メタバースによってリアルとバーチャルの境界線があいまいになることで、ビジネスのあり方や個人の働き方はどう変わっていくのかを探っていく本連載。
インタビュー第4回は、東京大学生産技術研究所の特任教授で、建築や都市空間のデジタルツイン化に関連する技術の研究開発に取り組みながら、NOIZで建築家としても活動する豊田啓介さんと、KDDI事業創造本部 副本部長 兼 Web3事業推進室長 兼 LX戦略部長で「バーチャル渋谷」の開発を指揮した中馬和彦さんが登場。
Metaverse Japan代表理事の馬渕邦美さんをファシリテーターに、メタバースやデジタルツイン(※)が広がることで起こりうる変化について、同会理事でもあるお二人に議論していただきました。
※リアルな街や空間をバーチャル空間にも再現し、相互にデータを共有する技術
メタバースをビジネスとして成立させるためには?
馬渕邦美さん(以下、――):現在はまだ一般の人がメタバースを十分に使いこなしているとは言えないフェーズにあると思います。そのなかで、今後企業がメタバースを事業として軌道に乗せていくには、何が必要だと思われますか?
中馬和彦さん(以下、敬称略):今は世の中の人たちがメタバースに抱いている「何でもできる世界」という期待値と、実際のビジネスとの距離感がとても大きいですよね。
メタバースをはじめてみたものの、人が集まらない、うまくいかないというケースは、「何でもできる世界で何もかもやろうとした結果、結局何もできない」という状態になっていることが多いように感じます。
でも、特定の目的に用途を絞り込めばビジネスとして収益を出せるモデルを築くことは可能だと考えています。
たとえば、私たちが取り組んでいる「デジタルツイン渋谷」では、実在のアパレルストアをメタバース空間にも作り、メタバースの店舗に訪れたお客さんをリアル店舗の店員が接客する実証実験を進めています。

洋服は色やサイズの種類が多いので、商品によっては実物を見て店員に相談しながら買いたいという人もいると思います。そのときに実店舗かECかという二択ではなく、両者のいいとこ取りができる場を用意することで、従来のECが扱えなかった商品も扱えるようになります。
スマホで店内の写真を撮ってアップロードするだけでメタバースに反映される仕組みなので、店舗側から見ればバーチャル化する制作コストなどがかからずにすみます。地理的な制約もないので、世界中から来客を見込むことができます。
これがユースケースとして成立するのは、いろいろなことをすごく割り切っているからなんですよね。目的特化で進めることがビジネスとして利益を出すためには必要だと考えています。
——メタバースやデジタルツインでビジネスとして利益を出していくために技術的な面で考えるべきことは、豊田さんから見てどんな部分だとお考えでしょう?
豊田啓介さん(以下、敬称略):プラットフォームを構築する場合、最初の段階では実店舗をスキャンしたり、センサーを設置したり、ソフトウェアを開発したりといった投資が必要になります。
でも、その初期投資を単独で回収できているケースはまれで、1の投資に対して0.3程度の回収しか回収しか見込めないことも多いんですよね。
それを回収できるようにするには、1つのシステムを複数の産業ドメインで活用できるセミプラットフォームのような枠組みが必要かなと考えています。
たとえば、デジタルツインで使っているものと同じシステムがロボットナビゲーションにも使えるし、アバターの検証にも使える、デリバリーにも車いすのナビゲーションにも使える、というようなイメージですね。
それぞれの事業での回収が0.3だとしても、5個集まれば1.5になるので回収可能という計算になります。
リアルとバーチャルの融合で「究極の効率化」が起きる
——メタバースやデジタルツインが広がることで、個人の仕事や働き方にはどのような変化が起きると思いますか?
豊田:昔は会社にリアル出社し、会社にいる間は100%会社の業務のみをしていましたが、今は自宅にいながらリモートで働くことが普通になっていますよね。
今後はバーチャルとリアル(フィジカル)がさらに混ざっていき、自分の物理的な身体の居場所と、所属先や取引先に対する価値の出し方がどんどん分散的になっていくと見ています。
自分の身体の皮膚を超えたところに自身の価値や存在がある状態が普通になり、それを前提としたアウトプットやコミュニケーションの在り方が広がっていくのではないでしょうか。
中馬:これまでの働き方やユースケースは「リアルかバーチャル」かという選択でしたが、この境界線はどんどん曖昧になっていくでしょう。
「環境はバーチャルだけど、触っているものはリアル」というように、リアルとバーチャルが混ざり合うようになっていくと思います。
そうなると、本当に生産するべきものだけを生産し、実在しなくても表現できるものは物理的に作る必要がなくなるので、「究極の効率化」が起きると予測しています。
でも、あまりに効率的過ぎる世界になると、人間は逆に感覚的なものを重視する方向に振れるかもしれませんね。
豊田:そうなると、「市民全員DJ化」みたいな状況になるかもしれません。
たとえば、私は今まで物理的なものに閉じ込められていた情報レイヤーが分解・編集できるようになると思っているのですが、最初は効率化のためにその技術が使われたとしても、ユーザーがそれに慣れてくると、まるで「情報のDJ」のように自分たちで編集して遊ぶようになる。
すると、食品の食感と香りを別々に編集して、「食感はオレンジで匂いはリンゴ」みたいなものがどんどん作られていくかもしれません。全員がクリエイターであり、ユーザーという状況になるということですね。
——働く上でのスタイルだけでなく、お金の稼ぎ方そのものが変わっていく可能性もあるのでしょうか?
豊田:現在の働き方は、まず発注元(クライアント)がいて、企業がその依頼を受けて、社員が仕事をこなす。個人事業主の場合も、発注者がいて仕事を受けるという垂直構造が基本ですが、今後はそれが崩れるケースが生まれると思っています。
たとえば、DAO(分散型自律組織)のようなコミュニティーが普及すれば、そのなかで自分がどれだけ貢献したかが評価され、それに対して報酬が支払われる構造になっていくかもしれません。
よりコミュニティー志向、成果志向になり、フラットな世の中になっていくと予測しています。
もちろん、すべてがその形式に置き換わるということではなく、従来の働き方をベースとしながら、貢献ベースで報酬を得る働き方も徐々に、ハイブリッドに広がっていくのだろうと思っています。