人間は時間に支配されているのか。それとも、時間を支配したのか。

織田一朗さんの著書『時計の科学 人と時間の5000年の歴史』(株式会社講談社)は、人類が「時を計る」歴史を凝縮した一冊です。

昔は時間を把握できるのは、時の為政者や富裕層、あるいは科学者や占星術師など、特権的な存在だけでした。

現代に生きる私たちは、有限の時間をどう使っていけばいいのか? 人類と時間の深い関わりから、ビジネスや私生活に新たな視点をもたらすエピソードを紹介します。

機械式時計の登場が「働き方を変える」ことになった

人類は、日時計に始まり、水時計や砂時計など、自然界に存在するリズムを応用した時計を発明してきましたが、機械式時計の登場により、人間が自ら時間を切り取り、管理しはじめました。それは、時間をコントロールするという、新たなパラダイムのはじまりでした。

『時計の科学 人と時間の5000年の歴史』には以下のように書かれています。

いずれにせよ、機械式時計の発明で、人類は「時」を神から取り戻し、科学に位置づけました。「時」は信仰の対象ではなく、生活の基礎を形成する度量衡の1つになったのです。

同時に、時刻制度も太陽の動きをもとに、昼と夜の時間をそれぞれ等分する「不定時法」から、季節を問わず1日を24等分する「定時法」へと変化したのです。これは、人類の産業を農林水産の第一次産業から工業を主体とする第二次産業へと高度化させる上でも重要な決断でもありました。 (『時計の科学 人と時間の5000年の歴史』より)

現代社会でも、時間が資産であることに変わりありません。

しかし、時間を正確に把握できることが当たり前になっているからこそ、時間を蔑ろにしてしまうこともあります。

時間は一度過ぎ去れば二度と取り戻らない、逃げていく資源でもあります。

また、現代社会でよく耳にする「時短」や「タイパ」という概念は、正確な時間がわかるからこそ使える言葉です。

5分や10分の隙間時間のタイムマネジメントや、一手間で数十分の時間を短縮できることも大切ですが、自分が人生で過ごす大部分の時間を充実させるほうが、より良い人生につながるはずですし、時間に真摯に向き合っていると言えるのではないでしょうか。

今取り組んでいる仕事や誰かと過ごす時間を一度、立ち止まって考えてみる価値はあると思います。

歴史に名前を残した技術者に学ぶ「時間の使い方」

我々は、限られた時間をどのように使っていけばいいのか。

その一つのヒントが、時計職人のアブラアン・ルイ・ブレゲのエピソードにあります。

マリー・アントワネットに依頼されて製作した至高の時計は、ただの時間計測器具ではなく、芸術品とも呼べる完成度の高さを誇りました。

『時計の科学 人と時間の5000年の歴史』では、その経緯が以下のように書かれています。

マリーのお気に入り時計師の1人は、天才時計師プレゲだったのですが、他国の王族や貴族からも注文を受けるプレゲを見て、マリーは自分のために「至高の品」をつくらせようと考えました。

1783年に注文された要望は「金と時間に糸目は付けないから、考えられるすべての機能を備えた世界一美しい時計をつくるように」というものでした。

プレゲは自分の技術をすべて盛り込もうと考え、自動巻き、音で時刻を知らせるミニッツリピーター、月による日数の違いやうるう年の調整を組み込んだ永久力レンダー、日時計との時間差を表示する均時差装置、金属寒暖計などの高度な機能を組み込む構想を立て、作業に取り掛かりました。

(『時計の科学 人と時間の5000年の歴史』)

しかし、1789年に起きたフランス革命により、マリーとブレゲの生活は一変します。ブレゲはスイスへ亡命を余儀なくされ、マリーは処刑されます。

革命が落ち着いた1795年、ブレゲはパリに戻り、再び時計作りに精を出します。ブレゲ亡き後も、彼の弟子たちによって作り続けられ、1827年に、至高の時計「マリー・アントワネット」が完成します。

残念ながら、マリー・アントワネットも、ブレゲも完成した「マリー・アントワネット」と対面することはできませんでした。しかし、ブレゲはマリーのお陰で最高の時計を作り、技術を磨くことができたのです。

最高のものを世界に残すためにできること

多くの人にとって、ブレゲのような大きな仕事をいきなり依頼されるわけではありません。しかし、今自分が取り組んでいる仕事へのマインドを変えることはできます。

関わっている人の顔を思い浮かべて、「相手が感動するような仕事」をするにはどうしたらいいか。そう考えるだけでも仕事の仕方は変わってくるでしょう。ひいては、その積み重ねが、自分の命を燃やし尽くす価値のある大きな仕事に結びつくかもしれません。

簡単に時間を管理できるこの時代、時計の歴史を紐解いてみたら、より真剣に時に向き合いたくなりました。

Source: Amazon