道なき道を拓き、未だ見ぬ新しい価値を世に送り出す人「起業家」。未来に向かって挑むその原動力は? 仕事における哲学は…? 時代をリードする起業家へのインタビュー『仕事論。』シリーズ。

今回はBean to Barとよばれる新ジャンルのチョコレート専門店Minimal - Bean to Bar Chocolate - (ミニマル)を、日本でいち早く立ち上げ、チョコレート業界に旋風を巻き起こしている、株式会社βace代表取締役・山下貴嗣さんにお話を聞きました。今回は前編です。

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1枚1500円のチョコレートの価値を伝えるため、徹底的に努力する【Minimal代表 山下貴嗣インタビュー】 | ライフハッカー[日本版]

1枚1500円のチョコレートの価値を伝えるため、徹底的に努力する【Minimal代表 山下貴嗣インタビュー】 | ライフハッカー[日本版]

カカオの個性を最大限生かす。Minimalのこだわり

──山下さんが手がける Minimalは「Bean to Barチョコレート」の専門店ということですが、一般のチョコレートとどう違うのですか?

Bean to Barは、カカオ豆の仕入れから焙煎、チョコレートづくりまでのすべての工程を、自社で行なう新しい製造スタイルのチョコレートです。

原料にも違いがあって、一般のチョコレートはカカオ豆に油脂や乳化剤、香料などを加えてつくられますが、MinimalのBean to Barチョコレートはカカオ豆と砂糖だけでつくられています。Bean to Barスタイル製造はカカオ豆の豊かな風味をダイレクトに味わっていただけるのが特徴です。

──同じ板チョコでも、カカオ豆の産地によって味や香りがまったく違いますね。

そうなんです。カカオ豆は、実は産地によって柑橘系の酸味、花のような香り、ナッツのような香ばしさなど、様々な風味と個性があります。それぞれのカカオの味わいを最大限生かしたチョコレートをつくるために、Minimalではカカオ豆は僕が直接、中米やアジアの農園を訪れて、高品質なものを厳選して100%フェアトレード以上の価格で仕入れています

そのカカオを使って、自社工房で職人のみんなが手仕事でチョコレートをつくっています。焙煎温度は1℃単位、挽き方の粒子の大きさは1/1000㎜単位でこだわって、カカオのおいしさを引き出しているんです。

26歳でマネージャーに。猛烈だった会社員時代

──Minimalを立ち上げたのはいつですか?

20代はずっと会社員をしていたのですが、僕がちょうど30歳になる2014年に会社を辞めて起業し、Minimalを立ち上げて東京・富ヶ谷に最初の店舗をオープンしました。

──起業前の会社員時代には、どんな仕事をしていたのですか?

新卒で入った人事コンサルティング会社で、クライアント企業の人材育成や組織開発に携わっていました。入社してすぐに新規事業を立ち上げる部署に放り込まれまして、右も左もわからないなかで必死に走り回るものの、実力がないのでなかなか成果が出せなくて。

入社から2年くらいは本当に苦しかったですね。毎日辞めたいと思っていました

仕事がつらかったというよりは、ちっぽけなプライドというか、20代って「自分はなんでもできる」というような万能感があるじゃないですか。そういう実態のない天狗の鼻がバキバキにへし折られました(苦笑)

それでも地道に、目の前の仕事に打ち込むうちに結果が出せるようになって、先輩や上司、お客様に恵まれたおかげもあり、26歳でマネージャーに昇進しました。大手のナショナルクライアントの案件を担当することが多く、仕事は刺激的で面白かったですね。

時には徹夜する勢いでがむしゃらに仕事をした20代でしたが、自分にとってはすごくよかったと思っています。周りに感謝できるようになりましたし、仕事って面白い、と実感することができましたから。

「日本の存在感を高めるプロダクトをつくる」ために起業

──充実していた会社員生活から、なぜ起業されたのでしょうか?

20代の頃から漠然と、30代は自分のやりたいことで、かつ、社会に少しでも意味のあることを仕事にして、世の中に価値を還元できたら面白いな、と考えていました。

それが何かは見えていなかったのですが、29歳のときに「来年、会社を辞める」と決めて、次にどんな仕事をするか、自分の好奇心が向くことを探していたんです。

そのころ、僕はコンサルタントとして企業の人材育成にかかわっていたこともあり、グローバル社会における日本のプレゼンス(存在感・影響力)について考える機会が多くありました。これから日本の人口が減り、内需だけではGDPも落ちていくなかで、日本の良さを生かしながら50年後、100年後も日本が豊かであることに貢献したいという思いが湧いてきました。

日本の良さって何かというと、僕は日本人のきめ細やかさだと感じています。僕自身は何もつくれないのですが、繊細な美意識の宿る日本のものづくりや、職人の手仕事には昔から憧憬の念を抱いていました。

日本人のきめ細かな技術や感性を生かしてグローバルにも通用する素晴らしいプロダクトをつくることができたら、外貨も獲得できるし、インバウンドにもつながって、世界の中の日本のプレゼンスを上げられるのではないか。そこに自分が携われたら面白い。

そんな思いを巡らせていました。

それはまるで「和食」だった。運命のチョコレートとの出合い

──そこからどのようにチョコレートにたどりついたのですか?

