連載「メタバースとリアル 消えゆく境界線」のインタビュー第3回は、慶應義塾大学医学部教授で、現在設立準備中の「Co-Innovation University(仮称。旧仮称:飛騨高山大学)」の学長に就任予定の宮田裕章さん、大規模VRイベントの「バーチャルマーケット」などを主催する株式会社HIKKYのCOO / CQOのさわえみかさん、SOMPOホールディングスのデジタル事業オーナー グループCDO 執行役専務の楢崎浩一さんの3名による対談。

前編では、すでに私たちの生活はメタバース化しつつあることや、そのなかで年齢に関係なく対等に仕事のできる環境が生まれつつあることなどをお聞きしました。後編では、新たな可能性を生み出す「人格のマルチバース化」や、メタバースでの身体的なコミュニケーションなど、より踏み込んだ話題について話し合いました。

▼前編はこちら

仮想空間では年齢も性別も見た目も関係ない! メタバースが現実に与えるインパクト | ライフハッカー・ジャパン

仮想空間では年齢も性別も見た目も関係ない! メタバースが現実に与えるインパクト | ライフハッカー・ジャパン

現実世界に適応できなかった人がメタバースでは活躍できる

馬渕邦美さん(以下、――):年齢や見た目だけでなく、物理的な空間の移動を必要としないところも、メタバースのメリットだと思います。その部分について感じていることはありますか?

さわえみかさん(以下、敬称略):私たちの会社のメンバーのなかには、リアルな世界にはうまく適応できなかったという人もいます。たとえば満員の通勤電車がしんどいとか、体調を崩して働けなくなった、とか。

家にいると、パソコンに向き合う時間も長くなりますよね。それでVRをやってみよう、アバターを作ってみようかな、というライトな感じで出発している人も多いです。

でも、その人たちって、リアルの世界は得意ではなかったけれど、バーチャルにはすごく適応しているんですよね。大体オンライン上にいるので連絡がつきやすいですし(笑)。リアルが得意な人は、なかなかバーチャルに入る時間もないですからね。

メタバースが広まって、自分が適応できる場所を選べるようになったことは、すごくいいことだと思っています。

楢崎浩一さん(以下、敬称略):SOMPOホールディングスは介護事業も手がけていますが、私たちはどうしても、「介護が必要になった人に何を提供できるか」という視点になってしまいがちです。

でも、動けないからウェルビーイングが失われるということではなく、むしろメタバースの中でその人らしい生活を送れて、社会に貢献することもできるかもしれません。

人格のマルチバース化(多元化)をすることで、介護を受けているという状態であっても、単に介護されるだけではない新しい可能性が開けてくるのではという気がしました。

さわえ:もうすでにそれは起きてますよ! 2019年のバーチャルマーケットで、SHIBUYA109の実店舗とVR空間をつないでアバターで接客するという取り組みをしたんです。

東京・渋谷のファッションビル109にある洋服ブランド「WEGO(ウィゴー)」でVRイベントを開催
東京・渋谷のファッションビル109にある洋服ブランド「WEGO(ウィゴー)」でVRイベントを開催
Image:HIKKY

バーチャル側の人がヘッドセットを被ってVR空間に入って、109に来たお客さんを接客するというもので、そのときに接客のバイトさんを雇ったんですけど、そのうちの1人が遠方にお住まいで、しかも入院されている方だったんです。

でも、私たちは事前にそのことを知らなかったんですよね。いつもバーチャル空間で会うときは普通に動いているので、アルバイトも普通に「よろしく」という感じでお願いしていて。

でも、後から「自分は長く入院していて、仕事なんてできないと思っていたから、自分が渋谷109でバイトなんてできると考えもしなかった。とてもうれしかった」って言ってくれて。そういったことができる世界なんです。

自分の望む姿、働き方が実現できるメタバースの可能性

楢崎:今の話、ちょっと感動しました。実は我々も、3、4年前にお年寄りにヘッドセットを被っていただいてバーチャル海外旅行に行くという取り組みを試したことがあったのですが、今よりずっとクオリティが低かったこともあって継続はしませんでした。

でも、旅行ではなく、そのなかで仕事をして、自己実現をしていただくという形ができるようになれば、それがその人の1日の目標になるかもしれません。そういう新しい人生の価値みたいなものをメタバースで作っていくことは、本当にやってみたいと思いました。

宮田裕章さん(以下、敬称略):お年寄りに地域の歴史とか、その土地の記憶や過去の人々の暮らしを小学校などで語っていただくのもいいかもしれないですね。そういった記憶を生で伝えることは、教育的な観点からも非常に価値のあることだと思います。

あと、今の話で思い出したことがあって、もともとすごくおしゃれだった方が、介護されるようになって家族が買ってくる介護服を着るしかなくなって、それがすごく嫌なんだそうです。

年齢を重ねてもキレイでいたいと思うのは当然だと思います。とはいっても、介護する側からすると、これまでのような服を着てもらうことは現実的ではないかもしれない。

でも、メタバースの中なら好きな服を着られます。朝起きて、今日は何を着ようかしらと考えることが、本人にとってのウェルビーイング向上になるのではと思います。

さわえ:アバターが複数いてもいいんですよ。うちの子どもは、私のアバターを見て「ママだ!」と言ってくれます。彼女はクマが好きなので、クマになって一緒に歌を歌ったり踊ったりすることもあります。

数字の勉強とかもこの姿で一緒にしています。子供が興味を惹かれる姿で動くほうが集中してくれますね。

さわえみかさんのアバター(クマ)
さわえみかさんのアバター(クマ)
Image: HIKKY

なので、今のおばあちゃんの話でも、きれいなファッションだけでなく、たとえば小さなお孫さんと会うときは、その場所で楽しめるいろいろな姿になるのもいいと思います。

——同じ人が複数のアバターを持つときに、同一人物だと認識してもらうにはどうすればいいのでしょうか?

さわえ:VRSNSの世界では、自分のアイデンティティを維持しながらいろんなアバターを使う人は多いです。

たとえば、私なら赤い髪。姿を変えてもトレードマークを残していくという感じです。

私は、気を抜いて遊びたいときはかわいいケモノの姿になります(笑)。

現実世界で行く場所によって服を着替えるのと同じ感覚で、空間によってアバターは変えるけれど、アイディンティティを守っているから同じ人だと認識される。そういうコミュニケーションのとり方をしています。

さわえさんのアバター(けもの)
さわえさんのアバター(けもの)
Image: HIKKY
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触れ合うこともできるのだから、恋が生まれないはずがない
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