先日、医療センターを訪れた時のこと。受付デスクの上の照明がちらついていて、それが気になって仕方ありませんでした。そのちらつきは止まることがなく、せわしない待合室に強烈なストロボライト効果をもたらしていたのです。
私が「こんなところじゃ、仕事しにくいでしょう」と声をかけると、受付の女性は「上司が無頓着なもので」という返事が返ってきました。
たいして時間もかからないし、私が椅子にのぼって、ちらつく蛍光灯の電源を切ってやろうかとも思いましたが、余計なことをすると怒鳴られるのではと思い直しました。その日の診療予約をどうしてもふいにしたくなかったのです。
翌日、経過観察で再び医療センターを訪れると、すべての照明が消され、受付の女性は暗がりに座っていました。それでも仕事はできますが、今度は別の問題が発生します。暗くて書類が見えにくいのです。
「照明がちらつくぐらい、騒ぐほどのことでもないのでは?」と思えるかもしれません。
けれども私には、この受付の女性の反応と、蛍光灯を修理するのではなく、照明を完全に消してしまうというセンター側の対応が、より大きな問題を象徴しているように思えてなりませんでした。
どこの会社も、優れた人材を見つけるのに苦労しています。にもかかわらず、ようやく優秀な人材を雇っても、会社は従業員を十分にケアにしているとは言えません。
私たちは2022年を、適応速度の上げ方を学ぶことに費やしてきたような気がします。大退職時代から大再編時代へ、大応募時代から「静かな退職」現象へという、変化の波についていくのに必死でした。
だとしたら、2023年の大半は、どうすれば社員をもっとケアできるかという問題に本格的にフォーカスすることになるかもしれません。たとえ、椅子にのぼって照明を時々修理することになるとしても、です。
このことを頭に入れて、私が思う来年の注目トレンドを4つ、一緒に見ていきましょう。
会社は社員のウェルビーイングに対して責任がある
リーダーの多くは長年、業績アップへと導くことが自分の役割だと考えていました。もっと売上を伸ばし、もっと利益を上げ、もっと成長することこそが、自分の役割なのだ、と。
ところが、たとえばアメリカ公衆衛生局長官は2022年10月、「有毒な職場」は、そこで働く人々の心身の健康に害を及ぼすと警告を発しました。そんな今、リーダーに求められるのは、社員のウェルビーイングについて積極的な対策を講じる姿勢です
企業はもはや、社員に対して、ジムの会費を負担したり、ファイナンシャルアドバイザーを紹介したり、マインドフルネスアプリの利用をすすめたりするだけでは十分ではありません。
社員の心身のウェルビーイングのケアにも、責任を持たなければなりません。
会社が成功するためには、変化などに機敏に対応できるフレームワークが必要です。そしてその中で、職場の毒性を排除するための選択肢がはっきりと描かれたロードマップを示さなくてはなりません。
私たちはこれまでに何度も、リーダーが組織改革を最優先すると約束しては、その目標を達成できない様子を目の当たりにしてきました。
「会社は何を改革したいのか」、そして「その改革をどう計画し実施するのか」。この2つのあいだに一貫性がなければ、改革を真に実行することはできません。
新しいかたちの「安全性」にフォーカスすべき時
テック業界では解雇の嵐が吹き荒れ、不況到来の噂もあちこちで囁かれているご時世となれば、職場で自分の身を守ろうと防御の態勢に入るのも無理はありません。
沈黙し、意見を言わず、アイデアがあっても自分の胸に留めておく――。脅威を感じた時に口をつぐむのは、自然な反応です。
そんな今だからこそ、勇気を出し、アイデアを共有し、ほかの人の意見に異議を唱えることが大切なのではないでしょうか。こんな経済情勢でも、イノベーションの必要性が消えることはなく、それどころか加速しています。
こんな風に思ったのは、つい先ごろ、我が社の最高幹部の1人が、プロダクトデモの準備のことで私に説明を求めてきた時です。その最高幹部は、気がかりな点について指摘しました。
その意見すべてに同意できたわけではありません。しかし、私は彼女の言葉に耳を傾け、そこから重要な洞察をいくつか得ました。
ここで大事なのは、彼女がその場で発言することに対して「心理的な安全性」を感じていたことです。でなければ、あのように反対意見を口にすることはなかったでしょう。
チームのほかの面々は、私とその最高幹部のあいだで飛び交う緊張感のある言葉を聞きながら、居心地の悪さを感じていたかもしれません。けれども、こうしたやりとりこそ、必要なものでした。
おかげで、私たち(そして、会議に参加していたほかの面々)は意見の相違を認識し、その中をかいくぐって前に進むことができるからです。
会議の席で、たとえ相手がCEOだろうと、安心して自分の意見を言ったり反論したりできる――。これこそが「心理的な安全性」と呼ばれるものであり、会社が育むべき大切な文化の1つです。
現在の経済情勢では、あらゆるレベルの社員が、人間関係のリスクにできるだけ手を出さないよう注意している可能性があります。だからこそリーダーは、こうした安心感をつくり出すためにいっそう努力しなければなりません。
遠慮せずに反対意見を出すよう促しましょう。意見を率直に述べてほしいと声をかけましょう。
そして、私がメディカルセンターで目撃した状況の「逆のこと」をしましょう。蛍光灯を交換するために社員が立っている椅子がぐらぐらしないよう支えるのです。
違いを尊重するだけでなく、違いを受け入れる体制づくりを
企業の人材戦略というものはたいてい、どんな社員でも、世界の見方やモチベーションの源という点ではさほど大きな差はないという考えに基づいています。