いろいろな人に会いに行ったり、気になる場所に足を運んだりするなかで、あるとき、後に一緒に創業することになるバリスタの朝日(将人)が手作りしたチョコレートを食べる機会がありました。そのとき食べたチョコレートがオレンジみたいな風味がしたんです。

思わずオレンジが入ってるのかと尋ねたら、「何も使っていません。カカオ豆と砂糖だけでこういう味がするんです」と聞いて、衝撃を受けました。

それがBean to Barスタイルのチョコレートでした。カカオ豆という素材を本気で生かしたら、こんな味がするんだと驚き、チョコレートに対する固定観念が覆りました。同時に「これって和食だ」とひらめいたんです。

──和食というのは?

一般のチョコレートはカカオ豆に油脂や乳化剤、香料など、素材を足して味をつくる、料理でいえばフレンチのようなものだとすると、Bean to Barチョコレートはカカオ豆そのものの風味を生かすため、ほかの素材を引き算してつくる和食のような世界観だと感じました。

さらに調べてみると、カカオ豆って産地で収穫後、発酵させるんですね。発酵って、日本酒、味噌、醤油など、日本人の得意分野じゃないですか。

西洋で生まれたチョコレートを、日本人が得意とするきめ細やかな技術と感性で再構築したら、新しい価値のあるものが生み出せるのではないか。しかもチョコレートは世界中の人たちに愛されているから、グローバルで勝負ができるプロダクトになるかもしれないと感じ、「これは面白い」と好奇心が動いたのです。

──漠然としていた未来の仕事の形が、Bean to Barに出合って見えてきたのですね。

Bean to Barのことをもっと知りたくて、会社を退職してすぐに欧米のBean to Barの店を視察する旅に出ました。当時、Bean to Barは海外ではチョコレートの新しい潮流として話題を集めていました。

途中ブラジルのカカオ農家を訪れたりしながら、欧米各地のBean to Barの店を巡るうち、「この波は日本に確実に来る」と確信したんです。起業するならチョコレートが一番売れはじめるクリスマスに間に合わせなければいけないと思い立ち、予定より早く旅を切り上げて帰国しました。

その後すぐに、3人の仲間を誘って株式会社βaseを設立しました。そのうちの1人が先ほどお話しした、オレンジ風味のBean to Barチョコレートをつくったバリスタの朝日で、チョコレートづくりを担ってくれました。

起業も店舗づくりも何もかも未経験の中で、物件を探し、チョコレートの試作を重ね、パッケージデザインを考えて…と、まさに激動の突貫工事です。今思えば無茶苦茶ですよね(笑)。

帰国から4カ月後の2014年12月1日には富ヶ谷店をオープンしましたから。店内の壁のタイルの装飾も僕が自分で貼ったので、よく見ると凸凹しているんですよ(笑)

読み通りというか、タイミングが本当によくて、12月1日に新店舗オープンのプレスリリースを1本だけ出したら、テレビ、新聞、雑誌、Webなど200媒体以上に取り上げられて、店の前には連日お客さんの行列ができました

当時、Bean to Barというワードが新たなトレンドとしてまさに来ていて、東京で工房を持つ本格的な店がまだなかったので、僕たちをフィーチャーしていただけたんだと思います。そのまま何もかもが順調に行ったわけではありませんが、好調に滑り出すことができたのは運がよかったと思っています。


次回後編は、山下さんの仕事に対するパッションや働き方を中心にお聞きしていきます。

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山下貴嗣

1984年、岐阜県生まれ。慶応義塾大学を卒業後、人事コンサルティング会社へ入社。30歳となる2014年に退社、株式会社βaceを設立し「Minimal - Bean to Bar Chocolate -」を出店。現在は富ヶ谷と代々木上原に2店舗出店している。2017年には「WIRED Audi INNOVATION AWARD 2017」を受賞。

Source: Minimal-Bean to Bar Chocolate / Photo: 伊藤圭