「メルペイを辞めなければよかった」と後悔したことも
――リアルな店舗の難しさといえば、松本さんがカフェを立ち上げてすぐに新型コロナウイルスの流行がありました。どのように乗り越えたのですか?

「KITASANDO COFFEE」をオープンして1年たたないうちにコロナ禍の波がきてしまい、オフィス需要を見込んだ出店でしたので、在宅勤務の増加で来店客も売り上げも激減してしまって、非常に厳しかったですね。
そのときは正直、「なんでメルペイを辞めてリアルな店舗なんてはじめちゃったんだろう」って、内心後悔したこともありました(苦笑)。
けれど、コロナ禍で世の中の大きな変化に直面したことで、事業の方向性を根本的に見直すきっかけになりました。
カフェ事業は継続しながらも、2021年からグッドイートカンパニーが運営する「GOOD EAT CLUB」という食のコミュニティー型ECサイトの企画開発に参画し、ECの形での飲食ビジネスに本格的に取り組むことを決めたんです。
――コロナをきっかけに「リアルな店舗×IT」から「ECサイト」へとビジネスの基盤を広げたのですね。
デンマークにnoma(ノーマ)という、世界のベストレストランランキングで何度も一位を獲得している高級レストランがあるのですが、コロナ禍の行動制限で来店客が減る中、多くの人にnomaの料理を楽しんでもらおうと、テイクアウトもできるハンバーガー店をオープンしたんです。
一人何万円もするnomaで腕を磨いたシェフたちがつくるハンバーガーが日本円で2000円程度で食べられるとあって、たちまち人気店になったそうです。
普通のハンバーガーと比べれば高いけれど、nomaの料理が予約も不要でその値段で食べられるなら、自分も喜んで買いに行くだろうな、と思いました。
そのとき、「あ、まずい」と思ったんです。コロナ禍によって、世の中のあらゆるものの「カジュアルダウン」が進んでいく、大きな流れを感じたからです。
それまでカンカクでは、キャッシュレスなどで差別化を図りながら、カフェメニューやスイーツを自分たちがゼロから懸命に開発してきました。
けれども、これからはnomaのような世界的ブランドや食のプロたちも、自分たちと同じレイヤーに降りてくるかもしれない。
「これからの食のビジネスは、本当においしいとか価値があるといった、食のコンテンツそのもので勝負ができないと、マーケティング的にほどよいものをつくっているだけでは勝てない」と危機感を抱きました。
「GOOD EAT CLUB」とのM&Aでシナジーを生む
それまで自分たちで商品開発してきて、おいしい食をつくることは一朝一夕にはできないことを痛感していましたので、食のコンテンツをどうやって強化していくか、悩んでいました。
そんなとき、グッドイートカンパニー代表の楠本修二郎が立ち上げた食のECサイト「GOOD EAT CLUB」に参画しないかという話をいただいたんです。
楠本は「WIRED CAFE」をはじめ全国80店舗以上の飲食店を経営していて、食の世界に20年以上携わり、日本中のおいしいものや生産者、シェフを知り尽くしていました。
食のプロであり、強力なコンテンツを持つ彼と、テクノロジーの領域で経験を積んできた自分が一緒にビジネスに取り組めば、より良いものが生み出せるのではないかと感じ、「GOOD EAT CLUB」への参画を決めたんです。
――「GOOD EAT CLUB」は食のECサイトとしてどのような特徴があるのですか?
日本中の生産者や作り手によるおいしい食を購入できるコミュニティー型のECサイトです。コンセプトとして “Tabebito(タベビト 食べる旅人)”と呼ばれる食のエキスパートが推薦し、さらに社内試食会を通った選りすぐりの商品だけを販売しているのが特徴です。
食のジャンルは鯖寿司からアイスクリームまで幅広く、おいしさはもちろんのこと、作り手の思いが感じられたり、生産者を応援したくなる商品や情報を利用者にお届けすることを目指しています。
「料理」にはマーケティングとプロジェクトマネジメントの要素が詰まっている
――松本さんはここ数年は食の領域でビジネスを追求されていますが、なぜ食なのですか?

