「会議で意見を無視する上司」「資料作成がいつも遅れる部下」「決めた約束事を守らない家族」など、自分の期待を裏切る人にはどう対応しているでしょうか?
おそらく、「何も言わず黙っている」か「イラついた態度で問題点を指摘する」という対処法をとる人が多いでしょう。
これには、「言わないでも自然に解決するかもしれない」、あるいは「嫌みの1つでもぶつければ次回から改善される」という気持ちが根底にあると思います。
でも、それで効果がなかったり、相手が気を悪くして、よそよそしい関係になってしまった経験は誰しもあるはず。
コミュニケーション不足にならない対話術

こうした難しい問題を解決に導くのが、今回紹介する「クルーシャル・アカウンタビリティ」です。
クルーシャル・アカウンタビリティとは、「重要な対話において果たすべき説明責任」という意味合いがあります。
問題を抱えるメンバーに安心感を与え、行動を促すノウハウであり、関係を害することなく日常的な問題を解決するツール。コミュニケーション不足の根本的に解決に役立つ対話術です。
同名の著作『クルーシャル・アカウンタビリティ』(パンローリング刊)に、その実践法が記されています。
厚い本ですが、カウンセラー向けの難しいテクニックではなく、誰でも会得できる対話術で、米国ではロングセラーです。
今回は、本書からそのエッセンスを一部紹介しましょう。
「沈黙」にもコストがかかる

人はしばしば、問題があっても沈黙で対処しようとします。特に相手が、上司のような目上の立場の場合は、あとあとのことを考えると黙っていたほうが良さそうに思えますね。
それで、気持ちが鎮まるならいいのですが、もしイライラが収まらないとしたら?
本書の著者たち(5人の共著)は、「抑えつけた感情は、必ず不健全なかたちで表面化する。口では言わなくても、態度に出てしまうのだ。」と警告し、次の例を挙げています。
母親と29歳の息子が一緒にディナーをとっているとする。
息子が母親に「あごにラザニアがついているよ」と教えると、母親はこう答える。
「あら、そう。私があなたの年だった時には、仕事を2つもかけもちしていたわ。」母親が何を思い悩んでいるかがわかるだろう。(本書55pより)
また、沈黙のコストを低く見る、あるいは、話し合うコストを誇張しがちになるという問題もあります。
これは、「世の中とはこういうもの」というあきらめや、口に出せば罰せられるのではないかという恐れなどがあるためですが、その点についてもよく考える必要があると著者は指摘します。
3つの要素から、正しいストーリーをつくる

