映画のエンドクレジットが流れはじめたら、すぐに劇場をあとにしたい人は少なくないでしょう。クレジットは年々長くなっているし、馴染みのない役職や知らない人の名前を見続けるのは飽きちゃいますよね。
映画業界に憧れていたかつての筆者は、エンドクレジットを食い入るように見る学生でした。
いつかあそこに自分の名前を載せたくて、どんな仕事があるのか、どうやったらその職につけるのか考えたものです。でも、どんな職種の人が、どんなことをやっているかは結局よくわからなくて。
そこで、映画界における仕事と、その仕事の就き方について取り上げたいと思っています。
その1つとして、現在公開中の『エンパイア・オブ・ライト』(サム・メンデス監督作)のプロダクションデザインを担当したマーク・ティルデスレー氏に話を伺いました。
「プロダクションデザイナー」は解決策を提案する仕事

——あまり馴染みのない職種ですが、プロダクションデザイナーとはどんな仕事ですか?
マーク・ティルデスレー氏(以下、マーク):映画をつくるためには、アイデアを出し、脚本に落とし込みますよね。それを1つひとつビジュアル化する仕事と言えば良いでしょうか。
たとえば、以前イギリスのホラー映画『28週後…』に参加したのですが、誰もいないイギリスの街から幕を開ける作品だとの表現に関する指示がありました。
とはいえ、人が消えたイギリスの街なんて簡単にはつくれません。そこで、セットを組み立てれば良いのか、ロケーションを探してくれば良いのか…といったふうに、映像化するための解決策を提案する。そうしたことが私の仕事です。

マーク:ロケーションに限らず、登場人物の性格を理解して、「この人ならどういう生活をしているのか」を想像しながら、家や小物を揃えるのもプロダクションデザイナーの仕事です。
たとえば、今作の『エンパイア・オブ・ライト』の場合、映画館で働いている主人公のヒラリーはどんな家に住むのか、どんな服を好んで着るのか、どのメーカーの歯磨き粉を選ぶのか——1つひとつの要素を考えて、まとめ上げるイメージ。

マーク:世界観をつくる仕事なので、社内のほかの部署との連携も重要です。
たとえばVFX(Visual Effects(視覚効果)の略称)チームが建物を破壊するCG映像をつくるとして、どんな見せ方になるのかは把握しておかなければなりません。作業に具体的な口出しをするわけではなく、見え方やデザインに関してはこちらが押さえておく、という感じです。
VFXチームに限らず、乗り物がたくさん出てくるなら「アクション・ビークル」と呼ばれるチームとも密に連携を取ります。
私が所属するチームのディレクターたちはそれぞれ担当するセットがあり、そのセットづくりに従事する人たちがさらに大勢います。作品によっては、私の部署のスタッフは数百人規模になることも。
数年前に『007』シリーズの作品を制作したときは、6〜7カ国を跨いで撮影したので、それぞれがどんなアウトプットをするのか、把握するのに一苦労でしたよ。

——映画はさまざまな工程を経てつくられるので、参加するタイミングが仕事によって異なりますよね。プロダクションデザイナーはどのタイミングで関わりはじめるのですか?
マーク:先ほどからお伝えしている通り、プロダクションデザイナーは世界観を構築する仕事。そのため、映画製作がはじまったばかりの段階から参加することになります。

——プロダクションデザイナーの仕事の魅力を教えてください。
マーク:自分で世界観を構築できることはもちろん、何1つとして同じ映画はないから、携わる映画によっていろんな場所に行けたり、異なる文化に触れられたり…豊富な経験を積めるのが好きですね。監督の好みやこだわりで、アプローチの方法が変わることもあります。
プロダクションデザイナーになるために必要な覚悟

——プロダクションデザイナー志望者がいたとして、どんな学歴や経歴があると良いのでしょうか?
マーク:いろんなやり方がありますよ。ただ、大前提として“良いアイデア”を持っていることが重要です。アートカレッジに通うのも良いでしょう。ファインアートやスカルプチャー(彫刻)を学ぶのも良い。
プロダクションデザインとは、大きなスカルプチャーを組み立てるようなものだと考えることもできます。建築の分野からやってくる人も少なくありませんよ。絵画やエンジニアリングから参入したりなど、本当にさまざまです。
世界観を構築したい、小道具をつくってみたいと考えている人は、いろんな分野にいるのだと思います。
私に電話をかけてきて、「仕事をもらえないか」と聞いてくる人も中にはいます。この仕事の経験が全くなくても、「アシスタントとして雇ってほしい」とアプローチがあるなど。
——いわゆる“弟子入り”のような仕事のもらい方があるのですね。
マーク:必ずしもポジションが空いているわけではないのですが。でも、この仕事に就きたいのなら諦めずにコンタクトをとり続けてほしいとは思います。

——仕事をするうえで、大変なことや覚悟しておくべきことを教えてください。
マーク:どんな仕事も大変ですが…。フリーランスなので、休みなしに5年間働き通しだったこともあれば、次のプロジェクトまでの期間が長くて不安だったこともあります。
仕事自体は楽しいので、おそらく次の仕事が決まらない空白の時間をどう過ごすのかが最も苦労する部分ではないでしょうか。
スキルや知識に磨きをかけていても、頭のどこかで次の仕事をどうしようかと不安がよぎります。その期間をリラックスして過ごすこと。それが大変なことだとは思いつつ、重要だと感じます。
『エンパイア・オブ・ライト』は全国の映画館で公開中。2〜3月はアカデミー賞授賞式前に押さえておくべき映画が続々と公開されていますが、本作はそのうちの1本。「観てよかった」との声が多く、筆者も同意見です。ぜひ、劇場でお楽しみください。
Source: YouTube(1, 2), 「映画館に行こう!」実行委員会