僕自身、昔から食が好きで、料理をつくるのも大好きなのが一番の理由だと思います。
そもそも自分が最初にプロジェクトマネジメント的な概念を学んだのは、料理だと思っているんです。
大学生の時、自宅で頻繁にホームパーティを開き、友人や知人をたくさん呼んで、僕がひたすら料理をつくってふるまっていたのですが、料理って段取りが重要ですよね。
前日に何をどこまで仕込んでおくかを考え、ガスコンロと電子レンジのタイムラインをつくり、頭の中でガントチャート(工程管理表)をつくって4時間で7品つくって出す…といったことを楽しんでやっていました(笑)。
参加者から3000円くらいの食材費を徴収するんですが、その予算内でできるだけ喜んでもらえる料理を出したい。けれども僕はプロではないので、簡単だけどおいしくて本格的に見える、今っぽく言うと“映(ば)える”料理を研究していましたね。
それって今思えば、モノをつくることと、マーケティングの視点とプロジェクトマネジメント、すべての要素が入っているんですよね。
――松本さんは大学時代に最初の起業をしていますが、当時から起業家としてのキャリアを志していたのですか?
大学は経済学部だったんですが、勉強はほとんどせずに、アルバイト感覚でベンチャー企業のインターンをいくつかやっていました。
自分で企業へ営業して WEBサイト制作などを請け負うようになり、「SNS 運用も依頼できないか 」「ブログコンテンツの企画も提案できそうか 」という風に仕事の依頼が増え続け、「法人名義の方が契約手続きがスムーズになるので会社をつくって」とお客さんから言われたのが、起業したきっかけです。
結局、大学は途中で辞め、就職はせずに自分がつくった会社コミュニティファクトリーで20代はずっとコミュニティサイトや、 アプリの 企画・開発に取り組みました。
――当時松本さんが開発した写真加工アプリ「DECOPIC」は、世界4000万ダウンロードの大ヒットを記録して業界の注目を集めました。若くしての起業で、苦労はなかったのでしょうか?
仕事は毎日刺激があって、面白かったですね。大学を途中で辞めていたので、この仕事でものにならなかったらほかの同級生たちのように新卒で企業に就職の道はないから、なんとかしなきゃいけない、と必死でした。
自分の専門領域を意識して、キャリアのなかでレバレッジを利かす
――その後、コミュニティーファクトリーをヤフーに売却されましたが、なぜ売却を?
資金調達の相談でヤフーの役員の方に会いに行ったところ、ちょうどYahoo! JAPANの経営体制が変わり、スマホシフトしようとしているタイミングでした。そこで 「うちにジョインしたほうが面白いんじゃない?」と誘っていただき 、「たしかに面白そうだな」と思ったんです。
ヤフーでは、アプリ開発室本部長として、アプリ開発の戦略づくりや新規事業の企画立案を担いました。自分の部署で10個以上の新しいアプリを開発しましたし、「TRILL(トリル)」という女性向け情報メディアも立ち上げました。
ちょうどこの頃にUX(ユーザーエクスペリエンス、顧客概念)が注目されはじめていたので、自分でUXについて勉強して社内で頻繁に勉強会を開いたりもしました。
――その後、メルカリに移って、現在に至るということですよね。非常に多彩なキャリアを歩んでいらっしゃいますが、経験して得たことを必ず次の仕事に生かしている印象です。
僕は基本的には楽観的なのですが、キャリアについては先ほど触れた学生時代のように「この仕事で失敗したらどうなるんだろう」という不安が根底にあって。
自分がそのときの仕事で成し遂げたり経験したことを次のキャリアにどう活かすかは、常に意識してきましたね。レバレッジを効かせて今のキャリアを築いてきたと思っています。
例えばヤフー時代には、UXと女性向けサービスという2つのキーワードを自分の専門テーマとして意識して磨きました。その道のエキスパートとして認知されるように、仕事もなるべくそれに関連するものを選んだり、取材でメディアに出させていただくときもその軸を意識していました。
今は、食とDXを自分の専門領域として意識して追求しています。