珍しいケースかもしれませんが、『0→100(ゼロヒャク) 生み出す力』(水野和敏、小泉和三郎 著、フォレスト出版)には、バックグラウンドも実績もまったく異なる2人の人物が関わっています。
まずは、日産GT-R(R35型)を筆頭に、乗用車系・スポーツ系車種の開発責任者として辣腕をふるってきた水野和敏氏。2013年の日産自動車退社後も、カリスマエンジニアとして新商品開発の講演や媒体の取材、自身での配信など幅広い活動を続けられています。
もうひとりは、抗ガン剤治療の権威であり、世界のガン治療に大きな影響を与えている北里大学名誉教授の小泉和三郎氏。2011年にステージ4の胃ガンに侵された水野氏を、自らが開発した「S1+シスプラチン+ドセタキセル」という抗ガン剤の3剤併用療法(DCS)によって救った人物です。
小泉氏はガン治療を通じ、前向きな姿勢を崩すことなくイノベーティブな開発を続けてきた水野氏のオンとオフの両面に興味を抱くようになったのだとか。つまり本書は、そうやって知り合った両者による対論なのです。
今の日本に必要なイノベーティブな開発とはどういうものか。
これをメインテーマに据え、ステージ4の末期の胃ガン発見からたった4カ月で職場に復帰させてくれた命の恩人でもある小泉和三郎先生のナビゲーションに導かれ、語り合い、編み上げられたのが本書である。(「水野和敏 なぜ、そして今、本書が日本に必要なのか?――まえがき」より)
そんな本書のなかから、きょうは水野氏の心情であるというリーダー論が展開された第4章「組織・社会で『創造力』を発揮するために」のなかから、「チーム」と「組織」についての違いを確認してみたいと思います。
[小泉]チームは常にファジーな領域で挑むもの
組織や会社の特性は過去の成功例への固執や知性、知識化であり、失敗による損失や運営の改革などを恐れるために、皆が言いやすいリスクばかりがクローズアップされる。したがって、イノベーティブな開発にはたいていは否定的であり、むしろ潰しにかかる。
会社や組織の中で優先され、物事が決定される基準となるのは、みんなが共有できる前例であり、常識であり、数の論理や成功体験である。(188ページより)
組織や会社の現実を、小泉氏はこのようにまとめています。
逆にいえば、人間の本性である感性、想像力を発揮しようというときには、決まって圧倒的多数の反対派、常識派が立ちはだかるということ。しかし、このあとに小泉氏が「だが、それでは未来は切り拓けない」と続けていることからもわかるとおり、そういった壁を打ち破ることが必要になってくるわけです。
こうした現実を前にして、水野氏は反対派、常識派との闘いをいかにブレイクスルーしたのでしょうか?(188ページより)
[水野]チームとリーダー VS. 組織と管理職
世の中には、チームと組織という2種類の枠組みがあると水野氏は述べています。チームにいるのはリーダー、組織にいるのは管理職で、そのベクトルは正反対を向いているのだと。
基本的にチームとは、未来など不確定な軸で過去に例のないことに挑戦し、失敗することを前提に運営する方式。
つまり、チームとは常に“ファジー”で未知な領域に挑むことを使命とする。したがって、チームリーダーとはファジーなものを成功に変える役割を与えられる。決して成功だけの、失敗を許さない効率論を追いかけてはいけない。そして必ずしも過去の信頼性に縛られてはいけない。(189ページより)
組織とは、過去の軸(知見)で失敗の防止をはかり、効率化と信頼性を追求するために各種ITツールを使い、社内規格を参照し、マニュアルで業務を画一化し、情報をトップダウンで流し、社内に実行させる。より確実性を高めるために「管理職」を配する。
組織はとことん失敗を防止し、そのために過去の実績を組織体系に浸透させて管理する。(190ページより)
つまり、バリュー商品を大量生産し、数を売って稼ぐのが組織(=大企業)であり、組織が決めたことを周知徹底させるのが管理職の仕事。
一方、水平思考で常に幅広い範囲の情報を集め、未知のファジーななかで常に新しい組み合わせを素早くつくり、魅力や役立つ機能をつくり出していくのがチームのリーダーだということ。
両者の思考パターンは正反対だからこそ、守りの管理職をイノベーティブな開発のリーダーにしてはならないのだといいます。水野氏によれば、それは鉄則中の鉄則。新商品として高価格のものを開発するプロジェクトは、リーダーと少人数制チームによって、ベンチャー企業方式で進めるべきだというのです。
事実、水野氏の知る限りにおいて、大企業の定例会議では世界レベルのトップブランドは生み出されていないそうです。つまり商品ジャンルでいうならば、チームとリーダーは“世界レベルのブランド”を生み出し、組織は“ベンチマークで優位な消費財”をつくりだすというわけなのです。(189ページより)
本書は水野さんが編み出したイノベーティブな開発プロセスを俎上にあげ、クルマの世界と私が携わる医療の世界の共通点、相違点を語り合ったものである。
そこに書かれてあるさまざまな経験を、読者のみなさんには、自分の人生と照らし合わせながら学んでいただきたい。(「小泉和三郎 かけがえのない水野さんとの邂逅――まえがき」より)
小泉氏は、本書についてこう綴っています。誰にでも、本書に示された邂逅を得る可能性があるとも。イノベーションの本質を見極めるためにも、ぜひ読んでおきたい一冊です。
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Source: フォレスト出版