スキンケア、脱毛、メンズメイク…男性も美容にコストをかける時代になりました。しかし、「ただ見た目がよければいい」ということではありません。
「身だしなみ」や「メンテナンス」の大切さ、あるいは「姿勢」や「所作」なども含めたトータルとしての見た目、いわば「人として美しく在る」ことは、人の心をつかむ人間的な魅力につながります。
この「美しく生きる。」特集では、ビジネスパーソンとして、また人として魅力的であるために必要な知識やノウハウ、ストーリーをご紹介します。
第3回は、世界的バーテンダー・後閑信吾さんに学ぶ、オトナの佇まいと振る舞い方。所作や接客における「美」の価値観について伺った前編に続き、後編では「The SG Club」で心がけているおもてなしや、好感を持たれる「一流のバーテンダー」に共通する特徴について語っていただきました。
▼前編はこちら
「どう思われるか」ではなく、「どう楽しんでもらうか」

バーで過ごすひと時は、バーテンダーと交わすさりげない会話も重要なエッセンスです。
後閑さんは、初めての方と話す際、特に心がけていることが1つあるといいます。
「できるだけ“ありきたりな会話”はしないようにしています。たとえば、天気の話とか(笑)。
お客様のご様子などから何かヒントを探して、もう少し意味のある会話ができればと」(後閑さん、以下同)
とはいえ、接客において“お客様にどう思われたいか”を意識しすぎることはない、とも。
「そこを意識しすぎてしまうと、“人にどう見られているか”が軸になってしまう。
それよりも、自分がどんなお店をつくっていきたいか、どんなサービスがベストなのか、お客様にどう楽しんでもらうか…という視点を大事にしています」
「格好いい」はシチュエーションによって変わる
「お客様に非日常を楽しんでほしい」というサービス精神は、取材に伺った渋谷区神南のバー「The SG Club」の至るところに溢れていました。
この店のコンセプトには、次のようなストーリーがあります。
1860年に徳川幕府から遣米使節団として派遣された侍たち。
アメリカのカクテルやバー文化に感動し、ニューヨークから江戸に帰国したのちにバーを開いた——。
そのコンセプトからもわかるように、店の随所に巧みなエイジングが施され、カウンター奥の棚に貼り込んだ銀箔や、畳の縁をあしらったメニューブックなど、和のモチーフがあちこちに使われています。

さらに、メニューブックの表記にもひと工夫が。
「“ウォッカベース”“ジンベース”など、お酒の種類で分類されているメニューを多く見かけますが、実際にベーススピリッツで味の系統を分類するのは無理がある。加えて、そうしてしまうことで好みを決めつけてしまうことにもつながります。
そこで、ちょっとクセのあるネーミングにしたり、“最初の一杯にぴったり”といったすすめ方をすることで、お客様が気分に合わせて楽しく選べるようにしています。
こうしたトータルコーディネートは、欧米のバーが優れている部分。
日本はカクテルづくりに関しては世界有数の技術があると思いますが、おもてなしの仕方や楽しませ方では、まだまだ学ぶところがありますね」

「The SG Club」の“SG”は、ご自身のイニシャルであるとともに、「Sip(味わって飲む)&Guzzle(気軽に飲む)」の意味を込めたもの。落ち着いたムードの地下1階は“Sip”、カジュアルな1階は“Guzzle”をイメージしています。
スタッフの服装はラルフローレンのメンズワークウェア系ブランド「RRL(ダブル アール エル)」で統一しつつ、1階はカジュアルさを演出するためにボトムはデニム、地下1階はシックなスラックスを着用。
コーディネートはベストを着用するもよし、蝶ネクタイをするもよし、ハンチングをかぶるもよし。各自が似合うルックを考え、服装からペンに至る細かな小物まで、世界観に合わせたもの選びを徹底しているのだとか。
「バーテンダーをはじめ、それぞれの職種には固定のイメージがあることが多いですが、本当はもっと自由でいいはずだと思っていて。
バシッと決めたスーツがいつでも一番格好いいとは限らないじゃないですか。
シチュエーションによって、その空間によって“格好いい”は変わってくる。だからこそ、世界観の統一も重要です。
お客様も、店の雰囲気に合わせた服装でいらしてくださる方はすごく素敵に見えますし、楽しみ方を知っている方だと感じます」
よく“バーでの正しい振る舞い方”を聞かれるけれど、バー文化やお店へのリスペクトがあれば十分、と後閑さん。
「バーの楽しみ方を知ろうという気持ち」があれば、場違いな振る舞いをすることもないのでは…と話します。

