コロナ禍のなかで誰もが「変容」を求められ、その加速度が増していく「忙しい」時代。そこに必要なものはなにか?
この問いに対し、哲学者である『1分間思考法 素早く深く考えられる哲学思考トレーニング』(小川仁志 著、PHP研究所)の著者は、「素早くかつ深く考える能力」であると断定しています。
ビジネスシーンに限らず、さまざまな領域において新しいことが生まれ続けている状況下においては、時間をかけて判断していく猶予はありません。
また、それらのなかから“たしかなもの”を選び出すことも容易ではなく、ようやく見つけた情報も即座に陳腐化していきます。
したがって、スピードだけではなく、“深さ”がなければただ流されてしまうばかりだということ。
そこで『1分間思考法』と題された本書において著者は、わずか1分間でも深い思考ができるようになる「哲学思考」を読者に身につけてもらおうというアプローチを試みているわけです。
「深く考える」ためのツールである哲学は、じつは「素早く思考する」ためにも有効です。
哲学が難題に取り組む学問であるがゆえに、「難解なもの」というイメージを持つ方も多いと思いますが、その思考プロセスは非常にシンプルで、どんな問題にも応用できるものなのです。(「はじめに 素早くかつ深く考える能力が求められる時代」より)
こうした考え方に基づく本書のなかから、きょうは“仕事”に焦点を当てた3.「ビジネスの問い 見方しだいで違って見えるもの」に焦点を当ててみたいと思います。
仕事とはなにか?
通勤してオフィスで働いたり、テレワークをしたり、工場でモノをつくったり、飲食店でサービスを提供したり、あるいは芸術や研究などの仕事に従事している方もいるでしょう。「仕事」にも、いろいろあるわけです。
しかし、それらに共通しているのは、職場に赴くこと、長時間働くということ、そしてそれによって対価をもらうことであるはず。
たとえば職場に赴くとすれば、通勤時間が増加し、それに反比例して子育ての時間が減少することにもなるでしょう。また長時間働くと残業が増え、心身の健康を損ないかねません。
対価をもらうこと自体はいいとしても、それが格差の原因になったり、対価をもらえない活動には消極的になるということにもなってしまいがちではあります。
そこで「働き方改革」が登場したわけですが、ご存知のとおり、なかなかうまくはいきませんでした。
ところが奇しくも新型コロナウイルスによるパンデミックが、テレワークを促進し、上記のような多くの問題を解決しつつあるわけです。残る問題は、「対価をもらう」という部分だけ。
もちろん生きていくためにはお金が必要ですが、対価をもらうことが前提となるのであれば、たとえば地域でのボランティアなどは仕事ではないということになってしまいます。
しかし、ときに私たちは自分以外のことでなにかやらなければならないことをも「仕事」と呼びます。
20世紀アメリカで活躍した哲学者のハンナ・アーレントは、いわゆる仕事のなかに「活動(Action)」という要素を持ち込んだそう。つまりそれは、まさに地域社会で活動するようなイメージです。
本来、仕事には純粋に対価をもらうだけのものから、対価をもらわない活動まで含まれているのではないでしょうか。仕事とはもっと広く、誰かのために貢献することだと思うのです。(109ページより)
もちろん、家事や地域活動も全部含めて。
たしかにそう考えることができれば、私たちの日常、ひいては一生は、もっと充実したものになるはずです。(106ページより)
イノベーションとはなにか?
いまや、あらゆる分野でイノベーションの必要性が叫ばれています。
つまり、それだけ世の中が行き詰まり、変化が激しくなっているということなのだろうと著者は推測しています。なぜなら、イノベーションとは“まったく新しいもの”を生み出すものだと思われているから。
そもそもの出発点は、経済学者のヨーゼフ・シュンペーターが、経済活動のなかで生産手段や資源、労働力などをそれまでとは異なる仕方で新たに結合することを「イノベーション」として提起したこと。
そのため「新結合」などと訳されることもあるそうですが、いまではそれにとどまらずあらゆる分野での新しい価値創造を指すようになっているため、カタカナのイノベーションを使うのが一般的。
しかし、そもそも人間は、これまでもさまざまな価値を生み出しながら進化してきたもの。つまりイノベーションは新しいことでも、特別なことでもないわけです。
にもかかわらず、現代においてことさらにイノベーションの意義が強調されるのは、おそらくイノベーションが単なる価値の創造にとどまるものではないから。
時代が行き詰まって変化が激しくなると、なにが求められるべきかを予測することは困難になってきます。いいかえれば、目的に合わせて価値を創造していくのでは遅いということ。なぜなら、そもそも目的自体がわからないのですから。
「なにが成功するか分からない」とか、セレンディピティ(思いがけないモノを発見する能力)やマッチングが大事だといわれることがあります。そうした表現に象徴されるように、いま求められているのは、意外で、飛躍的な価値の創造にほかならないのです。
フランスの哲学者ベルクソンが、生物の進化の本質を創造的進化という言葉でとらえています。
生物は目的をもって因果論的に進化しているのではなく、予測不能ななかで時に飛躍的に進化するというのです。だから創造的なわけです。(117ページより)
つまり、いま私たちがイノベーションに求めているのも、そういった意味での創造的進化であるはず。単なる価値の創造ではなく、飛躍的な価値の創造だということです。(114ページより)
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哲学思考を身につけるためのノウハウを、さまざまな問いに対して応用するためのヒントを多数収録。それらはすべて、著者自身が実践的に取り組んだものだといいます。
だからこそわかりやすく、説得力があるのでしょう。スピード感に満ちた時代を生き抜くために、手にとってみてはいかがでしょうか?
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Source: PHP研究所
Photo: 印南敦史