人が集まれない? コロナ時代のオフィスのありかたとは?
「グッドカンパニー研究」当シリーズでは、多様な働き方を考えるカンファレンス 「Tokyo Work Design Week」 を主催し、現代における様々な「働き方」を探求、「ヒューマンファースト研究所(※)」の外部アドバイザーでもある横石 崇さんが、時代をリードする企業のオフィスを訪問取材。
オフィスのありかたから垣間見える企業の理念やコミュニケーションに関する考え方、その企業らしい新しい働き方を探究し、「グッドカンパニーとは何か」を探ります。
いま世界中でオフィスのありかたが見直されています。次の一手のために必要なことは何なのか? 企業にとってのGOODを追求することでそのヒントが見えてきます。(横石 崇)
第5回は、2021年2月に竣工した丸紅株式会社 新本社ビル(東京・竹橋)へ。お話を伺ったのは、建て替えプロジェクトを率いたプロジェクト推進室のお二人です。
新オフィスは「Chain(つながり)」をコンセプトに、ヒト、モノ、情報がより柔軟に、かつ効率的に集まる場所を目指したとのこと。
それぞれ違った「つながり」を生み出す3つの「場」を作り、これらの「場」を社員が自律的に選択する「自由席」としたことが、以前のオフィスとの大きな違いだといいます。
そんなオフィスから見えてきた新しい働き方とは?
グッドカンパニー研究 Vol.5
【調査するオフィス】
丸紅株式会社/東京都千代田区
【話を聞いた人】
丸紅株式会社 総務部 プロジェクト推進室長 中池 拓さん
丸紅株式会社 総務部 プロジェクト推進室 大村 遥さん
コンセプトは「Chain」。人と人、仕事やアイデアとのつながりを生み出す「場」

横石 崇さん(以下敬称略):本日は新社屋のあちこちをご案内いただきましたが、「まだまだ見足りない!」というくらい見どころが満載でした。そもそも自社ビルの建て替えは、どういった経緯で決まったのでしょうか。
中池 拓さん(以下敬称略):旧本社ビルは1972年築の建物で、2011年の東日本大震災では建物自体に損傷はなかったのですが、BCP*の観点から大災害時にも企業活動を継続できる新社屋を作ろうと、2016年に建て替え計画をスタートしました。
*Business Continuity Planning:災害などの緊急事態における企業や団体の事業継続計画のこと。
横石:そうするとコロナやリモートワークの影響が出始めたのは、プロジェクトの始動後だったのですね。
中池:はい、まさに建築中のタイミングです。当初は約8割の部署が「固定席」のオフィスを希望していたことから、部署ごとに自由席・固定席を選択できる「ハイブリッド型」のオフィスになる予定でした。しかし、感染対策でリモートワークが急激に浸透したため、最終的な座席の運用方針を「自由席」とし、座席割合は組織人数の70%とすることにしました。
横石:新オフィスの「Chain」というコンセプトは、コロナ禍以前に掲げられたものですか?
大村 遥さん(以下敬称略):最終的に「Chain」というワーディングになったのは、移転する少し前くらいですが、プロジェクトの根本として「人と人とのつながり」、「仕事やアイデアとのつながり」が生まれる場を作りたいという思いがあり、それが「Chain」という言葉につながっています。
中池:総合商社である丸紅は、部署によって業態が多岐にわたり、グループ会社もたくさんあります。ある意味では同じ会社なのに、部が変わると他業種であり、違う会社と言えるくらいカルチャーの違いがある。そういう「社内なのに社外」のような人たちと、新オフィスを介してもっとつながることによって、イノベーションを起こしていきたいと考えました。
そのために、新しいワークプレイスでは、丸紅の〇(まる)にちなんで「Circle」「Huddle」「Round」の3つの「場」を設け、これらの「場」を社員が自律的に選択して働くというコンセプトを立てました。
新オフィス3つのスペースを紐解く
1.「Circle」―組織の一体感につながる信頼構築の場

自由席でありながら、部署ごとに空間が割り当てられており、組織内の状況やビジョンを円滑に共有できる。

業務に合わせて選択できる場が設けられ、社員からの要望が高かった「効率化」「集中」を実現するオフィス空間となっている。
2.「Huddle」―目的意識を持ち、集まり語らう場

「Huddle」とは、アメリカンフットボール用語でプレー前に行なわれる作戦会議=「円陣」のこと。
「Circle」に隣接する形で作られており、集まる人数・使い方に合わせて可動式のディスプレーやデスク&チェアを配置して使用する。予約不要でいつでも自由にコミュニケーションできるのがメリット。

