敏腕クリエイターやビジネスパーソンに仕事術を学ぶ「HOW I WORK」シリーズ。

今回お話を伺ったのは、『シン・ゴジラ』等の制作にも関わり、『シン・エヴァンゲリオン劇場版』を製作・制作した株式会社カラー(khara, inc)で制作進行を務める、成田和優さんです。

成田和優(なりた かずまさ)

1984年生まれ。2008年に宇宙航空研究開発機構(JAXA)に入社し約9年半勤務したのち、2017年に株式会社カラーに制作進行として入社。有限会社ゼクシズに出向し『あさがおと加瀬さん。』に制作進行として携わったのちカラーに復職し、『シン・エヴァ』AvantTitle2及びAパートの制作進行を担当。著書『プロジェクト・シン・エヴァンゲリオンー実績・省察・評価・総括ー』。

成田さんは、「自分の生涯の中で宇宙開発と『エヴァンゲリオン』の完結を比較したときに『エヴァンゲリオン』の完結に立ち会うほうが重要だった」と、約9年半勤めたJAXAを退職。新人制作進行としてスタジオカラーに入社しました。

そして、『シン・エヴァンゲリオン劇場版』が完成すると、制作進行としての経験を活かしながら、作品がいかに制作されたのかを一冊のプロジェクト総括本としてまとめた『プロジェクト・シン・エヴァンゲリオンー実績・省察・評価・総括ー』を執筆しています。

今回、大胆な転身のきっかけやアニメの制作進行、制作進行がなぜ総括本を執筆するに至ったのかなどその経緯などを伺いました。

成田和優さんの一問一答

氏名:成田 和優
職業:株式会社カラー 制作進行
居住地:東京都
現在のコンピュータ:会社支給のWindows PC
現在のモバイル:iPhone 12
現在のノートとペン:会社備品のボールペンと、A4コピー用紙
仕事スタイルを一言でいうと:憶病

JAXAに10年勤めてアニメ業界に転職した理由

ーーなぜJAXAからスタジオカラーに転職したのでしょうか。

宇宙開発は人間にとってのフロンティアですが、『エヴァンゲリオン』を完結させることも人間の能力の限界に挑戦することだと感じていました

僕は小学校6年生で『エヴァンゲリオン』と出会い、決定的に変えられてしまいました。宇宙開発はもちろん大好きですし、大事なものです。しかし僕にとって『エヴァンゲリオン』は好きとか大事とかそういうものを超えたところにあるものなので、宇宙開発と天秤にかけたときに、『エヴァ』のほうが重かったのです。

カラーのなかで『シン・エヴァンゲリオン劇場版』に携われるのなら職種にこだわりはなくて、バックオフィスでも事務支援でもなんでも喜んで参加したいと思っていました。実際に募集を見たら、未経験の僕でも採用してもらえるのは制作進行という職種だけだったので、制作進行に応募しました。

いまは制作進行として携わることができて本当に幸運だったと思っています。作品制作の全体を見られる制作進行でなければ、書籍『プロジェクト・シン・エヴァンゲリオンー実績・省察・評価・総括ー』も書けませんでした。

ーーでは今も制作進行としてほかのプロジェクトに配属されているのでしょうか。

現在は書籍関係の対応と、社内の調整ごとの補佐等をしています。現在制作中の作品においては、制作進行としての仕事はやっていません。

ーーJAXAでの経験が制作進行の仕事に役立ちましたか。

いや、直接役に立ったものはあまりなかったと思います。

お話した通り、スタジオカラーに入った目的はJAXAでの経験を生かしたキャリアアップ転職ではありません。カラーで『シン・エヴァンゲリオン劇場版』の仕事に携わることが最優先であり、スキルアップや待遇/収入のアップは考えていませんでした。

JAXAでの経験で役に立ったものといえば、社会人としての基本的な立ち居振る舞いやスプレッドシートの使い方でしょうか。

ただ、自分はJAXAの経験を生かそうと思って転職していませんし、会社側も制作進行を募集していたわけで、それ以外のスキルは求めていなかったはず。僕は経験のない新人として採用されたんです。

ーー制作進行だった成田さんが著書を出すことになった背景と内容を教えてください。

『シン・エヴァンゲリオン劇場版』はコロナ禍により公開が2回延期されています。

延期が決定するまでは目の前に迫ってくる仕事のことしか考えられなかったんですが、延期が決定し、コロナに対応した制作環境へ全社的に切り替えるために一時的に制作がスローダウンしたことで、『シン・エヴァンゲリオン劇場版』を作るということや、作っている人たちのことについて、少し俯瞰して考えられるようになりました。

