よりよい人生、よりよいキャリアを望むなら、今避けて通れないのが「リスキリング」。ただ学び直すだけでなく、変化の激しいこの時代に必要とされ続けるために新しいスキルを身につける、いわば「自分自身をアップデートする」ことです。
そのためには、自身が現在持っているスキルや経験を見つめ直し、その価値を高める分野を見極めて学ぶこと、つまり「リスキリング戦略」も重要になってきます。
学び方自体も書籍やセミナーだけでなく、SNSやオンライン講座はもちろん、さまざまなテクノロジーを活用した「新しい学び方」が広がりつつあります。この特集では、「自身の価値を最大限に深化させる学び方」をご紹介します。
第3回にご登場いただくのは、1988年にリクルートに入社して以来、人材事業のメディアプロデュースに従事し、現在はHR統括編集長と『リクナビNEXT』編集長を務める藤井薫さん。
転職市場で企業と個人の関わりはどのように変化しているのか、そのなかでビジネスパーソンはどのようにリスキリングを捉えていけばいいのかを伺いました。今回は前編です。
▼後編はこちら
企業の8割以上が人材獲得に満足していない
就職・転職市場のエキスパートとして、個人と企業の「働く」に対する潮流を調査・分析する藤井さんがまず紹介してくれたのは、「中途採用計画を満たせていない企業は8割にものぼる」というリクルートの調査結果(2022年度上半期 中途採用動向調査)。
つまり、実に8割の企業は人材が欲しいのにもかかわらず、思うように採用できていないということ。一方で、自分の能力が生かせる転職先を見つけられないというビジネスパーソンの声はよく耳にします。なぜ両者のマッチングはうまくいっていないのでしょうか。
それには、企業の求める人材像や採用事情の変化が大きく関わっているようなのです。
VUCA時代、企業は大きな変化を強いられている

これまでの常識を覆すような社会変化が次々と起こるVUCA(ブーカ)*時代のなかで、企業も変化を余儀なくされています。
「昨日までは野球をやっていたけれど、明日からはサッカーのルールでやる」というぐらい、大胆に組織ケイパビリティ(企業や組織の総合的な能力)を変えていかなければ、企業は存続すら危ぶまれると言っても過言ではありません。(藤井さん、以下同)
たとえば観光業ならインバウンド需要への対応、飲食業ならデリバリーサービスへの対応、そして自動車メーカーならEVや自動運転への参入というように、業界を問わずにさまざまな企業がビジネスモデルやサービスプロセスの転換、新規事業参入など、従来とは異なる領域への方向転換を強いられています。
そうなると、足りなくなるのは人材です。
人材不足は企業にとって死活問題。そこで企業は社内人材のリスキリング(能力の再構築)をして育て、足りない部分を社外から採用するという、内の人材育成と外からの人材獲得の二刀流の施策を必死に推進しているのです。
リスキリングとは、もともと「組織が従業員に新しいスキルを再習得させるもの」であることは、特集の第1回でもお伝えした通りです。
*VUCAとは:Volatility=変動性、Uncertainty=不確実性、Complexity=複雑性、Ambiguity=曖昧性の頭文字から、未来が予測困難なことをあらわす言葉。
異業種・異職種での採用は増えている
企業が人材獲得に必死になっているならば、転職を希望する人は、なんとかその求人している新たな成長機会に入りたいもの。実際に企業が求めているのは、どのような人材なのでしょうか。
変化していこうとする企業が欲しいのは、変化に向き合い、共に変化を起こしていける人。構造的な人材不足のなかで、企業も人材要件(欲しい人材像)を変え、異業種や異職種からの採用も増えています。
藤井さんのその言葉を裏付けるのは、リクルートエージェントの転職決定者数の内訳。2020年の転職者数の内訳は、最大ボリュームが業種や職種を越境して転職した人だったそうです(『リクルートエージェント』の転職決定者分析(2009~2018年度)より)。
考え方を変えれば、挑戦してみたかった業種や職種に入りやすい時代といえるのかもしれません。
リクルートの調査では、多くの企業が「これまでの人材要件を全面的に変更した」「これまでの人材要件のうち、重視する項目を絞り、新しい観点の項目を加えた」と答えています。
この人材要件の変化に自分の能力をあてはめることができれば、転職の壁は低いものになりそうです。そのために、個人も考えたいのが「リスキリング」。
個人のリスキリングというと、ビジネス英会話や表計算の本を手にとったり、マネジメントの講座を受けたりと、就職・転職に有利そうなスキルを磨こうとしがちですが(もちろん悪いことではなく、むしろ素晴らしいのですが)、採用に結びつけやすいスキルを考えるなら視点を変えてみるといいようなのです。
次回後編では、採用につながるスキルとその見つけ方を藤井さんに教えていただきます。
▼後編はこちら
藤井薫(ふじい・かおる)

HR統括編集長。『リクナビNEXT』編集長。1988年リクルート入社以来、人材事業のメディアプロデュースに従事。TECH B-ing編集長、Tech総研編集長、アントレ編集長、リクルートワークス研究所Works編集部を歴任。リクルート経営コンピタンス研究所兼務。デジタルハリウッド大学/明星大学非常勤講師、情報経営イノベーション専門職大学客員教授、千葉大学客員教員。厚生労働省・採用関連調査研究会の委員歴任。著書に『働く喜び 未来のかたち』(言視舎)。