日々注目度が高まっている「メタバース」。メタバースによって私たちの生活はどのように変わるのか? メタバースが切り拓く新しい働き方、暮らし方とは?
この新連載「メタバースとリアル 消えゆく境界線」では、そんな疑問に対して、一般社団法人Metaverse Japan全面協力のもと、メタバースやWeb3の専門家との対談を通して答えを探していきます。
第1回では、ライフハッカー[日本版]副編集長の田中がMetaverse Japan代表理事の長田新子さんと馬渕邦美さんに「そもそもメタバースとは何か?」「メタバースによって私たちの生活はどう変わるのか」といった根本についてお聞きしました。今回は前編です。
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メタバース普及のための「ハブ」を目指して
ライフハッカー編集部・田中(以下、――) 今年3月に発足したMetaverse Japanですが、なぜ設立することになったのか、その経緯や背景、目的について教えてください。

馬渕: Metaverse Japanは、メタバースサービスを提供している企業や団体の関係者、関連する技術であるブロックチェーンの有識者、研究者やアーティストといった人たちが理事やアドバイザーとなって構成されています。
メタバースを社会実装していくことはとても壮大なテーマであり、一部の人や業界だけで完結できるものではありません。そのため、メタバースに関連するさまざまな業界の人たちがつながるハブのような存在が必要という考えからMetaverse Japanを設立しました。
私は以前、Facebook Japanで執行役員を務めていたことや、書籍『ブロックチェーンの衝撃』(日経BP)を書いていたこともあり、以前からメタバースやWeb3(分散型インターネット)に近いポジションにおりました。
コロナ禍でDXやデジタル化が一気に進みましたが、その先はどうなっていくのか、スマホの次は何がくるのだろうと考えると、やはりVRであったり、最近はWeb3とよばれることも多いブロックチェーンを活用した技術なのだろうと考えています。
日本のテクノロジー分野はこの20年ほど海外に負け続けていますが、それを巻き返すことのできる可能性がメタバースにあると考えています。
日本には世界中で支持されるマンガやアニメ、ゲームなどのIP(知的財産)が豊富にあります。メタバースやWeb3を活用してそれらを世界に押し出していくチャンスが今訪れていると感じています。
そのためには今すぐに動き出す必要がありますし、関連するさまざまな業界の人たちが協力していくことが不可欠なんです。
コロナ禍をきっかけに誕生した「バーチャル渋谷」

長田: 私はもともと携帯電話会社にいて、ガラケー時代に日本がグローバルとは違う路線で奮闘していた姿を見てきました。そして4年前からは「渋谷未来デザイン」という団体で、これからの街をつくる、街をデザインするといった仕事に携わっています。
その4年のうち2年はコロナ禍だったのですが、ライフスタイルは本当にガラリと変わってしまいました。街に人が来ないからお店では閑古鳥が鳴き、住んでいる人たちもここにいる価値があるのだろうかと考えはじめました。
そんな状況になったときに、真っ先に着手したのがバーチャルの世界でした。
さまざまな企業が参画するプロジェクトとして、仮想の渋谷の街「バーチャル渋谷」をつくり、その中でハロウィンを開催したり、ライブイベントを行なったりして、リアルとバーチャルをつなげる取り組みを進めてきました。
こういったことを一企業だけで進めていくのは難しいので、団体として発信していくことには大きな意味があると感じています。
生活の基盤がリアルではなくバーチャルにある「VR原住民」
――メタバースという言葉は近年、バズワードとしてよく耳にするようになりましたが、そもそもメタバースとは何なのか、普及することで私たちの暮らしはどう変わるのか、初歩的なところから教えてください。
長田: VRヘッドセットをつけたり、スマホやタブレットを使ったりして、アバターの姿で仮想空間の中に入り、コミュニケーションをとったりコンテンツを見たりといったものが、現時点でのメタバースの最初のイメージになると思います。
そしてその先には、Web3によって商業的な取引がしやすくなったり、複数の仮想空間を同じアバターで行き来できるようになったりといった時代が訪れると考えていますが、そこにはルールメイクが必要なので、もう少し先の話になると考えています。
馬渕: まず、社会性や生活圏という視点での捉え方が一つあると考えています。今はほとんどの人がリアルな世界を中心に生きていて、バーチャルな世界は主ではないと考えていると思いますが、VRの世界では、俗に「VR原住民」などとよばれている人たちがすでに存在します。
VR原住民は、朝起きたらまずヘッドセットを被ってVRの中であいさつをして、1日その中でコミュニケーションをとりながら過ごすなど、生活の基盤がリアルではなくバーチャルになっているんです。
極端な話のように聞こえるかもしれませんが、その手前の段階としての“バーチャルな世界観の中で生きる”というライフスタイルは、すでに私たちの中にインストールされつつあると感じています。
たとえばInstagramが生活の中心になっていて、朝起きたらまずストーリーを見て、投稿のために毎日何時間もかけているという人は少なくないですし、ライフスタイルとしてなんとなく想像できるのではないでしょうか。
その次の世界として、リアルとバーチャルがさらに融合し、その中に新しい生活圏が生まれていく。それがメタバースの世界観の一つだと考えています。
メタバースを体験するには