すると見えてきたのは、アニメ業界を代表する一流クリエイターたちが集結し、磨き上げてきた技術を集結して制作している稀有な現場であるという現実です。

そして、記念すべき作品がプロジェクトとしてどう遂行されたかを後世に残すことには意味があると感じました。

また、プロジェクト形式の仕事について、プロジェクトマネジメントのノウハウを体系化した教科書のようなテキストは数多くあるものの、個別プロジェクトの遂行に絞ったテキストは多くないし、そういったテキストにアクセスすること自体も簡単ではないと感じていました。

個別プロジェクトを扱っているテキストも、ほとんどがノンフィクションやドキュメンタリーに近く、「ストーリー」としておもしろすぎるため、具体的な知見が多数込められていたとしても、どうしても「ストーリー」に重きを置いて読んでしまい、なかなか具体的な知見として咀嚼できないと感じていました。

「ストーリー」があるからより記憶に残り、感情も動き、ときに行動にまでつながる。なのでノンフィクションやドキュメンタリーはもちろん重要です。

ただ「ストーリー」とは別の、個別プロジェクトの遂行についての記録も、もっと多くあったほうがいいのではないかと。

そこで、制作進行である僕が企画書を作って会社に提出したら、すぐさまGOサインが出ました。こんなふうに簡単に「いいよ」といってもらえたのは、庵野秀明が代表取締役社長であるカラーだからでしょう。

庵野さんはもちろん、カラーそのものが自主制作のマインドが大きく、「とりあえずおもしろそうなものはやってみれば」と言ってもらえます。

それは、財務的な強さにも起因します。損が出たとしても、それも含めて「それくらいならやってもいい」と言ってくれる土壌がある

この柔軟かつ堅固な経営は本当にすごいと思います。とはいえ、おかげさまで今回の書籍は好調に利益が出ています。

ーー執筆にあたって気をつけたことはありますか。

『プロジェクト・シン・エヴァンゲリオン』は、『エヴァンゲリオン』を一度も観たことがない人でも問題なく読めるよう注意深く書いていますが、そのうえでまずはエヴァファンを想定して書いています。

そして、ライトなファンからヘビーなファンまで、さまざまなタイプのファンを想定して、どんなことを盛り込めばおもしろがって読んでもらえるのか考えました。僕はもともと、けっこう厄介なタイプのエヴァファンでもあるので、いろいろなファンの気持ちがある程度はわかるつもりです。

とにかく庵野総監督のインタビューを読みたい人、庵野総監督のメールを読みたい人、座席表などに興味がありそうな人、鈴木敏夫さんのような業界の著名人のエピソードを読みたい人など、さまざまなファンのことを思い浮かべながら構成しました。

他方で、エヴァファンのボリュームゾーンは20代から40代で、つまり現役の社会人と一致しています。

彼ら彼女らはエヴァファンという点では共通していますが、エヴァファンであることを除くと生業や携わっている仕事はバラバラで非常に多様です。

『シン・エヴァンゲリオン』のプロジェクト工程や体制、システムマネジメント、コロナ禍の影響とその対応などは、エヴァファンとして手に取ってもらいながら、その人のファン以外の部分にも届けることができれば、と思って構成しています。

それ以外にも、もし自分がカラーに入らずにJAXAに勤め続けていたら、どんな内容を読みたかったかを強く意識しています

Photo:中川真知子
Photo:中川真知子

ーー著書を読む限り、庵野総監督に対してかなり鋭い質問をしていますが、その自覚はありましたか。

「鋭い質問」の自覚はまったくありません。

質問をするにあたって考えていたことの一つに、「もしカラーに入らず、JAXAに勤め続けることにした別の世界線の僕」がこの書籍を手に取ったときに「折角の機会なのにどうしてこのインタビュアーはこういうことを質問していないのだろう」と不満に思ったり、物足りなさを感じるような内容にしてはいけない、というものがあります。

鋭く見えるようなところがあったとしたら、その態度が影響しているのかもしれません。

それに、もし「鋭い質問」とその応答が成立していたならば、それはひとえに庵野さんがそんな僕の態度を許容してくれたからに他なりません。そんな質問に庵野さんが答えてくれたのは、現場の一員として日々庵野さんと仕事をし、プロジェクトの完了まで立ち会ったからなのかな、と思います。

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