本書では、あるソフトウェア開発会社の例が記されています。
それは、プロジェクトの最終工程でソフトにバグが見つかり、経営陣は検査部が手抜きをしたと考え、検査部との間で激しい言葉の応酬が開始されるというもの。
実際は検査部に落ち度はなかったかもしれません。しかし、過去の経緯から経営陣は、見聞きしたことに基づき「ストーリー」を組み立て、怒りをみなぎらせました。
この種の「最悪のストーリー」は、相手を「悪党」とみなすことにつながってしまいます。これでは問題は解決しません。
そうではなく、著者は「より完全で正確なストーリーを組み立てる」ようアドバイスします。
相手だけでなく状況も見て、「この行動に影響を及ぼしている要素はほかに何があるだろうか。何がこの行動につながったのか。」などというふうに、幾つかの影響要素をふまえて多角的に判断していくことが必要です。
影響要素には、以下の3つがあります。
- 個人的要素(当人の意欲や能力が足りなかったか)
- 社会的要素(他者が当人の意欲や能力に影響したか)
- 人的要因以外の組織的要素
それらの要素を吟味して、正しいストーリーをつくります。
先のソフトウェア会社の例で、影響要素を考慮すると、プログラマーが最新版の検査用ソフトに不慣れで、しかもマニュアルが入手できていなかったことが、最終工程での不具合につながった、という事実が見えてきます。
経営陣は、検査部に意欲がないとみなして責めましたが、これではこじれるばかりでしょう。
対話では相手を安心させる
正しいと思えるストーリーを構築できたら、いよいよ相手との対話になります。
これが、前向きな結論へとたどり着けるか、それとも険悪な方向に進むかは、対話の序盤で決まるそうです。
ここで大事なのは、「まずは相手を安心させる」。
それには、相手を尊重し、互いに共通の目的を持つ(目指すゴールは同じ)点に留意して話を進めることです。たとえば以下のように。
「成績を上げるために君が頑張っていることはよくわかっている。その努力は十分に認めるし、君の進歩には満足しているよ。ただ、もっと楽にレベルアップするための方法を教えたいんだ。」
「もしかまわなければ、この前の決定についてちょっと話し合いたいんですが。私たち双方にとって快適な方法を相談できればと思っています。」 (本書128、130pより)
そのような出だしに続いて、「プロセスを共有」します。
これは基本的に、見聞きした事実を相手にそのまま伝えることです。それから、「あくまでも仮説として」ストーリーに入ります。
その際も、相手の安心感を崩さないようベストを尽くし、自分のストーリーが間違っている可能性もあるというフェアな姿勢を保ちます。
最後は、簡単な質問で終わります。「いったいどういうつもりだ?」でなく、「結局、何があったの?」という聞き方で、相手の考えに耳を傾けます。
意欲の欠如が原因だったら?
こちらからの質問に対して、「実は仕事に興味が持てないんです。何を大騒ぎしているんですか? そこまでしてやる価値があるんですか?」といった返答があれば、どう対処すべきでしょうか?
つまり、本人に意欲がないのが根っこにあることが判明したわけですが、今度は意欲を持ってもらうには、という課題が出てきたわけです。
これに対する解決の秘訣は、「成り行きに目を向けさせる」。もし、このままだとどうなってしまうかを、相手が理解できるよう手助けするわけです。
たとえば、2度のバイパス手術を受けていながら過食が止まらない配偶者との会話だと、以下のようになるでしょう。
ねえ、このままの食生活を続けていたら、僕が1人で子育てをしなくちゃいけなるかもしれないよ。君も子どものことは心配でしょ? どう思う?(本書172pより)
これは、成り行きに注目させつつ、相手の大事にしている価値観(ここでは子ども)とリンクさせる効果的なやり方です。
ほかに「長期的な利点に焦点を当てる」「目に見えない被害者を紹介する」といったコツが例示されています。
能力不足が原因だったら?
本人に意欲はあっても、能力に不足があって、こちらの期待どおりの結果が出なかった場合はどうすべきでしょうか?
本書の答えは単純明快で、「相手と一緒になって見えない壁を探し、それを取り除いてやればいい」です。
ただし、幾つかの留意点があります。
その1つが「すぐにアドバイスを与えない」。
「この問題を解決するにはどうしたらいいと思う?」などと、相手に解決策を考えてもらうのです。
こうすれば、そのタスクのやり方への理解が高まります。時にはブレーンストーミングも有効ですが、逆に誘導尋問のように自分の意見を押し付けるのはNGです。
そして、一緒に考えるもう1つのメリットは、相手がそのタスクを解決しようという意欲も湧いてくること。そのため、相手の能力とともに意欲も高める努力が、本書では推奨されています。
以上、簡単に「クルーシャル・アカウンタビリティ」の要点を紹介しました。
本書ではこれ以外に、対話の途中で新たな問題が発生した時の対処法、事後のフォローアップの仕方など、複雑な問題を巧みに解決するための処方箋が網羅されています。
単なる理論にとどまらない、対人問題の実践的な手引きとしておすすめの1冊です(なお、同書の前篇として米国で400万部のベストセラー『クルーシャル・カンバセーション』があります)。
──2020年9月9日の記事を再編集のうえ、再掲しています。
執筆: 鈴木拓也/Source: 『クルーシャル・アカウンタビリティ』(パンローリング)