『サービスデザイン思考 ―「モノづくりから、コトづくりへ」をこえて』著者の井登友一さんに聞く「サービスデザイン思考」の育て方。
前編に続き、後編では井登さんが「DXの真髄」と語る英国の市民サービス改革や、デザイン人材に欠かせない4つの能力など、サービスデザイン発想で自分の仕事を捉え直すためのヒントをお届けします。
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「サービスデザイン」発想でDXの本質が見えてくる

今後は社会のデジタル化、デジタルトランスフォーメーション(DX)によって、あらゆるビジネスが「サービス化」していくと井登さんは話します。
「DXについては、従来あった製品・サービスの提供方法や、ユーザーとのタッチポイントを、リアルの店舗・窓口からウェブサイトやアプリなどに置き換えること、といったイメージがあるかもしれません。しかし、こうした狭い視野でDXに取り組むのは失敗のもと。サービスデザインの発想でDXを捉えると、かなり見方が変わってきます」(井登さん)
井登さんが例として挙げてくれたのは、英国が運営する市民サービス提供のためのウェブサイト「GOV.UK」。様々な公的サービスの手続きや申請、利用をオンラインでできるようにしたもので、2013年に英国デザインオブザイヤーを受賞しています。
「以前、GOV.UKのデザイン責任者の発表を聞いたのですが、その人が後日談的に語っていたのは、華々しいスタート後の混乱について。
英国も日本と同じく、インターネット化される前の公的サービスでは、内容によって様々な省庁や部局が“縦割り”方式で担当していました。ところがGOV.UKが始まると、市民はよりシームレスなサービス体験を求めるように。婚姻届を申請したら、世帯の税務関係もデータを連携して情報修正してほしい、といったことです。
結果としてGOV.UKを立ち上げたのち、英国は何年もの時間とコストをかけて組織の再編と最適化をも行わざるを得なくなったという。私はこれこそが、DXの真髄だと考えています」(井登さん)
人間というのはある意味で強欲なもので、「いろいろな物事が便利になってくると、以前は『そういうものだ』とあきらめていたことも我慢できなくなってくる」と井登さん。
多くの場合、ユーザーの要望を受けてサービス体験の改善・改良を行おうとする企業が直面するのは、「組織の壁」。ユーザーにとって本当に快適で自然なサービスを実現するためには、サービスを提供する組織自体が、組織にとっての効率や都合中心ではなく、ユーザー中心につくられていなければならないのです。
DXの本質は、製品やサービスを構成する企業のバリューチェーンや、その裏側で実際に動く組織すら、「インターネット的」に根本から再設計すること。前編で解説したように、あらゆる製品がサービス化=インターネット化し、アップデートし続けることが期待されるこれからの時代には、俯瞰的な「サービスデザイン思考」で製品やサービス、企業そのもののあり方を捉え直す必要があるのです。
世の中に提案すべき「価値と意味」を探索しよう

これまでのビジネスでは、合理性や説明可能性、「こうすれば儲かる」といった原理原則が重視される側面がありました。しかし「VUCAの時代」がバズワードになるほど未来の予測が困難な状況では、ビジネス的なものの考え方よりも、デザイナー的な考え方が有効な場面が増えてくると井登さんは話します。
「デザインにおいて大切なのは、抽象度が高いものを安易に具象化し過ぎずに、抽象度が高いままで考え抜くこと。今ある日常を当たり前のことと捉える“慣習モード”に対して、“デザインモード”では今あるものを良しとしません。批判的にものを見て、構造や関係を理解し、新しい意味を見出していく。
出典:Manzini, E. (2020). 『日々の政治 : ソーシャルイノベーションをもたらすデザイン文化』 (安西洋之(訳) & 八重樫文(訳), eds.). ビー・エヌ・エヌ新社
こうした思考法が、未来のニーズを顕在化させ、ビジネスの閉塞感を打ち破る一つの道になると思います」(井登さん)
その一方で、デザイン思考だけで画期的な製品やサービスが生まれるのかといえば、その限りではないとも指摘します。
「画期的とは何かということを問い直す必要があります。この問題には2つのポイントがあって、1つは画期的すぎると人は認識できないということ。自分に関係ないものだと思ってしまうんですね。
例えばiPhoneがこれほど広まったのは、ジョブズの『アップルは携帯電話を再発明した』という発言も大きかったと思います。
“常時通信機能付きフル画面タッチスクリーンPDA”といった名称だったら、ニッチなガジェット好きにしか受け入れられなかったでしょう。
ニッチを脱するためには、サービスデザイン思考でものの意味を見出し、形を与えるという行為が必要。行き過ぎるとユーザーに理解されないので、それを“わかる状態”にするための「名付け・意味付け」や、ハンズオン(お試し期間)を設けて導入のハードルを下げるといった工夫が重要になります。
もう1つは、“画期的である”ということが、人々にとって価値があるのか、という点です。企業は画期的な製品やサービスを作りたいと考えがちですが、それだけでは“斬新なだけでユーザーにとっては価値のないサービス”になってしまいます。今の世の中では何が価値であり、意味があるのかを探索することは、サービスデザインのもっとも早い段階で行うべき行為です」(井登さん)
「デザイン人材」に欠かせない4つの能力

