締め切り。

この言葉を聞くと、みぞおちに鉛の球でも入ったかのように、嫌な気分になる人は少なくないのではないでしょうか。

筆者も少し前まで、そのタイプでした。締め切りのプレッシャーが、とても苦手だったのです。

ToDoリストは活用していましたが、仕事の案件の締め切りは、曖昧なままにしておくことがほとんどでした。あるいは、過剰なくらい余裕を持った締め切りにしていました。

ですが、このやり方はタイムマネジメントの視点では失格。「パーキンソンの法則」という言葉はご存知でしょうか(参考記事はこちら)。ざっくり言えば、与えられた期間のギリギリまで仕事量は拡大するというものです。

例えば、締め切りが3日後であれば、3日後の最後の瞬間まで、その仕事に時間を費やしてしまうという心理的なクセです。たとえ、それが2日で100%の品質まで仕上げられるものであったとしても。

私たちは、締め切りという厄介な存在と、どのように付き合っていけばよいのでしょうか? 心理学の知見を交えながら探ってみましょう。

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締め切りがあったほうがメリットは大

そもそも論として、締め切りはあったほうがよいのでしょうか?

あるいは、できるだけ締め切りは設定せず、プレッシャーから自由な状況で、物事に取り組んだほうがいいのでしょうか?

この論点については、さまざまな研究によってほぼ決着がついています。

ヘブライ大学の研究によると、締め切りがあると「無駄が減り、集中力が高まり、生産性や独創性が高まる」そうです。

また、マーケティング学のある実験では、ケーキ店でショートケーキ1個がもらえる引換券を配布しました。引換券は2種類あり、その違いは引き換えの期限が3週間と2カ月であったことです。

期限が長いほうが、ケーキ店に行く機会が増えるだろうから、おまけをもらった人も多いだろうと思いきや、結果はその逆でした。3週間期限の引換券だと約3割が引き換えた一方、2カ月期限の引換券では6%しか引き換えられなかったのです。

タイトな締め切りがあったほうが、ご褒美への意識が高まるということです。

今度は行動経済学の実験を紹介しましょう。この実験では、大学生に対し学期中に3本のレポートを提出するよう伝えました。いずれのレポートも期限は学期末です。

ですが、学期末まで待たなくても、各自締め切りを設定した上で、いつ提出しても構わないというルールを設けました。その締め切りは厳守で、1日遅れるごとにわずかに減点されます。

また、一部の学生に対しては、1本目は4週間後、2本目は8週間後、3本目は12週間後と強制的な締め切りを課し、また別の学生のグループには3本とも学期末に締め切りを課しました。

自由設定のグループについては、早く仕上げたところで特典はないし、遅れるとペナルティーしかないので、普通であれば3本とも学期末に締め切りを設定すると思われるでしょう。

しかし、そうした学生はごく一部にとどまりました。その設定では、学期末にすら間に合わないだろうと、学生たちは想定したからです。

さて、学期末が来て採点をしたところ、一番成績が良かったのは各レポートについて4、8、12週間と強制的な締め切りを設定したグループで、一番成績が悪かったのは3本とも学期末に締め切りを設定したグループでした。

興味深いのは、締め切りを自由に設定させたグループです。3つの締め切りを強制設定したグループには劣りましたが、思ったほどには成績は悪くはなかったそうです。

この実験からわかるのは、最終的なデッドラインは設けつつも、その途中で(やや厳しめの)中間的な締め切りを設けることの重要性です。こうしたほうが、人間はモチベーションが続きやすく、質の高い成果物につながるのです。

中間的な締め切りを設定し、面倒な確定申告を速やかに終わらせた

筆者も、中間的な締め切りの効果を体感している1人です。あまり気が進まず、手間暇のかかるタスクは、たいていこの締め切りを設定しています。

その1例が確定申告。フリーランスにとって大事なイベントである確定申告は、提出期限が2月中旬から3月中旬と定められています。

筆者は、当初は経費・売上が発生するたびに帳簿に付けていました。ですが、3年ほど前から1年分の領収書や納品書をためておき、2月に入って一気に作成するという方法に切り替えています。

最終的な締め切りに設定したのは、確定申告の受付開始の初日となる2月中旬。受付最終日の3月中旬としないのは、(帳簿データも消失するといった)不測の事態を見込んでのこともありますが、「早めに済ませてスッキリしたい」というのが大きいです。

これ、意外と重要です。「スッキリしたい」というのは、強力なモチベーションになるからです。

さて、確定申告の取り掛かりは2月の初旬からですが、細かい中間的な締め切りを設けます。例えば、以下のようなイメージです。

  • 2月3日までに控除書類など目を通し、問題ないかチェック
  • 5日までに請求書の束を交通費、雑費、水道光熱費などにジャンル分けする
  • 7日までに経費の入力を済ます

要するに、細かいタスクに分け、かつそれぞれについて、締め切りを設けるわけです。

小さな個々のタスクの締め切りが、確定申告という巨大なタスクの「チェックポイント」となり、それらを1つずつクリアすることで、「小さな成功」を味わい、モチベーションを維持することができます。

遅れずにチェックポイントを達成するごとに好きなものを食べるといった、ご褒美を設定してもよいでしょう。

「気が進まないけれど、絶対やらなくてはいけないこと」を、ギリギリまで放置するのは心の毒です。その悪習慣を続ければ、締め切りがあるものをみな嫌悪するようになり、アウトプットの質も下がってしまうでしょう。

気を付けるべき「単純緊急性効果」とは

ジョンズ・ホプキンス大学のマーケティング学の研究では、学生たちに対し、商品の感想文を書いてもらう実験を行ないました。感想文を書いたら、ご褒美としてチョコがもらえます。

ご褒美には2つのコースがあります。一方は、10分以内に書いたらチョコを3つもらえます。他方は、24時間以内に書いたらチョコを5つもらえます。

普通であれば、どう考えても後者のコースを選ぶはずです。ですが不思議なことに、実験参加者の3割は、締め切り期限が厳しい上に褒美の少ないチョコ3つのコースを選んだのです。

これは「単純緊急性効果」と呼ばれるものです。人間には、最終的な損得はどうであれ、緊急性の高いことに取り組もうとする習性があるのです。

何か大掛かりなタスクやプロジェクトを抱えているときは、単純緊急性効果には要注意です。

朝の仕事の開始時に、「至急」と判断した(実は緊急度は高くない)メールや依頼事など細かいタスクに対応しているうちに、その日が終わって「今日はめちゃくちゃ忙しかったのに、何も進んでないのはどういうわけだろう」と自問したことはありませんか?

いくつも思い当たるのであれば、単純緊急性効果の罠にはまっている可能性大です。

その対策としても、チェックポイントは有効です。まず、重要度の高い大きなタスクやプロジェクトを切り分け、その一部を今日の仕事のスタートとともに最優先で取り組むのです。

それが終わってから、メールチェックや同僚からの相談といったことに対応します。チェックポイントを1つ終わらせた達成感と、こまごましたことを済ませた達成感を一挙両得し、日々のモチベーションにつながります。

参考文献: 『締め切りを作れ。それも早いほどいい。』(クリストファー・コックス著、斎藤栄一郎訳、パンローリング刊)