しかし、神経科学が示しているように、人間の脳はすべて、それぞれ独自の方法で世界を処理しています。一卵性双生児でさえ、まったく同じ経験に対して、まるで異なる神経学的反応を示すことがあるほどです。
なぜなら、脳の大まかな構成やニューロンの配置を決めるのは遺伝子ですが、人間の反応をかたちづくるのは、生涯を通じて得る環境と経験だからです。まったく同じ脳が2つと存在しないのは、そのためなのです。
この特徴を言い表す広義語が「ニューロ・ダイバーシティー」です。「ニューロ・ダイバーシティー」という言葉は、大きく異なる認識能力を持つ人々、たとえば自閉スペクトラム症の疑いがある人々に関連して使われることもあります。
さまざまなニーズを抱える人々に対するアクセシビリティーの重要性を軽んじる意味はまったくありませんが、この言葉には、どの会社、どの社員にも関係する、もっと大きな問題が含まれています。
それは、それぞれの脳がすべて、情報を違ったやり方で処理するという問題です。
職場環境においては、ニューロ・ダイバーシティーを理解して受け入れることが、求人や新人研修、勤務評定、日々のコミュニケーションなど、企業慣行の全域に大きな影響をもたらします。
だからこそ会社は、社員の認識能力の違いを尊重し、誰もが自分なりの方法で働けるようにしなければならないのです。これを実現するための方法の1つは、プロセスに織り込む自律性を増やすことです。
新人研修を例にとってみましょう。
書類を読むのが得意で、5日間ぶっ通しでも大丈夫な新人もいます。メンターと週に一度会うことを希望する新人もいれば、なるべく多くのチームメイトと会話をしたいと望む新人もいます。
全員に同じプロセスを用意したり、社員のニーズを推測したりするのではなく、彼らに選択肢を与えましょう。そうすれば、自分の脳に一番合った方法を本人が選ぶはずです。
これを「冒険を自分で選ぶ」1つの形態だと考えて、どんなタイプの脳もそのニーズに合わせて活動できるようにしましょう。
「集団的トラウマ」の回復期にある私たち
私たちはこの3年間、強烈な体験を集団でくぐり抜けてきました。その強烈な体験とは、実にさまざまな意味で私たちの安心感を妨げたパンデミックです。
警察による暴力や大量殺人といった繰り返される悲劇、ウクライナでの戦争、アメリカの首都での暴動…。こうした長引く個々の体験が積み重なっていくなかで、私たちは「集団的トラウマ」と呼ばれるものからの回復を試みてきました。
集団的トラウマは、トラウマに対する即時の身体的反応だけにとどまりません。そこには、私たち全員が体験したことの意味を理解する手段として、話し合ったり回想したりするトラウマ的出来事の記憶も含まれます。
これによって燃え尽き症候群が悪化し、メンタルヘルスの評価が困難になったことで、多くの人が自分の人生で大切なものを考え直すようになりました。
これが職場でどのような意味をもつのかというと、リーダーとして、社員として、人間としてのニーズが、トラウマを受けたあとのコンテキストにおいてどう変化しうるのかを理解しなければならないということです。
比較的最近の出来事に対する反応と、繰り返されるトラウマや長引くトラウマに対する反応とでは、まるっきり違うこともありえます。
また、研究結果が示しているように、集団的トラウマからの回復時には、何らかの脅威を身近に感じ取ると、過度に身構えます。そしてこうした反応は、ごく限られた地域における天気と同じように、頻繁に変動します。
町の一部地域では雨が降っていて気温もぐっと低いのに、そこから10kmしか離れていない地域では晴れていて暖かいといったことがあるように、さまざまな出来事や会話に対する反応も、話題になっているトピックや、関係している人間によって変化するということです。
だからこそ、さまざまなタイプのトラウマへの対処法を理解し、そこに十分なリソースを注ぐことが、会社にとっては重要なのです。
南オーストラリア大学の研究グループが2022年5月に発表した論文には、次のように書かれています。
すべての人の健康ならびにウェルビーイングを促進し、最大級のリスクにさらされている弱者を守るうえで、トラウマをもつ可能性に配慮したトラウマ・インフォームド・ケア(TIC)がかつてないほど重要になっている。
私があのメディカルセンターを訪れてから数週間が経ちましたが、今も時折、あのチカチカする蛍光灯が気になっています。
スタッフの誰かが、経営陣の無反応ぶりに愛想を尽かし、映画『リストラ・マン』よろしく、その場で辞表を叩きつけたかもしれないと想像したり、受付係はいまだに暗がりの中で働いているのではないかと気を揉んでみたり。
2023年を迎えようとしている今、私たちリーダーが、何を差し置いてもできることとは、職場で発生した小さな問題をきちんと解決し、社員をケアするという、当たり前とも言える姿勢をはっきりと示すことかもしれません。
Source: HHS.gov, Neuro Leadership(1, 2, 3), Frank Diana, Harvard Business Review, Trends in Cognitive Sciences, National Library of Medicine(1, 2, 3), Harvard Health Publishing, Disability:IN, Wiley Online Library
Originally published by Fast Company [原文]
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