今後、社会や人に価値あるものは何かを考え、具現化する「デザイン人材」のニーズは、ますます高まっていくと考えられます。
私たちが「デザイン思考」を身につけるためには、どのようなトレーニングを行えばよいのでしょうか。
「サービスデザインとサステナブルデザインの世界的権威であるエツィオ・マンズィーニは、次の4つの能力を“デザイン能力”だとしています。
1. 批判的思考(現状の状況では受け入れられないものを理解できる)
2. 創造性(ものごとがどうなっていくのかを構想する)
3. 分析能力(利用できるシステムやリソースの限界を正しく理解し評価する)
4. 実践的思考(システムの制限範囲内で利用可能なリソースを最大限に活用して、構想を実行に移す)
前編でもお伝えしたように、“見た目”をデザインできる人がデザイン人材なのではなく、これらの4つの能力を使いながら日々の仕事や生活を少しでも良いものにしていこうと取り組んでいる瞬間は、誰もがデザイナーなのです。
そして、この4つのなかでも私が特に重要だと思うのは、批判的思考です。批判というと日本ではネガティブなニュアンスで捉えられがちですが、本来は誰かのアイデアをもっといいものにしていくために、元のアイデアとは異なる自分のレンズを持ち込んで“発展”させることなんです。
批判に関して、ロベルト・ベルガンティという学者は「スパーリング」という言葉を使って説明しています。スパーリングというと物騒に感じるかもしれませんが、相手を打ち負かしてしまうと意味がない。相手を強くするために、お互いが拳を交わすのがスパーリングなのです。これから「サービスデザイン思考」を取り入れたい方は、ぜひスパーリングの精神で批判的思考を磨いていってほしいと思います」(井登さん)
デザインは「歌」と同じ、誰しもできて上手くなる
常にいろいろな物事を批判的に見ていくと、あるときから“デザインのスイッチ”が入ると井登さん。
「それまでの慣習やサービスを根本から変えてやろうと思っても、そう簡単にはいきませんよね。おすすめしたいのは、まずは自分がコントロールできる、自分が影響を及ぼせる仕事の領域だけでも批判的に見ていくこと。“一人から始める”ことは、社会イノベーションの基本でもあります」(井登さん)
トップダウンではなく、草の根から始まる運動が共鳴しあい、社会を大きく変えていく──。一人の「サービスデザイン思考」から生まれた一つの部署の小さな改革が、他の事業部に伝播して、企業のビジネス自体を進化させていくということも、おおいに考えられるのです。
「人が誰でもデザイン能力を持っていることを、マンズィーニは“歌うこと”に例えて表現しています。
上手下手の違いはあっても、歌は誰もが歌えるし、練習すればもっと上手になる。誰かと合唱すれば、ひとりでは生み出せないハーモニーを奏でることもできるのだと。
このようなマンズィーニのデザインの捉え方を見ると、なぜいまデザイン人材が必要とされているかがわかってくるのではないでしょうか。
社会的に価値があり、収益も上げられるサスティナブルな事業を生み出すためには、“デザインモード”の4つの能力がますます重要になってくると思います」(井登さん)

井登さんの著書『サービスデザイン思考―「モノづくりから、コトづくりへ」をこえて』には、具体的にサービスデザインを行っていくための方法論に加えて、サービスデザイン発想でビジネスを捉え直し、ひとや社会に新たな価値を生みだすためのアイデアが詰め込まれています。
デザインでもっとも大切なことは、実践(プラクティス)であると語る井登さん。ぜひ本書を参考に、日々の仕事のなかで「サービスデザイン思考」を実践してみてください。
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※株式会社インフォバーンは株式会社メディアジーンのグループ会社です。
Profile:井登 友一さん

株式会社インフォバーン 取締役 副社長 デザイン・ストラテジスト
2000年前後から人間中心デザイン、UXデザインを中心としたデザイン実務家としてのキャリアを開始する。近年では、多様な領域における製品・サービスやビジネスをサービスデザインのアプローチを通してホリスティックにデザインする実務活動を行っている。また、デザイン教育およびデザイン研究の活動にも注力中しており、関西の大学を中心に教鞭をとりつつ、京都大学経営管理大学院博士後期課程に在籍し、現在博士論文を執筆中。
HCD-Net(特定非営利活動法人 人間中心設計推進機構)副理事長。日本プロジェクトマネジメント協会 認定プロジェクトマネジメントスペシャリスト。
Source: NTT出版