YouTubeやTikTokの台頭によって、音楽との出会いは多様化しています。
従来の“ヒットの法則”だけでは説明できない社会現象によってアーティストに脚光が集まることも少なくありません。
変化する市場で楽曲をプロモーションするにはどうすれば良いのか? 思考錯誤の挑戦を続ける2人の社員に話を聞きました。
デジタルとプロモーション──それぞれの道を歩んできた2人のプロ

これまで知られていなかった新人アーティストがいきなりヒットしたり、往年の名曲がTikTokでバズったり…。音楽との接点が多様化した現代ではこうしたムーブメントも珍しくなくなりました。
ヒットの予測は難しいですが、より広く作品を届けるためにユニバーサル ミュージックの邦楽レーベル「ユニバーサル シグマ」では、多様な媒体を統合したプロモーション戦略を担うメディアストラテジー本部を設置しました。
部長の久田耕平さん(以下敬称略)は、大手外資系のIT企業で定額制の音楽ストリーミングサービスの立ち上げを牽引してきた1人です。
久田: 当時はまだ日本でストリーミングサービスが浸透していなかったこともあり、普及に向けて各音楽レーベルと交渉し自社サービスに配信してもらう楽曲を増やすことが主なミッションでした。
──当初は、ランキングの上位を飾るような邦楽作品はあまりストリーミング配信サービスで聴くことができなかったのですが、今では配信をしないアーティストのほうが珍しくなっています。
久田: 多くのアーティストの作品がストリーミング配信で聴けるようになって、自分のなかでは一段落したという感覚を得ました。
新しいキャリアを考えたときに、せっかく大好きな音楽に携われたんだから、この業界の面白さを骨の髄まで知り尽くしたいという欲が出てきて、ユニバーサル ミュージックに入社を決めました。
──一方、久田とともにメディアストラテジー本部の中核を担うメディア宣伝部マネージャーの廣木秀史さん(以下敬称略)は、長年、マスメディア向けのメディアプロモーションを担当してきました。
廣木 :子どもの頃から音楽が好きでジャンルを問わず多様な音楽を聞いてきました。
大学進学とともに上京しクラブに行ったりするようになると、アーティストを身近に感じられる機会が増えて、ますます音楽にのめり込んでいって。彼らと一緒に仕事ができたらどんなに良いだろうとよく想像していましたね。
──大学卒業後、とある縁から邦楽アーティストのプロデューサーと知り合い、当時の東芝EMI株式会社(現・ユニバーサル ミュージック)に入社。メディア宣伝部に配属されプロモーターのキャリアをスタートさせました。
リスナーの選択肢が広がると高まる、プランニングの難しさ

ストリーミング配信で音楽を楽しむ人が増えていますが、作品やアーティストを知ってもらうためのプロモーション業務の大切さは変わりません。
テレビ局や出版社、番組などにあわせ、アーティストや作品を取り上げてもらうための企画提案や交渉を行なっていきます。
やるべき事柄は変わらなくても、SNSや動画配信サービスなど、作品との接点となるメディアが増えたことでプランニングはより複雑なものになってきています。
廣木 :従来はCDの発売日やダウンロードの解禁日に合わせ、プロモーションのピークをつくっていくというのが一般的だったのですが、最近は一昨年に出た曲がTikTokで火がついて時間が経ってからヒットするということもあります。
プロモーションもいろいろ試行錯誤しながらさまざまなアプローチを考えていますね。多様なツールを前提とした一気通貫のプランニングは簡単ではないと実感しています。
──最近ではストリーミングでの再生回数をもとにしたランキングをベースに楽曲やアーティストをピックアップする企画も珍しくありません。ヒットの定義もセールスやSNSでの口コミなどいろいろな切り口で見られるようになってきているのです。
メディアプロモーションに加えて商品のバリエーションも多様化しています。
久田 :2021年はアメリカでも17年ぶりにCDの売り上げが伸びました。CDやLPなどのモノを手元においておきたいというニーズがいまだに根強くある。
特に日本はその傾向が強い市場だと思います。アートワークひとつとってもアーティストのこだわりが詰まったフィジカル商品そのものに高い魅力がありますからね。
廣木 :プロモーションもアーティストの特性だけでなく商品ラインナップを考えて戦うことがより一層、重要になると感じています。
コロナ禍で見えてきたストーリーの重要性

特に近年のTikTokを軸とした楽曲の普及の速さには、驚きと発見があります。海外でも日本国内でも、チャートの上位にはTikTokなどのSNSで話題となったものが多数チャート上位にランクインするようになりました。
ヒット曲の登場の仕方も大きく変わったこと、音楽の楽しみ方が変化することと並行して、アーティストや楽曲のプロモーションの手法も変化・多様化しています。
久田 :これまでは、ドラマのタイアップなどがヒットへの王道の方程式の1つとして認知されてきました。
今は主題歌であっても、そのアーティストを支持しているファンの方々の指向をしっかりと理解してプロモーション施策を組む必要があります。
特に現在の若年層のなかには地上波のテレビはあまり見ないという人も少なくないですし、ドラマやそのほかの番組のタイアップであっても、NetflixやAbemaTVなどのストリーミングサービスの番組も選択肢として大きくなってきていますね。
──また、特にSNS上では、背後にスタッフの気配が見えるように感じられるプロモーションへの拒否反応も強く、ファンの支持を得るためにも細やかな配慮が必要になります。
作品のコアを捉えてもらい、ファン自身が応援したいと思ってもらえるようなポイント、新たなファンとの接点のつくり方など、本質のぶれない設定が重要になります。
話題になりはじめた楽曲をいちはやくキャッチするリスナーは、サブスクリプションサービスの利用者が多く、プラットフォーム上で発見してもらうための導線をどのように細かく引けるかも、チームにとっての重要なミッションとなっています。
話題になったり注目が集まることで、SNS上で楽曲を活用したUGC(User Generated Content:ユーザー生成コンテンツ)が広がり、大きなヒットにつながる場合も多くあります。
廣木 :近年は社会的なメッセージを含めた作品を出すアーティストも増えてきています。
そういったメッセージや彼らが持つストーリーを正しく伝え、リスナーの方々にさらにそのメッセージを広げてもらいやすくすることも、プロモーションの役割なんじゃないかと思っています。
従来のプロモーションと真逆のアプローチ

──“ヒットの法則”は毎回必ずしも成功するものでもなく、最も重要なのは、リスナーやムーブメントの流れをつかみにいく能動的なプロモーションです。
久田: たとえばこれまで知られていなかった作品がいきなりヒットしたとき、その発端はTikTokのUGCで広まったのか、YouTubeでバズったからなのか分析します。
ムーブメントの流れをさかのぼっていって、偶発的に起こったことを再現性のあるものとして我々の戦略に組み込むのです。
廣木 :情報を持っている側から一方的に発信するのではなく、どうすれば見つけてもらえるか、見つけたものを自分の情報として二次発信してもらえるかを考える。ある意味でこれまでのプロモーションと真逆のアプローチかもしれませんね。
──より音楽の楽しみを広げるためには、従来の“ヒットの法則”を手放し、プロジェクトごとに適切なツールを見極めプロモーションを行なっていかなくてはなりません。
アーティストや作品の数だけ、今後も新たな挑戦が待ち構えています。
Source/Image: talentbook