ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が始まってから3カ月が経過しました。あいかわらず解決の糸口は見つかりませんが、そんな状況下にあっても多くの人々の気持ちを鼓舞してきたのが、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領です。

きょうご紹介する『ゼレンスキー勇気の言葉100』(清水克彦 著、ワニブックス)は、そんなゼレンスキー氏のことばをまとめた一冊。

人々に影響を与えられるかどうかは、シンプルで、かつインパクトのある強いメッセージを発信できるかどうかにかかっている。

それが、多くの聴衆の心を鷲づかみにし、勇気を与える。一つの物語を作る。

ゼレンスキーの場合、ツイッターなどSNSへの投稿やメディアとのインタビュー、他国の議会での演説、その大半がこれに合致している。(「はじめに」より)

こう述べる著者は、在京ラジオ局で全国ネット枠のニュース番組を統括している人物。おもに政治や国際情勢を取材し、解説する立場にあり、これまでにも1989年のベルリンの壁崩壊を皮切りに、その後の東西ドイツ統一、湾岸戦争、ソビエト連邦崩壊、ボスニア紛争、アメリカ同時多発テロ事件や米朝首脳会談など世界を震撼させた事件はすべて現地で取材してきたそう。

ただし今回は新型コロナウイルスの感染拡大と、それに伴う渡航中止勧告があったためウクライナへの取材が叶わず、「それなら、ロシア問題の専門家への取材や現地に残る市民への電話取材だけでなく、大統領が発するメッセージに注目してみよう」と思い立って本書を執筆することにしたのだとか。

具体的には、ウクライナの国民や軍を奮い立たせ、世界の主要国の議場を総立ちにさせてきた100のことばをピックアップ。5つの種類に分類しつつ、それぞれに解説が加えられています。

きょうは「シンプルで強烈な言葉」のなかから、3つのことばを抜き出してみたいと思います。

不可能なことなどなにもない

私たちを見てほしい。

不可能なことなど何もない。

(2019年4月19日 ウクライナ大統領選挙当選を受けて)

短いフレーズで、「相手が誰で、なにを求めているか」を理解し語るという点において、ゼレンスキーはスピーチの王道を往っていると著者は指摘しています。

「私は絶対に貴方たちを失望させません」

「私たちを見てください、不可能なことは何もありません!」

ゼレンスキーは、大統領選挙の決選投票で実に73%もの得票を得て勝利した演説で、国民に向け喜びと決意を示した。

短いセンテンスで強い言葉を重ねる話法は、超大国の中国を相手に、

「台湾のことは台湾人が決めるべき。中国の圧力には屈しません」

と繰り返し強調し、その動きをけん制してきた台湾総統、蔡英文と同じだ。(21ページより)

ちなみに大統領選挙で大敗したポロシェンコは、ツイッターに「経験不足の大統領は、すぐにロシアの影響下に戻ってしまうかもしれない」と記しました。

しかしご存じのとおりこの予想は外れ、ゼレンスキーはウクライナ国民を鼓舞し、国際社会をも味方につけてロシアに抵抗し続けているわけです。(20ページより)

この国を守ります

私たちはここにいる。

(2022年2月25日 キーウ市内で閣僚らと自撮りをした動画)

ご存じのかたも多いでしょうが、ゼレンスキー大統領が世界の注目を集めるきっかけになったのが、「私たちはここにいます。この国を守ります」ということば。シンプルで強い意志が感じられるメッセージが、多くの人の心に響いたわけです。

「もともとコメディアンや俳優という経歴の持ち主でもあるし、ロシア軍の本格的な攻撃が始まれば、首都キーウを捨てて逃げ出すのではないか?」

プーチンのみならず、著者もまた最初はそう予測していたといいます。ところが彼は、アメリカ政府からの国外脱出の提案にも応じることなく、閣僚や側近たちとキーウの市街地で撮った動画を次々と配信しました。

動画に込められたメッセージが、ウクライナの国民や軍だけでなく、多くの国々の市民の魂を揺さぶることになったのです。

◇ロシア軍とウクライナ軍の戦力比較(「The Military Balance」2022)

ロシア   兵力=90万人 戦闘機=1391機 装甲戦闘車両=15857両

ウクライナ 兵力=20万人 戦闘機= 132機 装甲戦闘車両= 3309両

(37ページより)

両国間には軍事力でこれだけの差があり、この差は中国と台湾の軍事力の差に匹敵するもの。それでも逃げない姿勢が、一気に彼を英雄へと押し上げたわけです。(37ページより)

ウクライナは偉大に国になった

偉大になることなど

求めていない。

(2022年3月8日 イギリス議会での演説)

2022年3月8日、イギリス議会にオンラインで登場したゼレンスキー氏は、演説のなかで、厳しい表情と柔和な表情とを見せました。

ウクライナは偉大になることなど求めていません。しかし、この戦争でウクライナは偉大な国になりました。ロシア軍のケガ人も救うウクライナ。世界最大級の軍隊の攻撃から、封鎖されていない空の下で自由を守り続けています。(51ページより)

このことばには、ウクライナにはロシアのような覇権への野望はないこと、ウクライナ人が勇敢でやさしいこと、さらにはイギリス政府などに対し、空の安全を保証してほしいことまで盛り込まれています。

厳しさとやさしさの両面を見せながら、理にかなった発言をする。そんな姿勢が、国民の共感はもとより、国際社会の共感を呼ぶことになったのでしょう。(50ページより)

現在Netflixで、2015年から2019年にかけて放送されたゼレンスキー氏主演の政治ドラマ『国民の僕(しもべ)』が公開されています。政府の腐敗を非難する姿を盗撮され、その動画をSNSで拡散され時の人になった高校教師が、それがきっかけでウクライナの大統領になってしまうというストーリー。

いかにも極端な展開のコメディですが、「あくまでも国民のために」という姿勢を貫く主人公の姿は、ときに現実のゼレンスキーを思い起こさせます。そんなドラマと本書を確認してみれば、ゼレンスキーの人間性をより深く知ることができるかもしれません。

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Source: ワニブックス