敬語は、知っているに越したことはありませんし、スマートに使えたらとても素敵です。けれども、敬語を使うことが目的そのものになってしまっては意味がありません。(「はじめに」より)

フリーアナウンサーである『がんばらない敬語』(宮本ゆみ子 著、日経BP)の著者は、このように主張しています。

こうした考え方を軸に本書で薦めているのは、敬語を「上下関係」でとらえるのをやめ、「内側と外側」という相手との距離感で捉える方法だそう。

マナーという観点からことばの使い方を考える際には、しばしば“どちらが上で、どちらが下か”という視点が絡んでくるものです。とはいえ、「どっちが偉いか?」を起点として考え始めたら、ことばがぐちゃぐちゃになってしまっても無理はありません。

でも、「内側と外側」とはどのような考え方なのでしょうか?

カジュアルな普段着のままでも構わない関係が「内側」の関係、ちょっとよそいきのキチンとした格好が必要になるのが「外側」の関係です。そこに上下関係はありませんから、過剰な敬語表現は必要ありません。ただ、日本語として正しい表現で、シンプルに丁寧な言葉を使えばいいのです。(「はじめに」より)

そこで、まずは“敬語の軸”となる表現だけ身につけることを著者は提案しているのです。そこから少しずつ、難しいことばを使わなくても敬語と同じ表現ができることを学んでいけばいいのだと。

こうした考え方に基づく本書のなかから、きょうは第4章「使いすぎの敬語に注意」に焦点を当ててみたいと思います。

「させていただく」は、多用に注意

当然ながら、すべての「させていただく」が間違っているわけではないでしょう。しかし、なんでもかんでも「させていただく」としてしまう傾向が近年とても多いということも否定できません。

「させていただく」というのはへりくだった表現ですから、上から目線と思われる表現を避けることができます。

それに「私は謙虚な気持ちでやっています」というニュアンスを出したくてつい使ってしまう人もいるでしょう。(175ページより)

ところが、それを耳障りだと感じる人は一定数存在するもの。著者は、そこには3つの理由があると考えているのだそうです。

ひとつは、間違った使い方も含めて、あまりに多用されていること。

ふたつめは「とにかくなんでもいいからへりくだっておこう」という、相手に対しての敬意よりも自分の保身のために使われる傾向が多く、そのニュアンスが鼻につくこと。

そしてもうひとつは、「させていただく」のサ行が摩擦音によって発音されているため、音として過剰に耳につく、という、物理的な側面です。(177〜178ページより)

そればかりか、「させていただく」に、入れる必要のない「さ」をさらに挟んでしまう人も少なくありません。

「取り組まさせていただきます」「読まさせていただきます」というように。

しかし、それらに関していえば正解は、「取り組ませていただきます」「読ませていただきます」。

シンプルに、ていねいなことばづかいをしていればいいのです。そうすれば決して上から目線にはならず、謙虚さも失われないからです。(175ページより)

「お召し上がりになられましたか?」はやりすぎ

つまり、他のへりくだった表現と重ねて使うと、二重敬語になってしまうということ。

たとえば、

「拝見させていただきます」

「お目にかからせていただきます」

「(食事を)いただかせていただきます」

などはすべて誤り。

正しくは「拝見します」または「見させていただきます」

「お目にかかります」または「面会させていただきます」

「(食事を)いただきます」または「食べさせていただきます」

となるわけです。

しかし、それでも「させていただきます」は少しくどい気がします。

そこで、

「見させていただきます」

「面会させていただきます」

「食べさせていただきます」よりも

「拝見します」

「お目にかかります」

「(食事を)いただきます」

とするべき。このほうが、はるかにスッキリします。

「させていただく」以外でも、二重敬語はよく使われがちです。敬語をがんばり過ぎてしまう人は特にそうです。

美しくなろうと思ってメイクをどんどん重ねていったら、いつの間にか基本ルールを逸脱して、美しさとはほど遠い厚化粧になってしまうのと同じで、使い過ぎ、重ね過ぎの敬語は、やはり美しくありません。(181ページより)

これは、とてもわかりやすい表現ではないかと思います。

ちなみにこれは「させていただく」関連に限った話ではなく、相手を立てることばを重ねたときにも同じことが起こるもの。たとえば食事の際の「お召し上がりになりましたか?」も、ありがちな“重ねすぎ例”。

そんなときはシンプルに、「食事はお済みですか?」とすればOK。二重敬語・三重敬語になりそうなときは、思い切って他のいいかたにしてみるのも一手だということです。(180ページより)

敬語は、がんばらなくていいのだと著者は主張しています。難しい表現はいったん忘れ、基本中の基本だけ身につけることを意識すればいいのだと。たしかにそう考えれば、敬語もカジュアルに受け入れられるようになるのではないでしょうか?

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Source: 日経BP