道なき道を拓き、未だ見ぬ新しい価値を世に送り出す人「起業家」。未来に向かって挑むその原動力は? 仕事における哲学は……? 時代をリードする起業家へのインタビュー『仕事論。』シリーズ。

今回お話を聞いたのは、学生時代から起業して世界的ヒットとなるアプリを開発、ヤフーで新規事業開発、メルカリで「メルペイ」立ち上げなどIT業界で多彩なキャリアを築き、現在は食×ITを融合させた新たなビジネスに挑戦している株式会社カンカク代表の松本龍祐さんです。

スマホ決済のプラットホームづくりより、実際に利用する場をつくりたくなった

――メルカリでスマホ決済サービス「メルペイ」を立ち上げるなど、IT業界の第一線で活躍してきた松本さんですが、3年前にメルペイ取締役を退任して自身の会社カンカクを設立してからは、カフェ出店やそのプレオーダーアプリ開発など「食の領域」に踏み込んだビジネスを展開されています。ITから「食」へ、どのようなきっかけで業界を移ったのでしょうか?

メルカリで新規事業として「メルペイ」の立ち上げを担当していたとき、当時すでにモバイル決済が浸透していた中国やアジアなど海外の現場を見て回ったことがありました。

同時に日本国内でも加盟店となる飲食店との接点が増え、現状を知る機会が増えました。

そのなかで、海外と日本とでは、モバイル決済に対する意識や受け入れ姿勢にかなり温度差があると感じたんです。

日本の多くの店舗、特に飲食店ではレジ回り以外でもデジタル化があまり進んでおらず、非効率的なオペレーションや人手不足など様々な課題がある。キャッシュレスにすればすべて解決して喜ばれる、というわけではないことに気づきました。

逆にいえば、アナログで多くの課題があるからこそ、テクノロジーを使った変革の余地があるとも感じました。

これからはリアルな店舗とオンラインを融合させた新しいビジネスが面白くなるんじゃないか、その先駆けとなる事業をつくってみたいと思いました。それでメルペイがローンチしたあと、メルカリを離れ、カンカクを設立したという流れですね。

――デジタル技術で既存の事業をより良い形に変えていく、いわゆるDX(デジタル・トランスフォーメーション)ですね。

そうです。スマホ決済のプラットフォームづくりも面白かったのですが、 そのプラットフォームを活用する飲食店や利用シーンを新しくつくることにチャレンジしたくなったんです。

カンカク設立後、2019年に東京・北参道に完全キャッシュレスのカフェ「KITASANDO COFFEE」をオープンしました。レジは置かず、決済は各種スマホ決済やクレジットカード、デビッドカード、電子マネーなどに対応しています。電話もFAXも置かず、受発注はすべてメールやサイト上で行なっています。

現金の取り扱いをなくすと、店内のオペレーションや会計処理などが大幅に効率化されます。この便利さを一度知ると、もう元には戻れない(笑)。

カフェ事業のほかにも、オンラインでスペシャルティコーヒー豆を定期配送(サブスクリプション)する「TAILORED CAFE online store(テイラードカフェ オンラインストア)」や夜パフェブランド「parfait✕parfait(パフェパフェ)」、クラフトジン「HOLON(ホロン)」といったオリジナル開発商品をオンラインで販売するD2C(Direct to Consumer)ビジネスも手掛けてきました。

IT業界とリアルな店舗の「違い」に課題と可能性がある

――カフェ事業でリアルな店舗とインターネットの融合に取り組んでみて、どんな発見がありましたか?

リアルなビジネスを効率化するには、課題だらけであることが改めてわかりましたね。

それならDXを進めて新しいツールやシステムを導入すればいいかというと、そうではなくて、一番大きいのは仕事の進め方や考え方の違いだと思いました。

リアルなビジネスの業界と比べると、IT業界の仕事の進め方って特殊なんです。そのためIT系の会社が何か提案しようと近づくと、飲食店から「IT屋が来た」と警戒されるというのは、よく言われる話です(笑)。

飲食店に限らず、IT業界がベンダーさんなど他業界の方たちと仕事を進めるときに摩擦が生まれがちな理由も、そこにあると思います。

例えばIT業界では、最終的にプログラムに落とすところから逆算して物事をロジカルに考えたり、数字をもとに判断したりします。新規事業は短期間、スピード重視で進め、とりあえず形にして修正を加えながら完成品に近づける、いわゆるアジャイル開発の手法が主流です。

こうしたIT業界の仕事のプロセス自体が、ほかの業界の仕事の進め方や発想とは根本的に異なるところがある。逆に言えば「これがIT業界の強みでもある 」とも感じています。

僕は20代で起業してから20年近く、IT業界で数多くのアプリ開発や新規事業の立ち上げを経験してきましたが、カフェのようなリアルな店舗の開発はカンカクで初めて経験しました。

もちろんIT業界の進め方がすべて良いわけでなく、間違ったやり方で進めてしまい、山程失敗もしたのですが…。

IT系の開発であれば、これまでに体にしみついた“手癖”のような感覚で進めることができていたのですが、店舗開発はそのやり方ではうまくいかない大変さがありましたね。

例えばアプリの開発だったら、新規でアプリ一つつくるのに数人のチームで3カ月から半年で開発・リリースして、人件費は1000万~2000万円…といった具合に見当がつきます。

けれどもリアルな店舗の場合は、店を持って、もしもさまざまな要因が重なって思うように売上が伸びずに失敗したら、数千万円がすぐに吹き飛んでしまう。リスクの規模が大きいので、判断に時間をかけなければいけない時もありますし、これまでと考え方を変えなければうまくいかないことも多い。

どの業界にも積み重ねたノウハウや商慣習がありますから、それをリスペクトしながら、どうしたら違いを乗り越えてうまく進めていけるか、今も学んでいるところです。

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「メルペイを辞めなければよかった」と後悔したことも
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