでも撮影できる状態にしておくには、地球観測衛星の数を増やすしかない、と。
しかし現状、1機上げるのにかかる金額は約200億円。数を打ち上げるには、莫大なお金が必要になってくるわけです。ですが、もし衛星を小型軽量化してコストを10分の1にできれば、同じ金額で10機打ち上げることができる。
その「小型化」の技術開発をImPACTで行なっていたのですが、問題は「社会実装をどうするか」でした。国が主導するとなると「どこが担当するのか、予算の確保はどうするのか」など議論・調整しているうちに10年くらいすぐ経ってしまう。
しかし、南海トラフ地震が起こるのは2035年のプラスマイナス10年だと言われています。このままでは間に合わない。じゃあどうするか、と考えた時に「1番スピードが速いのはスタートアップだ」という結論に至ったわけです。
しかし、私はあくまで技術者。経営者が必要でした。
コンサルファーム、東大、そして難民キャンプ。技術を求める人を探して
──新井さんはどのような経緯で関わることになったのでしょうか。
新井元行さん(以下、新井):私はコンサルティングファームでキャリアをスタートさせました。でも元々宇宙開発に興味があり、学生時代専門は機械工学でした。
私が社会に出たころは、まだ「宇宙開発は政府の予算による学術研究分野」という時代。なので「業界自体を商業化しなくては」という思いがありました。そこでまずビジネスを学ぶために、コンサルティング業界へ。
コンサルティングファームで5年働いたあとは、もう一段視座を高めて「誰が科学技術を一番必要としているのか」考えようと、東京大学に入学し、大学院で技術経営戦略学を専攻しました。
そこで、開発途上国の経済成長につながる再生可能エネルギー技術の導入を研究。サウジアラビア政府に派遣されることとなり約3年間、プロジェクトマネージャーとして経験を積みました。
そのあとはタンザニアの農村を電化するスタートアップや、ケニアの難民キャンプやフィリピンのスラムの水・衛生問題を解決するプロジェクトなどにも関わりました。
そういった活動を続けながら、社会課題を技術とビジネスで解決する方法を模索していたのですが、ある時「社会に役立つレーダー衛星ができたらしく、マネジメントできる人を探している」という話が舞い込み、白坂先生にお会いすることになりました。

白坂:いろんな方とお会いしたのですが、私の思い描く経営者像に当てはまる人は、なかなかいませんでした。新井さんを紹介された時は「もう、この人しかいない!」と思って。即座にオファーしました。
すでに、人工衛星の専門家とデータ解析の専門家はいたので、経営者はラストピースでした。新井さんが引き受けてくれて、ようやく動き出すことができたんです。