また、WEB会議ブースは、眺めの良い窓際に設置されており、閉塞感を感じさせない。通路付近にあるカウンターデスクは通りすがりの社員と目線が合う高さに設定され、ちょっとした会話が生まれやすくなっている。
3.「Round」―多様性に合わせて選べる、新しい価値創造の場

心を解放し、集中力を高めることで、今までにない気づきや発見を促すことを目的として作られた空間。各階の執務フロアの中央に位置し、季節や時間の移ろいを感じる景色や自然光、デスクエリアと体感の異なる温かみのある照明を備えている。

「五感を刺激する仕掛け」をテーマに、サウンドスケープ(音)や天然アロマを取り入れ、感性にアプローチ。エネルギー補給や気分転換のためのコーヒーカウンターも設置されている。自然の木・布・金属など多様な素材を生かした家具・インテリアデザインは、カッシーナ・イクスシーが手がけた。
社員代表のタスクフォースがコンセプトを考案

横石:今日オフィスに伺って、執務フロアの真ん中に「Round」があり、「誰でも来ていいよ」というウェルカムな雰囲気を作っていることが特徴的だと感じました。
そして、各階とも中央に「Round」、その脇に「Huddle」、フロアの両端に「Circle」が配置されていて、「Round」が縦串となって各階をつなぐような構造になっています。
社員の接点を増やし、コミュニケーションを促進する試みが随所にあり、特にそこのつながりを重視していらっしゃるように感じました。
大村:おっしゃる通りです。建て替えにあたり、特にワークプレイスの部分に関しては、2017年に社員の代表として立ち上がったタスクフォースが中心となって議論を重ねました。
どういうオフィスにしていきたいか、どういう働き方をしていきたいか、会社としてどういうところを目指していくべきか。そのなかで当初から出ていた意見が、「社員の横のつながりをもっと広げていきたい」というものでした。
もともと縦のコミュニケーションはとれている部署が多く、ずっと同じ業務をしていくのなら、それでも構わなかったのかもしれません。
しかし、世の中が変わっていくなかで、丸紅はもっと新しい価値創出にも挑戦していかなければならない。各部署が持っているものを掛け合わせ、新しいビジネスを生み出さなければならないという危機感がありました。
そうした背景から、タスクフォースが最初に提案したコンセプトの軸は、コミュニケーション、エンゲージメント、効率の3つ。これらは「Circle」「Huddle」「Round」をはじめとしたワークプレイス設計に生かされています。

中池:ビルのあちこちに丸紅のルーツを感じさせるモチーフや仕掛けがあるのも、エンゲージメントを高める施策の一環です。
例えば「Round」は、フロアごとに「Morning Fresh」「Magic Hour」「Midnight Meditation」の3タイプのテーマを設定し、朝日、夕暮れ、真夜中をイメージさせる空間にしています。



それぞれ空間に合わせたサウンドスケープ(音)を流しているのですが、「Morning Fresh」で聞こえてくる鳥の声や自然音は、丸紅発祥の地である滋賀県で収録してきたものなんです。

他にも、7階の社員食堂「〇Café(まるカフェ)」には、真ちゅうのうさぎとカメがいたでしょう。あれも、丸紅の創業者・伊藤忠兵衛の甥で、丸紅商店専務の古川鉄治郎が私財で建設した豊郷小学校の階段に飾られているもののレプリカなんですよ。
横石:1階エントランスの受付カウンターが船をイメージさせる作りであったり、室内の装飾にも船、海、港といった丸紅らしいモチーフが多用されていたり、すべてが一貫しているという印象でした。
サウンドスケープ(音)にしても、会社発祥の地の自然音、しかも時間帯やテーマにあわせて音を流すことで会社の歴史と同期を行なう試みは、本当に徹底されています。

中池:ありがとうございます。あれは音の制作会社の方が、「絶対に録ってきます」と張り切ってくださって(笑)。
実は私自身、新社屋のプロジェクトの担当になるまで、丸紅の歴史にさほど詳しいわけではありませんでした。でも今回、豊郷小学校旧校舎群を訪れるなどして、改めて歴史の重みを感じましたし、会社のことがもっと好きになりました。
私はこの移転プロジェクトを立ち上げるときに、不動産部隊から新社屋プロジェクト室に異動したのですが、建築に“偶然で決まること”はほとんどないんですよ。だから、この社屋のディテールもそうで、すべてに理由がある。
先人が築いた礎を未来につなぐためにも、こういった仕掛けが愛社精神のようなものにつながっていったらいいな、と感じています。
横石:今はリモートワークの影響で、新入社員の帰属意識が薄れているといった話をよく聞きます。中池さんは「すべてに意味がある」とおっしゃいましたが、新入社員や就活生なども、このオフィスから感じ取れることは大きそうですね。

