スキンケア、脱毛、メンズメイク…男性も美容にコストをかける時代になりました。しかし、「ただ見た目がよければいい」ということではありません。

「身だしなみ」や「メンテナンス」の大切さ、あるいは「姿勢」や「所作」なども含めたトータルとしての見た目、いわば「人として美しく在る」ことは、人の心をつかむ人間的な魅力につながります。

この「美しく生きる。」特集では、ビジネスパーソンとして、また人として魅力的であるために必要な知識やノウハウ、ストーリーをご紹介します。

所作1つでその場の空気を特別なものにするプロ、バーテンダー。無駄のない洗練された動きからくる美しさや、個をもてなし空間を演出する接客術は、ビジネスパーソンをはじめとするすべての「大人たち」の見本と言えるのではないでしょうか。

第3回は、カクテル界の頂点を極めた世界的バーテンダーであり、トップレベルのバーテンダーが集まる「The SG Group」創業者として後進の育成にも力を入れる後閑信吾さんのインタビュー。

バーテンダーとしての立ち居振る舞いや、必ず実践していること、所作や接客における「美」の価値観について、ご自身がオーナーを務めるバー「The SG Club」(渋谷区神南)で聞きました。今回は前編です。

美しい所作の勘所は「早く、綺麗に、正確に」

「バーテンダー・後閑信吾」の名が世界に知られるようになったのは、2012年に開催された世界最大規模のカクテルコンペティション「Bacardi Legacy Cocktail Competition」がきっかけでした。

アメリカ代表として出場した後閑さんは、抹茶を使ったオリジナルカクテル「Speak Low(スピーク・ロウ)」で優勝。2014年に「The SG Group」を創設し、上海にオープンしたバー「Speak Low」が2017年の「World's 50 Best Bars」トップ10にランクインするなど、一気にその評価を確立したのです。

現在は上海に3店舗のバーを構え、東京では「The SG Club」、カクテル居酒屋「ゑすじ郎」、ゼロ・ウェイストをコンセプトにしたカフェ&バー「æ(アッシュ)」を開くなど、新しいコンセプトの店を次々と手がけるレストランプロデューサーとしても活躍しています。

「バーテンダーとしての姿勢や所作として、特に大切にしていることは?」と尋ねると、「ずっと意識しているのは“早く、綺麗に、正確に”ですね」と答えた後閑さん。

「オーセンティックなバーのサービスには、“ゆっくり、静かに”といったイメージがありますが、僕が長くいたニューヨークでは、スピーディーで華やかなサービスが好まれる傾向にありました。

“早く”というのは提供時間もそうですが、1つひとつの動作が正確で、無駄がないということ。そうすることでより綺麗に、よりプロらしく見えますから」(後閑さん、以下同)

「こうしなければ」という形式に従うのではなく、効率を追求することで所作は洗練されていくと後閑さん。

たとえば、ボトルを持つ時も、右手でボトルを持てばボトルの頭が左手の下に来るため、スムーズに次の手順に移ることができます。

「これが逆になると余計な動きが増え、見た目も美しくありません

カウンターのセットアップもそう。自分の店としては3店舗目になるこの店で、やっと理想の形ができました。

バーテンダーの左右に何をどんな順番で置くかまで、すべて計算しています

形式を打破。「なぜ?」に答えられないことはしない

この日、後閑さんが編集部の目の前でつくってくれたのは、シグネチャーカクテル(店を代表するカクテル)である「スピーク・ロウ」。茶杓で抹茶をすくって茶碗に入れ、ホワイトラムとダークラム、シェリー酒を合わせたベースを注ぎ、茶筅(ちゃせん)で軽やかに点てていきます。

18歳でバーテンダーの世界に入った後閑さんは、渡米前の23歳の頃に「何か自分の武器を持っていきたい」と考え、徳川将軍家ゆかりの武家茶道である石州流と、当時カクテルにはあまり使われていなかったシェリー酒について学んだといいます。

静謐なお手前と、躍動感あふれるシェイキングの対比は、思わず見とれてしまうほど。

「石州流は、あまり細かい形式にこだわらず、堂々と振る舞うところが、僕が求めるバーテンディングに通じる気がしています。

茶道は1つひとつの行動に必ず意味を持たせています。バーテンダーの世界にも『こうする』と決められているルールはあるけれど、『なぜ?』と聞かれると、曖昧な答えになるものも少なくありません。

僕は、『なぜ?』に答えられないことはやらなくていいと思っています」

バーテンディングはほぼ独学。だからこそ、自分のなかで「これは意味があるからやる」「これは意味がないからやらない」という選別をし続けてきたという後閑さん。

“早く、綺麗に、正確に”をモットーに、意味のない所作を徹底的に排除する姿勢が、後閑さん独特の切れ味を生み出しているようです。

違和感を軽視せず、納得できる振る舞いを

後閑さんは、お店のスタッフに「『お待たせしました』というフレーズは使わないように」と指導しているそう。

これもまた、「意味のないことはしない」という合理性からきています。

「うちは英語で接客することも多いのですが、日本語をそのまま英訳してサービスすると変に感じることが多々あります。

『お待たせしました』も、英語で『Thank you for waiting.』と言うとすごく違和感がある。本当にお待たせしてしまったらきちんと謝罪するべきだし、実際にはお待たせしていないのであれば、そんな風に言う必要はないですよね。

スタッフには、『意味のある言葉を発して、意味のあるサービスをしましょう』と伝えています」

日本を出て、遠い異国の地から日本のサービスを俯瞰することで違和感に気づいたと話す後閑さん。

世間的に「良し」とされることでも、違和感をスルーせず、自分が納得できる振る舞いをするという信念が、大人の「美しい生き方」につながるのでは…と気づかされました。

世界的バーテンダー・後閑信吾さんに学ぶ、オトナの佇まいと振る舞い方。後編では「The SG Club」で心がけているおもてなしや、好感を持たれる「一流のバーテンダー」に共通する特徴についてお話を伺っていきます。

▼後編を読む

人を惹きつけるバーテンダーの美しい佇まいとは? 一流は仕事を楽しみ、人を楽しませる | ライフハッカー[日本版]

人を惹きつけるバーテンダーの美しい佇まいとは? 一流は仕事を楽しみ、人を楽しませる | ライフハッカー[日本版]

後閑信吾(ごかん・しんご)

SG Group 代表。バー業界において今世界で最も注目されるバーテンダーの1人。

2006年に渡米し、NYの名店Angel’s Shareでヘッドバーテンダーを務める。2012年世界最大規模のカクテルコンペティション・バカルディレガシーにアメリカ代表として出場し、世界大会優勝。現在、東京、上海、ニューヨーク、沖縄の四拠点にて活動中。

Photo: 松島徹 / Source: The SG Group, YouTube