――今、メタバースを実際に体験してみたいと思ったときは、どんな方法があるのでしょうか?
長田: Meta Quest2のようなVRヘッドセットを使う方法もありますし、没入感はヘッドセットに及びませんが、スマホやPCからアクセスできるプラットフォームもあります。
「バーチャル渋谷」で使っているclusterはこのタイプで、スマホやタブレット、PCから気軽に利用することもできますし、より高い没入感を求める人はVRヘッドセットからアクセスできます。
現段階ではヘッドセットを持っている人は限られているので、裾野を広げるという意味で、スマホやタブレットから入れるようにして入り口のハードルを下げ、誰もが楽しめる環境づくりをすることがとても大切だと考えています。
まずはスマホから使ってみて何ができるのか理解できると、ヘッドセットを使ってみたくなる人も増えていくと思います。
実際にバーチャル渋谷でライブイベントを開催していても、VRヘッドセットを使っている人のほうが動きのバリエーションが豊富で、勢いよく踊ったり高くジャンプしたりできるので、会場内で他の参加者の注目を集めてヒーローのような存在になっていることがあります。
そういったところからメタバースのさまざまな楽しみ方が広がっていくのではないでしょうか。
生活圏そのものがメタバースになるのは2030年頃か
――今後、メタバースはどのように広がっていくとお考えでしょうか?
馬渕: 私たちはメタバース普及のロードマップを出しているのですが、軽量なVRグラスが普及していくのが2025年から2030年頃だと考えています。そのタイミングで6Gも出てくるでしょう。
生活圏そのものがメタバースになる世界が訪れるのは、この普及版のVRグラスが出てからになるのではないでしょうか。

その前の段階で起こってくる変化のひとつとしてWeb3の活用がありますが、これは法整備などが必要になるので、もう少し時間がかかると思われます。
すぐに動き出すのは、ゲーム業界などの強いIPを持った企業が立ち上げるメタバースだと考えています。そして同時並行で、現実空間のデータをVRの中に入れて街を設計するといった産業用のマルチバースの利用が広がっていくと考えられます。
そして、それに続く変化として、オフィスや会議、学校での利用といった、公共コミュニケーションの分野でのメタバースが普及していくと予想しています。
――メタバースが普及すると、リアルな世界はどうなっていくのでしょう?
長田: 今後メタバースが広がっていくことで、リアルな世界がなくなるのではないか、リアルな店舗なども潰れてしまうのではないかと心配する方がいるのですが、私は逆だと考えています。
リアルで人に会ったり、一緒にライブやスポーツを観戦するのはすごく楽しい体験ですし、メタバースの中で生活するスタイルが普及することで、かえってその価値は高まっていくと思っています。
後編では、「日本が世界の中でメタバースをきっかけに巻き返すチャンス」についてお聞きします!
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2022年7月14日(木)、渋谷ストリーム ホールにて、メタバースの社会実装に向けた課題や未来を議論するカンファレンス「Metaverse Japan Summit 2022」が開催されます。詳細はこちら
長田新子(おさだ・しんこ)
一般社団法人Metaverse Japan 代表理事、一般社団法人渋谷未来デザイン 理事・事務局長
AT&T、ノキアにて通信・企業システムの営業、マーケティング及び広報責任者を経て、2007年にレッドブル・ジャパン入社。コミュニケーション統括責任者及びマーケティング本部長(CMO)として10年半、エナジードリンクのカテゴリー確立及びブランド・製品を市場に浸透させるべく従事し2017年に退社。2018年より渋谷未来デザイン 理事・事務局長。NEW KIDS(株)代表としてマーケティング・PR関連のアドバイザーやマーケターキャリア協会理事としてキャリア支援活動も行なう。
馬渕邦美(まぶち・くによし)
一般社団法人Metaverse Japan 代表理事、PwC コンサルティング合同会社 パートナー 執行役員
米国のエージェンシー勤務を経て、デジタルエージェンシーのスタートアップを起業、代表取締役社長に就任。事業を拡大しバイアウトした後、米国のメガ・エージェンシーグループの日本代表に転身、4社のCEOを歴任し、デジタルマーケティング業界で20年に及ぶトップマネジメントを経験。2018年にフェイスブック ジャパン執行役員ディレクター就任。現在、PwCコンサルティング合同会社のディレクターとして日本企業のデジタルトランスフォーメーションを実現させている。
Source: Metaverse Japan, 渋谷未来デザイン, バーチャル渋谷, Meta Quest2/Photo: 大崎えりや