冒険も仕事も肝心なことは「理性と感情のコントロール」
――目標地点到達を断念して引き返すときも、外からの助言が大きいんですか?
いや、それはないです。外部の人からは、僕の今の正確な状況は絶対にわからないですから。そこは自分で判断するしかない。
その判断のために一番大事なのは、「理性と感情のコントロール」です。これは冒険に限らず、すべての仕事、プロジェクトにおいても同じことだと思っています。
感情というのは、車でいうところのエンジンなんです。やる気、情熱、これがないと前に進むことはできない。
でもアクセルを踏みまくって、燃料をガンガン燃やしているだけじゃ、事故を起こしてしまう。
そこで必要になってくるのがステアリングで、ここを担うのが理性です。そのふたつのバランスがとれて初めて、目標に到達することができるんだと思います。
でも、言うは易く行うは難しで、そのバランスをとるのが非常に難しい。たとえば僕の北極点無補給単独徒歩到達挑戦でいえば、食料計画。天候などの影響で、思ったよりも進行が遅くなってしまったことがありました。
僕の冒険は無補給なので、最初に持って出た食料で、なんとかやりくりしなければならない。そこでどうしたかというと、1日に食べる量を減らしたんです。1日8割の食料でしのげば、4日分の食料で5日分活動できることになりますよね。
その方法を思いついたときは、これで行ける、俺は天才だ!と思うわけです。でも、はたして本当にそうかというと、違う。だって、8割しか食べてないんですから、そりゃ体はきついですよ。メンタル的にも堪えてくる。
一見、理性的に考えているようでいて、この計画は破綻しているんです。
なんでそうなってしまうかというと、「北極点に行きたい」という感情があるからです。「行けるかいけないか」ではなく、「行く前提」で思考する。だから、1日に摂取する食料を減らすなんて暴挙に出るんです。
「勇気ある撤退」なんてない。ただの「妥協」をできるかどうか

――でも荻田さんは、北極点無補給単独徒歩到達からの撤退を決断しました。その決め手はなんだったんですか?
さすがに自分の論理破綻に気づいたことによる、客観的な妥協です。よく「退く勇気」なんて言いますけど、そんないいものじゃない。妥協です。
でもそれは感情に流された妥協ではなく、しっかりと俯瞰で見たときの、客観的な妥協じゃなきゃダメなんです。
一般社会でも、企画提案が通っちゃったから、プロジェクトが動きはじめちゃったから走るしかない…とか、ありますよね。ざっくり言えば、あれと同じです。
状況の変化によっては、「待てよ、そもそもこのプロジェクトをやるのか、やらないのか?」っていう視点が必要ですよね。
そのときに、冷静に、客観的に見て引くべきだと考えたときに、理性的に引くことができるかどうか。
ここに、周囲からの期待とか、ここまでやってきたんだからとか、そういう感情や不純物が混ざると、正しい決断をできなくなる。
そうならないように自分を俯瞰で見る視点というのが、冒険でも一般的な仕事でも大事なことだと思います。
――冒険家というエクストリームな職業でありながら、一般的なビジネスパーソンにも通じる哲学が興味深い荻田さん。後編では、「仕事としての冒険家」についてより掘り下げていきます。
▼後編はこちら
荻田泰永(おぎた・やすなが)
1977年生まれ、神奈川県・愛川町出身、在住。カナダ北極圏やグリーンランド、北極海を中心に主に単独徒歩による冒険行を実施。2000年より2019年までの20年間に16回の北極行を経験し、北極圏各地をおよそ10,000km以上移動。世界有数の北極冒険キャリアを持ち、国内外のメディアからも注目される日本唯一の「北極冒険家」。2016年、カナダ最北の村グリスフィヨルド~グリーンランド最北のシオラパルクをつなぐ1000kmの単独徒歩行(世界初踏破)、2018年、南極点無補給単独徒歩到達に成功(日本人初)。2017「植村直己冒険賞」受賞。著書に『考える脚 北極冒険家が考える、リスクとカネと歩くこと』(KADOKAWA)など。
Photo: KOBA Source: 冒険研究所書店