世代・国を超えて人を見れば、自分を鼓舞する力が湧いてくるはず

——現状では、そこまでの危機感を感じて学びに取り組んでいる人は、ごく一部かもしれません。

時代が変化しても、個人が持つモチベーション自体はそれほど変わっていないのが現実です。

自分から勉強し直したいと考える人はいつの時代も一定数いますし、近年は学びに積極的な人が増えている傾向があるとは思いますが、「リスキリング」の取り組みの後押しで一気に爆増したわけではありません。

でも、今はインターネットで世界がつながり、世界中の人々が競争相手になる時代。だからこそ、世界を意識して主体的に学ぶことが必要なのですが、日本はそういった土壌が育ちにくい環境かもしれません。

実際、働くことに対してそこまで努力しなくても、日本ではそれなりに生きていけるケースが多いですし、食事もおいしくて、衛生環境も整っています。もし貧困に陥った場合のセーフティーネットも比較的充実しているのではないでしょうか。

これらは良いことではある一方、マイナスからプラスに向かうために自分を鼓舞する力が働きづらい部分を担ってしまっているのかとも感じています。

——「とりあえずどうにかなる」ことは多いけれど、その環境に甘んじていてはいけないと?

そうですね。すでに30歳を迎えてしまった私自身が特に脅威を感じるのは、若い世代の人たちと話している時、そして海外の若者と話している時です。

彼らと会話していると、学びやスキルの獲得が5年、10年の単位で前倒しになっていることを感じます。つまり、自分が25歳の時にできるようになったことを、15歳の人ができる時代になっているんです。

その人が20歳になり、新しい価値観をどんどん獲得して学んでいる間に、自分が何も学ばず成長しない人間になっていたら、彼らがつくった技術を使いこなすことすらできないのではないか——。40代でも十分「老害」になってしまうのではないか、という不安も感じます。

若者だけでなく、海外の人と話していても、同じようなカルチャーショックを感じることがあります。

自分の世代や、日本国内だけに閉じこもって考えるのではなく、その外側の世代や国・地域に目を向けることで学びの必要性も自然と感じるようになるのではと思います。

まずは20時間踏ん張れ。すると、世界が変わりはじめる

——一言に「リスキリング」といっても幅が広いと思いますが、そのなかでプログラミングを学ぶことのメリットは?

プログラミングに対してハードルが高いイメージを持っている方も多いかもしれませんが、日本語を母国語とする方であれば、英語は義務教育で馴染みがありすぎるので除くとして、中国語、フランス語など第二言語を学ぶときとさほど変わりません

まったく知らない異国の言葉を0から学びはじめたとしても、現地に向かうフライトの機内で2時間くらい予習すれば、誰でも挨拶はできるようになります。20時間くらいもすれば旅行の様々なシチュエーションは十分。

100時間くらい勉強すればその国の歴史を含めて、言語ごとに特有の品詞の考え方や、発声、文法についてなどの全体像が見えてきて、その後、次に何をやるべきかという「学習ロードマップ」もぼんやり見えてきて、簡単な会話程度はできるようになっているはず。

プログラミングも同じ。いざやってみようと本を買って読んでみて、2時間でやめてしまえば「難しい、習得できなかった」で終わってしまいますが、100時間程度まで学び続けると、その仕組みがどうなっているか、仕事でどう使えるのか、次の100時間は何を勉強すべきなのか。自分の中で想像ができるようになり、見えてくる世界が大きく変わると思っています。

そしてプログラミングは、主体性をもって100時間である程度のところまで学べるもののなかでは、かなりコストパフォーマンスやタイムパフォーマンスの高い分野だと思っています。

100時間学んだあとは、日常生活で触れるいろいろなものに対して、「これはどうやってできているんだろう」と考える視点が生まれ、世の中を見る目が変わるはずです。アルゴリズムという問題解決の考え方、リレーショナルデータベースという目に見えない情報の操作、特に僕がすすめるのは、計算機科学を考えるうえで最も基礎となる単位、1ビット(情報を0と1で表すこと)の考え方が根付くときにもたらされる、人間性への示唆です。

そういった新しい価値観を身につけ、自分の思考回路が変わっていく体験ができることが、プログラミングを学ぶ魅力だと思っています。

——とはいえ、挫折せずに100時間学び続けるのは大変なことだと思います。学びを継続するためには何が必要なのでしょうか?

私は、プログラミング学習は楽器の習得に似ていると思っています。

独学でプログラミングができるようになる人と、独学でなにか楽器をやって一通り演奏できるようになれる人は同じくらいの比率になるのではと考えています。楽器をやったことがある受講生に話すと、「うんうん」と共感してくれることが多いです。

大人になってから改めて楽器をはじめようとすると、しっかりと続ける目的意識が必要です。楽器であれば、好きなアーティストの曲をカバーして弾きたいなどの理由になるかもしれません。シニアの方の脳トレは除くとして、なりたいイメージがないのに、楽器の習得練習を継続して続けるのは難しくないでしょうか?

プログラミングに関しても、学ぶための目的意識は不可欠です。一番明確で成功につながりやすいのは転職のためにスキルを身につけるをことですが、そうではない場合も「なんとなくスキルアップしたい」「このままだと不安だからリスキリングの一環として学びたい」だけでは、継続しにくいでしょう。

そのためには、自分にとってプログラミングができるようになった時の世界を具体的にイメージすることが必要。もし、最初の時点で具体的な目的が見つけられない場合は、「とりあえず20時間は絶対に諦めない」と決めて、時間を測りながら取り組んでみることをおすすめします。

目的が見つからない状態で学びはじめたとしても、20時間程度続けると微かに点と点がつながりはじめる瞬間が来るのです。20時間というのは、新しいものに挑戦するうえで計画的にやるには意外と長いのですが、夢中になるとあっという間に過ぎてしまう時間です。すると、自分が本当に興味を持って取り組み続けられるのか、あるいはあまり向いていないのか、ということが見えてくるはず。

続けられそうだと感じたら、次は100時間を目指し、価値観が変わる体験をぜひしていただきたいと思っています。

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新しいことを学び続けた先に見えてくるもの
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