「仕事を楽しみ、人を楽しませる」のが一流の共通点
23歳で渡米し、世界のトップバーテンダーと切磋琢磨しながら、ニューヨークや上海のカクテル・シーンを牽引してきた後閑さん。
「好感を持たれる“一流のバーテンダー”の共通点は?」と聞くと、少し考えてから「楽しそうに仕事をしていて、人を楽しませている人」と答えてくれました。
「仕事を楽しんでいる人って、傍から見ていてもなんとなくわかりますよね。
自分の仕事に興味を持って勉強し続けていれば、きっと仕事は楽しくなる。仕事を遊びのように捉える柔軟性も、一流の資質の1つなのかもしれません。
お客様の目の前で作品をつくり、サービスを提供して、その場で評価をもらうのがバーテンダー。職人であり、アーティストであり、サービスマンでもあるという、ほかにあまりない職業です。
3つの要素が全部あると考えると、絶対に何か面白いところのある、楽しい仕事だと思うのですが、人からは厳しい世界だと言われることも多いですね」
バーテンダーであれ、ビジネスパーソンであれ、自分の仕事に慣れてくると、いつの間にか楽しさを見つけられなくなってしまうこともあります。
そんな時は、自分の中で仕事を“ゲーム”にしてみては、と後閑さん。
「上司を喜ばせるゲームでもいいし、売り上げを伸ばすゲームでもいい。
目標をクリエイトして達成するプロセスは、多分みんな面白いはずです。それができれば、どんな仕事でも楽しみ方を見つけられるのではないかと思います」

さらに、好感度に関しては、英語でいう「likeable(好ましい)」であることも重要だといいます。
「10年前、バカルディのカクテルコンペティションに出場した際、アメリカ人の審査員が『もっとlikeableな話し方ができるといい』とアドバイスをくれました。
審査員も人間ですから、話し方、姿勢、髪型、服装など、すべてがトータルで美しい人のプレゼンには、自然と好感を抱くもの。
どれか1つではなく、複合的な要素の積み重ねに人は好感を抱くのでしょう」
自分が「likeable」であれば、相手も「likeable」な態度で接してくれる。お店のスタッフには「お客様は鏡。自分の態度や振る舞い方が素晴らしければ、それがそのまま返ってくるし、逆のパターンもある」といつも話しているそう。
バーテンダーの佇まいが美しく魅力的なのは、その根底に相手と自分自身への敬意があるから。だからこそ、人は豊かな時間を求めてバーに足を運ぶのかもしれない——。
力まずとも人を惹きつけるバーテンダーの振る舞い方を身につけることは、ビジネスパーソンにとって強力な武器になるはずです。
世界一のバーテンダーに学ぶ「オトナの振る舞い」まとめ
● 所作は「早く、綺麗に、正確に」。無駄を排除し、効率を追求することで所作は洗練されていく。
● 細かい形式にこだわらず、堂々と振る舞うこと。1つひとつの動作や発言は「なぜ?」に答えられるように。
● 相手に「どう思われたいか」は意識しすぎない。あくまでも「どう楽しんでもらうか」を大切に。
● 「格好いい」はシチュエーションによって異なる。各場面にリスペクトを持ち、適切な振る舞いを。
● 一流は「仕事を楽しみ、人を楽しませる」。仕事を遊びのように捉える柔軟性も持とう。
● 何か1つに突出した美を追求するのではなく、「トータルとしての美」を目指せば、好感度は上がる。
▼前編はこちら
後閑信吾(ごかん・しんご)
SG Group 代表。バー業界において今世界で最も注目されるバーテンダーの1人。
2006年に渡米し、NYの名店Angel’s Shareでヘッドバーテンダーを務める。2012年世界最大規模のカクテルコンペティション・バカルディレガシーにアメリカ代表として出場し、世界大会優勝。現在、東京、上海、ニューヨーク、沖縄の四拠点にて活動中。
Photo: 松島徹 / Source: The SG Group, Ralph Lauren