大村:そうなるといいですね。実際に今、学生さんのOBOG訪問もこの施設で行なっています。少しでも「ここで働きたい」と思ってもらえたり、素晴らしい人財の確保のためにプラスになる面があったら嬉しいですね。
オフィスは「人財」を支えるためにある

横石:各部署から様々なメンバーが集って、新しいオフィスづくりに挑戦しているのが印象的でした。今後、タスクフォースではどのような活動を予定していますか。
大村:実は移転後のいまも、社員のタスクフォース活動を継続しています。まずはこのオフィスが、最初のコンセプトの軸であったコミュニケーション、エンゲージメント、効率という3つの切り口において、しっかり達成しているのかどうか検証しています。もしできていないところがあれば、その本質的な原因は何なのかディスカッションを行ないます。
横石:表層的ではない、問題の本質を探っていくのですね。
中池:はい、我々はよく「真因」という言い方をしています。オフィスは「できた」ところがスタートですから、今後、働き方がさらなるスピードで変化する可能性もありますし、常にそこに寄り添っていかなければなりません。
横石:オフィスやビルは、作る側からすると「完成させる」ことが目的になりがちです。しかし決してそうではない、ことが皆さんの共通見解としてあるのですね。

中池:我々はその感覚を「Workreation(ワークリエーション)」という造語で表現しています。働く場も、働き方も自分たちでデザインしていくというイメージです。
大村:タスクフォースを立ち上げたときに、社員をどんどん巻き込んで一緒にオフィスを作っていこうという気持ちで、メンバーとともに「Workreation」という言葉に決めました。
やはり社員自身が、働き方を考えるうえで、こういった活動の場に参加することがすごく大事なのではないかと。いろいろな部署の、さまざまな年齢の人たちの意見を掛け合わせて、ディスカッションを重ねていくことが重要だと考えています。
現在、丸紅全体で約4,400名の社員がおりますが、会社の規模が大きくなっても、人とのつながり、一人一人のつながりを作って、会社のカルチャーや会社が大事にしていることをしっかり伝えていくような組織でありたいと思っています。

横石:ありがとうございます。それでは最後に、お二人が考える「グッドカンパニー」とはどういう会社なのか、お考えを聞かせてください。
大村:私は「楽しく働ける会社」だと思います。楽しくというと遊んでいるように聞こえるかもしれませんが、充実して、向上心を持って、自主的かつ前向きに働ける場所であること。自分からやりたいと思える仕事ができる会社がグッドカンパニーであり、社員と会社の双方を成長させる最適な形なんじゃないかなと。
中池:そうですね、難しいですが…人の集合体じゃないですか、会社って。だから「グッドカンパニー」も、人に寄り添える会社なのかもしれません。オフィスはあくまでもベース、支えるものであって、オフィスが何かを成し遂げることはない。働く社員がいるからこそ、オフィスが成り立つわけですから。
横石:なにより「人」という存在が最初にあると。
中池:そうですね。丸紅では人こそ「財(たから)」であり、人材ではなく人財であるとよく言います。商社はモノを扱う会社ではない、大切なのは人なんだと。だからこそ、社員が帰ってきたくなる、ホームのような落ち着く場所をこれからも作っていけたらと考えています。


<グッドカンパニーとは|取材を終えて>
「ここにある、すべてに理由がある」という言葉に衝撃を受けた。
船をモチーフにした受付カウンター、世界の都市文化をモチーフにした会議室のアート、創業地から採取したサウンドスケープ(音)、すべての人に開放された眺望、部門を越えるためのゾーニングプラン、そして、所々にいるウサギとカメ。
自分たちは何者なのか。自分たちはどこからきて、どこへいくのか。丸紅の新社屋では、自分たちがつくりたい未来に向けた文脈が徹底的に貫かれている。ここにいるだけで目指す姿がはっきりと輪郭を現す。
オフィスの重要な役割とは、自分たちの仕事すべてに理由があることを気づかせてくれることでもある。(横石 崇)
※ ヒューマンファースト研究所(HUMAN FIRST LAB):野村不動産株式会社が2020年6月に設立。企業や有識者とのパートナーシップのもと、人が本来保有する普遍的な能力の研究を通じて、これからの働く場に必要な視点や新しいオフィスのありかたを発見、それらを実装していくことで、価値創造社会の実現に貢献する活動を行なっている。
制作協力:ヒューマンファースト研究所(野村不動産)
聞き手: 横石 崇 文: 田邉愛理 撮影: 千葉顕弥